7、攻撃性と防御性が戦うとどちらが勝つのか
昨日の九月十八日は那雲達の誕生日でした。
一日遅れてゴメンナサイの夏目です。
更新ペースがだんだんと遅れていく…
その後、湖華の八つ橋によって死滅しかけた二人だったが、何とか復活した。
そして、今からやっと『異能力研究部』らしい超能力の練習なるものをするそうだ。
湖華はぴょんとソファーから立ち上がると、二人を見て言う。
「よし!じゃあいつもの練習場所いこ!!」
まだダメージが残っている影也は引きつり笑いを浮かべた。だが、普段から耐性があるのか重症には至っていない。
早くも回復した那雲は上機嫌の湖華に質問する。
「いつもの場所とは何処だ?他にも部室があるのか?」
歌うような気軽さで湖華は那雲の方を振り返った。
「ん~そこの場所事体はこの部活のものじゃないんやけどね、特別に借りれるようになってんや」
「まあ『金持ち部』ですからね。湖華が社長令嬢ということもあって基本何をしても学校側は頭が上がらないんですよ」
腹を押さえながら説明する影也に納得する。学校側も哀れなことだ。
と、そこで湖華は何かを思い出したような顔になると口を開く。
「そや、那雲そこの練習場所の鍵借りに職員室行ってくれへん?」
「何で俺が…つーかどこなんだよ、その練習場所は」
「今は使われとらん旧・柔道部の部室や。お願い頼むわ」
那雲は心底面倒くさかったが、断れば何をされるか分からない。先ほどの八つ橋事件で思い知ったばかりである。
しぶしぶ了解すると廊下に出るためにドアノブを握る。そこでふいに湖華に呼び止められた。
「あ、鍵借りる時にはこのカードを先生に見せや。そーすると簡単に鍵くれるで」
手渡されたカードには『金持ち部部長秋ノ宮湖華』と毛筆で書いてあった。この学校の女王かコイツは。
だるそうにカードをパーカーのポケットに入れるとドアを閉める。
部屋には影也と湖華だけが残された。
那雲が去っていく足音を聞きながら、影也が溜息をつく。
その場の空気が変わった。
「…で、本題は何です?湖華」
ソファーにもたれかかりながら訪ねる影也に、微笑を浮かべる。
「さすがやなあ、分かってたんか」
「どう考えても不審すぎます。貴女が那雲君一人に鍵当番を任せる訳がありません」
「隙のない男やなあ、アンタは」
コロコロと笑う湖華は、影也の向かい側のソファーに腰を下ろした。頬杖をつきながら言葉を紡ぐ。
「…例の機械人間、アンタどう思う?」
「今回は明らかに行動がおかしいですね。特に不審な点が三つ」
影也はピッと三本指を立てた。
「一つ目は、襲うタイミングが早すぎる事。確かにこの時期は超能力も急発達しやすいですが…」
「ウチとアンタが初めて機械人間に出くわしたのは一年の夏に入ってからやったもんなあ」
「そう。奴らは何かに焦っている」
影也は淡々と説明する。茶碗に残った抹茶が、頼りなさ気な湯気を出していた。
「次に二つ目。前回見た時と格段にレベルが違う」
「…それはウチも気付いとる。前はあんなバズーカ砲なんてなかった。それに、動きも機敏すぎてたな」
「さらに那雲君に怪我を負わせた。貴重な研究サンプルなら、なるべく損傷を避けるはず」
静まり返る部室。運動場から響く生徒の声がやけに大きく聞こえる。
「最後に三つ目。奴らは、那雲君に異常な執着を持っている」
「………」
目を細める湖華。
「僕らの時とは違って、何としてでも那雲君を手に入れたい感じが表に出ています」
「…と、いうことは那雲はウチらとは違って利用価値が大きいいうことか?」
「その可能性が高いです。奴らは那雲君を使って何かをしようとしている」
張りつめる空気を拭うように、湖華はダラリと力なく手足を投げ出した。
「……一体奴らは何なんや、何をしようとしとるんや」
聞いたところで答えられる質問ではなかったが、聞かずにはいられないのだろう。
「僕が聞きたいですよ……何かをしたいなら僕らを生まれてから今日まであの病院で拘束してればいい。何故わざわざこうやって野放しにして慌てて回収しに来るのか…」
「……『あの人』にも聞いてみたんやけど深い部分までは知らんゆうてたし…」
丁度その時、どんよりと重くなった室内の空気を打ち砕くようにドアが開いた。
「鍵ってこれでいいのか?何かすごい錆びついてるぞ」
那雲はジャラジャラと鍵を振り回しながら部屋に入る。空気が変わっていることにも気付かずに。
悩んでいてもしょうがない、というように二人は立ち上がった。那雲を誘導するように前に立つ。
「じゃあ練習場所に行きましょうか」
相変わらずの女神顔負けの微笑だったが、その笑顔が若干曇っていることに那雲は不思議そうに眉をひそめた。
二人に導かれるままにして到着した先は、校庭の隅にある古びた倉庫だった。
塗装は剥げているし、あちこちにシミまである始末である。
遥か遠くから運動部の生徒達の黄色い声が聞こえてくるが、同じ校内にあるとは思えないほどここだけ次元が違っていた。
「……何か出そうな建物だな」
倉庫を見上げる那雲を見て、湖華がおどけたように笑った。
「なんや、那雲怖いんか?」
「ッ!別にそんなんじゃねえよ!!」
「照れてますね~」
二人に馬鹿にされ、半分ヤケになった那雲はカギを突っ込んでドアを開ける。
ギイイ…と低い音を立てて開いた扉から、黴くさい臭いが漂って来た。加湿器を持ってくれば、この部屋は湿度百%を示す自信がある。
中は完全なる闇である。扉を開けたため差し込んだ光によって、室内を舞う埃がハッキリと見えた。
鼻と口を手で覆いながらそばにあった電気のスイッチを押す。少し遅れて蛍光灯の明かりがついた。
ハッキリ言うと、カビくさくて最悪の居心地である。
「……お前ら、いつもここで練習してんのか?」
「慣れというのは怖いものですよ。それに、普通の生徒に見られる訳にもいけませんからね、部室が限られてくるんです」
影也が笑いながら言う。
室内は八畳ほどの広さでお世辞にも立派とは言い難かった。
雨漏りのシミができた天井に、傷だらけの壁。
真ん中に体操マットが置いてあるくらいで他には何もない殺風景な部屋だ。
「では、始めましょうか湖華」
那雲に『見ていろ』というように促すと、影也は部屋の真ん中に立った。
湖華がそれを確認すると何かを構える。それは―――
「拳銃!?」
黒くて重そうな物体を影也に向ける。
「安心しや、ただのビービー弾や」
言ったとたん、パンパンパン!!と乾いた音が連発した。
唖然とする那雲をよそに、影也は連射された玉を器用によけていく。
現れては消え、現れては消え、玉の間を正確にぬうように瞬間移動を繰り返す。
「ま、ざっとこんなもんです」
銃声がやみ、影也が肩をすくめた。
湖華がこちらを振り返って言う。
「さあ、次は那雲の番やで」
「………」
いや、それ絶対死亡フラグだから。という言葉を飲み込み、部屋の真ん中に立つ。
すぐさま湖華の銃口が向けられた。黒い穴が、自分を狙う。
(……いくらビービー弾だからと言ってもあたるとかなり痛いよな…しかも近距離すぎねぇか?)
「おい、何ブツブツ言ってんや!始めるで!」
「はい…」
諦めた那雲は抵抗をやめ、大人しくすることにした。
影也が慰めるかのように説明する。
「この練習は、機械人間などに襲われた時を想定した訓練です。あくまでリラックスしてください」
「どこに襲われる時にリラックスしてる奴がいるんだよ!!想定からして違うだろ!!」
「今から発射される弾に一発でも当たらないようにしてください。もちろん、超能力を使って」
「俺の言ったことはスルーかよ!!」
那雲のツッコミも虚しく、銃口がこちらを狙う。
パン!!という音とともに右に体をずらした。
「ちょ、始まんのはや…ッ!?」
だが、湖華の勢いは止まらない。相手を正確に打ち抜くため、那雲の行動を先読みして狙ってくる。
ズボンを何発もの銃弾が走った。「那雲君!超能力使って!」という影也の声が遠くに聞こえる。
必死に風を操作して小さな突風を起こすが、そんなことは無意味に終わる。
もう何発の銃弾が自分の体に当たったかも分からない。湖華が銃口を下ろした時にはすでに虫の息だった。
「……アンタ、この銃本物やったら死んどるで」
「…んな…こと…言われても…」
息切れを繰り返す那雲に影也はアトバイスする。
「今気付いたんですけど、那雲君の超能力は『風や大気を操作する』でしたよね?」
「…ああ」
「それならば『空気の壁』を作ればいいんじゃないですか?」
その言葉に、湖華が不思議そうに顔をしかめた。
「んな無茶な…そんなスッカスカの壁すぐ貫いてまうやろ」
「いや、そうでもないと思いますよ」
「?」
「僕達の住むこの地球は、大気や空気の膜によって太陽からの強すぎる紫外線を防いでいます。空気というものは、実はレンガ造りの壁より丈夫だったりするんですよ」
「………アンタ、何で成績最下位のクセにそんな事知ってんのや」
「まあそれはいいとして…ようするに自分の前に空気を集めて『見えない壁』にすればいいのでは」
「……もう一回頼む」
那雲は立ち上がった。影也の言っている事は筋が通っている。
今まで『攻撃性』しか考えてなかったけど、自分の超能力は実は『防御性』に優れているのかもしれない。
わずかな可能性が生まれたからにはいざ実行である。
散乱したビービー弾の中心地に立つと、湖華を促す。
湖華は弾を詰め直し、もう一度那雲に銃を向けた。
目を伏せる。
常人にはできない『空気を感じる』
(この室内には…窒素76,15%酸素22,36%二酸化炭素0,038%アルゴン1,287%…)
頭の中に浮かぶ莫大な数字というデータ。
それをゆっくりと誘導し、自分の前に持って来る。イメージは、カーテンを引くように膜を作る。
完了。
ゆっくりと目を開いた。同時に湖華が引き金を引く。
乾いた銃声が連発した。那雲はその場から動かない。一歩も動かない。
弾は一つも当たらなかった。那雲の一歩手前で勢いを失って床に落ちる。
バラバラと那雲に触れられなかった弾が足元に散らばった。
「な…ッ!?」
引き金を引いた湖華は勿論、影也までもが息を呑んだ。
(まさか、少し助言しただけでここまでできるとは…)
しかし、当の本人は無言だった。虚ろな目をしたまま、どこか遠くを見ている。
そして、次の瞬間。ビー球散らばる床に倒れ込んだ。
青い顔でブツブツと何かを呟いている。
「お…おい那雲どうしたんや!平気か!?」
「那雲君!?」
慌てて二人が駆けつけると、那雲はぐったりした表情のまま声を絞り出す。
「さ…酸欠…」
「……………。」
どうやら自分の超能力のせいで酸素を極限まで奪われたらしい。
呆れた二人は目を合わせると、那雲に背を向けた。
「…行こか。アホはやっぱりアホやったな」
「ですね~」
去って行く二人の背中を、童もすがる思いで見つめる。
古びた鉄筋コンクリートの室内で、那雲は悲痛なヘルプの声を上げた。
キャラクター紹介5
●山川海風
那雲のクラスメート。愉快な名前は祖父が命名したとか。
明るくて能天気なお調子者で、女好き。
好みのタイプは『文学少女』はたして彼に彼女ができる日はくるのか。
那雲のことが気になるようで、しょっちゅう声をかけては那雲に引かれている。