6、一夜明けて
「え~みんなも知っている通り、中学では二次元方程式を習ったな」
最悪だ。
なぜ噂というものはこうも早く広まってしまうのだろうか。
そもそも不思議に思う。一体噂の出所というのは何処なのだろう。
「今日からの数学では、この二次元方程式を応用させたものを習う」
入学から二日目。
今日から早々と授業が始まっていた。
いや、それ自体は別に構わないのだが、問題はもう一つ。
「では、さっそく教科書の四ページを開いてもらおうか」
那雲が『金持ち部』に入部したことが早くも広まってしまったのだ。
そもそも、この学校では『金持ち部』=『選ばれたセレブ中のセレブしか入部することができない』
という方程式が成り立ってしまっているらしい。
そんな所に入部してしまった那雲は全学年の中でも有名人になってしまった。
無理もないだろう。
湖華は中身はアレだけど一応社長令嬢の美少女だし、影也は女神のような美貌を持つ礼儀正しい(裏は超腹黒だが)好青年。
そんなセレブオーラ全開の面子の中で那雲はというと…
無造作に腰の辺りまでのばした黒髪。学ランの代わりに羽織った校則違反のパーカー。だらしなく下げたズボン。ベルトに付けた金属の飾。
ハッキリ言って、そこらの路地裏にたむろしてそうな恰好でセレブとは程遠い。
たとえるなら、羽を広げた孔雀のなかに一匹だけカラスが混ざっているようなものだ。
そんな那雲が『金持ち部』に入部すれば当然周りの注目も集まる訳で。
(クソ…失敗した…ッ!なるべく目立たずに高校生活を送るはずが三日目で台無しじゃねぇか!!)
だがそもそも『金持ち部』とは正しい姿ではない。
その実態は『異能力研究部』超能力者だけが集まる部活だ。
この町の『南鶴城ケ丘総合病院』で行われた『ある実験』によって生まれてしまった超能力者達の居場所。
『ある実験』が行われたのは、今から15~16年前の9月18日。
つまり、超能力者として疑われるのは『15か16歳の子供』『誕生日が9月18日』『南鶴城ケ丘総合病院で生まれた』というこの三条件をクリアしている者だ。
そして、那雲はそれに見事に当てはまる。
それを影也に見破られ、異能力研究部に入部させられ現在にいたる。
(つうか入学二日目から色々ありすぎだろ…機械人間とか機械人間とか機械人間とか)
機械人間とは、昨日那雲を襲ってきた少女のことだ。
たしか名前を『早峰沙帆』といったか。
(アイツは一体何だったんだ?)
色々と事が起こりすぎて忘れてしまっていたが、結構大きな問題である。
そもそも、完全な『機械』にしては妙に動作が人間らしいところもあった。
那雲にぶつかった直後の彼女の表情も、普通の勝気な少女のものだった。
アイツはあの病院で造られたのだろうか。
だとすればあの病院は何を考えているのだろう。
自分達のような超能力者を造り、あまつにあんなモノまで。
目的が見えて来な―――
「涼原くんっ!!」
「は!?」
いつのまにか目の前に立っていた先生の大声で、意識を取り戻した那雲。
頭が白く、やや横幅が広い先生に睨まれ那雲はしぶしぶ教科書を出した。
「丁度いい。前に出て黒板の問題を解きなさい」
白いチョークをつかんだ手がにゅっと伸びてきて、那雲は思わず口に出してしまう。
「……わざわざ俺にやらせなくてもてめぇでやればいいだろ」
「なっ…!てめぇとは何だね!!口を慎め!!私はこう見えてもこの道三十年のキャリア…」
「三十年前はその頭もふさふさだったのか?」
興味なさそうに言い返すと、クラスで嘲笑が起きた。
「…ぐぐ…っ!もういい!!君はそこで大人しくしてなさい!!」
悔しそうに足音を立てて教卓に戻って行く先生を見て溜息をつくと、再び窓の外に意識をやった。
授業終了のチャイムに促され、生徒たちは『起立、礼』というお決まりの挨拶をした。
那雲は再び机に手を投げ出すと、何だか周りが騒がしい。
顔を上げると、女子生徒数人が那雲を覗き込んでいた。
「那雲くんって怖い人だと思ってたけど違うんだね~!」
「ホント、見た?さっきの先生の悔しそうな顔!」
「ざまあ見ろってカンジ!マジでうけた~」
嬉しそうにはしゃぐ女子生徒達を見て、那雲はうっとおしそうに吐き捨てる。
「…俺はアイツが気に入らなかったから事実を言っただけだ」
「でもすごいよ~あの先生、何かオーラがすごくてさ、みんな緊張しちゃってたのに」
「…確かに頭はすごかったけどな」
女子生徒が笑い出す。何故か知らないが、不思議な気分だった。
今まで、誰にも話しかけてもらえなかったから。
じゃあね、と軽く手を振ると女子生徒たちはほかのグループの輪に戻って行った。
そこで話される会話は嫌でも耳に入ってしまう。
「那雲くんって案外カッコ良くない?」
「だよね~最初は怖い人だって思い込んでたけど」
「黒い長髪とか、すっごいサラサラしてそう!」
「よく見たら結構イケメンだしさ~」
ふう、と息を吐く。
女というものはどうも疲れる。
だが、悪くはなかった。
久しぶりに誰かと会話ができたから。
そこで、またしても那雲の意識が中断させられる出来事が起こった。
「よお、お前さっき女子たちと何話してたんだよ~?」
あ?と視線を向けると一人の男子生徒がにやにやしながら机に手を置いていた。
茶色っぽい髪を肩まで伸ばしたサッカーボールが似合いそうな爽やか系男子だ。
一言。
「消えろ」
「初対面でそれはないだろ~?というか女子には優しいのにオレには消えろって…もしかしてお前見かけによらず女好き?」
「殺す」
「何かイラツキ度アップしてる?まあいいや…オレは山川海風。お前は?」
「山、川、海、風…?冗談はよせ。殺すぞ」
「よく言われるけど本名だ!!それにオレはお前の名前を聞いたの!!」
「じゃあ春夏秋冬」
「じゃあって何!!オマエこそ殺すぞ!!」
辺りからクスクスと笑いが漏れていることに気付く。また騒がれるのは面倒なのでキッパリと言い放った。
「涼原那雲」
「お、今度はちゃんと言ったな。それにしてもお前だって涼しい原っぱに雲…あんま変わんねぇな」
「死ね」
「だから何でさっきからそればっか―――!?」
本当に鬱陶しい。会話するだけで疲れる。
入学したてから道を誤ってしまったか。
本当に鬱陶しい。
本当に…
放課後。
生徒達はおのおの自分が選んだ部活に行っているようだ。
那雲は最後まで教室に残っていた。
はたしてあの部活に行くべきか。
立ち上がって教室を出ると、廊下を歩く。
那雲たち一年生の教室は一階。それに対してあのトンデモゴージャスな金持ち部の部室は三階。
階段を上るのがとても面倒くさい。
それに那雲は昨日の出来事を思い出して冷や汗がにじんだ。
また湖華からの暴行、および影也からの超毒舌を受けなければいけないのか。
廊下を悩みながら歩いていると、通りかかった女子に何故か「頑張って!」と手を振られる始末。本当に別の意味で頑張れ自分。
ついに上に上がる階段の目の前に来てしまい、那雲は決心する。
うん、帰ろう。
やはりあの虐待を受けるのは死んでも御免だ。
危ない橋は渡らないに限る。
と、クルリと踵を返すと―――
「どうかしましたか?那雲さん」
「………。」
美女、女神。
彼を現す言葉はいくつかある。
学ランをぴっちり来て柔らかい微笑を浮かべる男。
その笑顔を見ただけで恋に落ちてしまいそうな程だ。
だが、今の那雲にはそれが悪魔の微笑みにしか見えなかった。
「おま…まさか、瞬間移動して…ッ!?」
「やだな~那雲さんたら☆何してるんですかあ~ホラ、僕らの部室はこの階段を上らなきゃいけないんですよ~☆」
「ま、まて…早まるな…」
「もお~駄目じゃないですか☆さあ、一緒に行きますよ~」
ガシ、と細くて白い指でパーカーを掴まれる。
「地獄まで…」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
直後、瞬間移動によって二人は三階の部室に移動する…
ヒュン、と軽い音とともに那雲は部室のソファーの上に着地した。
相変わらず、湖華は優雅に茶を飲んでいるようだ。
「何や遅いな~」
コトリと茶碗を置く。やはり飲んでいたのは抹茶だったのか。
「な、何の用だ…」
完全に猫の前に出された鼠のように怯えている那雲。
湖華は立ち上がると食器棚からお盆を取り出した。
その上に乗ってるのは…
「これウチの家の新作『ウインナー八つ橋』ゆうんやけど…」
「待て待て待て待て待て待て!!明らか名前からしてマズいだろ!!」
「何ゆうてんの、ちょっと食べてみ」
「神様あああああああああああああ」
隣で苦笑する影也が何とも憎たらしい。
「大丈夫ですよ☆頑張って、那雲くん☆」
「ウッゼエエエエエエエエエエエエ!!」
「ちょい待ち、何ゆうてんの影也。アンタの分もあるんやけど」
「………え?」
時間が止まった。
キョロキョロと周りを見渡してる間にも、影也の分の八つ橋が用意される。
「ほい」
「いやいやいやいやいやいや湖華、ほいじゃなくて…」
ダラダラと汗を流す女神さま。那雲はヘン、と鼻で笑ったがそれどころではない。
目の前に置かれた赤なのか茶色なのか分からない色をしている八つ橋。
断ったら、どうなるか…
急に寒気がしてきた那雲はこっそりと影也に耳打ちする。
(な、なあ…コレは食べるしかねぇのか…?)
(ですね。断れば命はまずないでしょう)
(そ、それはどのぐらいの確立で…)
(99.9パーセント)
「ほぼすべてじゃねぇかああああああああああ!!」
「おい、那雲うっさいぞ!さっさと食べんかい!!影也も!」
「は、はいいいいいっ!」
やめてくれ。そんな可愛らしい丸い瞳で見つめないで。
二人は決意する。震える手で八つ橋を掴んだ。
目を閉じる。
そして、背水の陣の思いで口に放り込む!!
無言。
無言。
そして、反応は遅れてやって来る。
(まっじいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)
(ヤバイですううううううううううううううう!!)
心の中で大絶叫し、喉を掻き毟る二人。
そんな目の前の光景を見て、湖華は首を傾げた。
「なんやどうしたの…もしかして、うまくなかった?」
渾身の思いで湖華の方を振り返ると、親指を突き立てる。
「これやべぇよ!!す…すごいうめぇ…!!」
(別の意味でやべぇよ!!別の意味ですげぇよ!!)
「ほ、ほんとです…こ、こんな美味しいもの、は、初めて食べました…!」
(この状況でこれだけお世辞を並べられる自分に感服しますよ)
明らかに声が震えて悶えている二人だが、湖華はとても嬉しそうに目を輝かせた。
「ホント!?これ今度商品化するねん!ごっつ売れるとええな~」
(ごっつ死者がでるわボケエエエエエ!!つか商品化はやめろおお!!)
※全国の皆さん、もしも『ウインナー八つ橋』というのが売っていても興味本位で買ってはいけません。
「あ、じゃあコレ食べたらさっそく超能力の練習しよ!那雲も初めてだと思うしな!」
湖華の声は二人に届いていない。
見事にソファーに倒れた二人は気絶していた。
…こんな調子で大丈夫なのか。
読み返してみて自分の文章力のなさに呆れる夏目です。もはや色々崩壊してきていますが、頑張ります。(多分)
そして次回は『那雲の超能力』について少し触れてみる予定です。