5、まずは温かいお茶でもいかがですか?
前回の話から、唐突にコメディーに突入しました←?
シリアスなのか、コメディーなのかイマイチ判別しづらいこの物語。
多分それはその時の私の気分によって変わります。
「どうぞ」
目の前に出されたのは、なにやら周りの景色と若干かみ合っていない抹茶だった。
影也が点てたのだろうか。深緑色の茶からは新緑の香りが漂う。
「さ、さんきゅー…」
茶碗を手に取って口をつけると、ふんわりとした柔らかな味が口の中を満たした。
那雲の向かいのソファーに座った影也が艶麗な微笑を浮かべる。
…コイツ、本当に男だろうか。
「那雲さん、僕を見つめたって何もあげませんよ」
「な…ッ!べ、別にそんなんじゃねぇ!!」
危うく茶を吹きかけた那雲を見て、湖華はやれやれというように首をすくめた。
「影也に夢中になるんはええけど、コレも食べてくれへんかな~」
「ゲホ…ッ、だ、だから違うっつーの…って何だコレ…」
那雲はテーブルの隅に置かれた、小皿に入った食べ物を凝視する。
奇妙な物だった。ふにゃふにゃとした皮のようなソレは、三角形の形をしている。
「何だコレ…」
不思議そうに小皿を覗き込む那雲に、湖華が目を丸くした。
「はぁ!?那雲八つ橋知らんの?」
「は、コレがそうなのか?」
『八つ橋』という単語は知っているものの、あまりアウトドア派ではない那雲は、八つ橋というものを見たことがなかった。
ましてやコレは西日本ぐらいでしかお目にかかれない。
「まあ食うてみ、秋ノ宮家の自慢品や」
湖華に促され、おそるおそる黄な粉のかかった八つ橋を口に放り込む。
眉間に皺をよせて食べる那雲の顔色を、影也と湖華が見守る。
これはただの八つ橋ではない。湖華の会社で作られた高級品だった。
使われている材料から出来上がるまでの過程まで、普通の倍近くの金がかかっている。
一般市民はまず口にできない。
そんな八つ橋を一口でたいらげた那雲の感想は――
「…まじぃ」
プチッ!と、何かが切れるような音が部室に響き渡った。
すぐにそれは『ゴゴゴゴ…』という不のオーラへと変化していく。
「…アンタ、もういっぺん言うてみ…」
ひょえっ、と影也が飛び上がったが、那雲はその気配に気付かない。
手に付着した黄な粉を舐め取りながら、
「あんまうまくねーぞコレ…八つ橋ってこんな」
「アンタの舌は節穴かゴルァァァ!!」
ドゴッ!、という低い音が炸裂した。一陣の風が走る。
那雲は驚いて背後を振り返った。
「は……」
頬のわずか二㎝先の壁に、茶碗がめり込んでいた。
パラ…と周囲の壁が崩れて行く。かなり深くまで埋まっているのか、なにやらシューシューというとてもマズイ音が聞こえた。
分子操作。
急激に重さを増した茶碗が、那雲に向かって投げられたのだ。
「あ、の…こはな…?」
ひきつり笑いを浮かべて視線を動かすと、少女が見えた。
綺麗にカールされた髪の毛をピンクのリボンで束ねている美少女は、テーブルを掴んで持ち上げた。
「その八つ橋はなああ、職人さんが血を流して作った汗の塊やあああ!!」
「待てえええ!汗の塊ってよけい不潔ううううう!!」
「はいはいはいはいはいはい、二人とも!」
急に割り込んだ影也が、湖華の持ち上げているテーブルに軽く触れる。
それだけで、一瞬にしてテーブルが元あった位置にしっかりと戻っていた。
「なんや影也、邪魔すんならアンタも道連れやで」
武器を失った湖華は隣にいる影也を睨む。
「おちついてください、湖華。確かに貴女の家の八つ橋は値段の割に激マズですが、那雲くんが可愛そうです」
「死ねええええええええええええ」
(コイツ止めに入った癖に悪化させやがった――――!)
……数分後。
ちょこまかと逃げ回る影也(瞬間移動使用)に湖華は結局敵わなかった。
半壊した部室に立ちすくむ影也と湖華は床に転がっているモノを見て正気を取り戻す。
それは二人の攻撃をモロに受けて気絶しているボロボロの那雲。
何か頭からもくもくと煙まで出ている。
「…………。」
二人は顔を見合わせ、頷く。
「アンッタ何呑気に寝てんやゴルァァァァ!!」
「早く起きないと瞬間移動で砂場に埋まらせますよ~☆」
二人から容赦なく背中を踏みつけられ、暴行を受ける那雲。
哀れな子羊は、強引に意識を取り戻せさせられた。
「…ッたた…お…前らな…」
頭を押さえて立ち上がると何ともムカつくことに、那雲をボコした本人達は何とか全壊を免れたソファーに座って茶を飲んでいた。
「おや、どうかしましたか」
「何やボロボロやな~」
お前らのせいだよ、と絶叫したい那雲だったがまたボコられるのは御免なので黙る。
「つうかお前ら暴れすぎだろ…」
ポソリと呟いて瓦礫があちこちに散乱している部屋を見渡した。
「那雲が弱いんや」
「そうですよ~普通に突っ立ってたら死にますよ~」
「だからなんで暴れること前提なんだよ!!」
グシャグシャと頭を搔き回す那雲をよそに、湖華が不思議そうな顔をした。
「そういやぁ…那雲の持ってる力って何や?影也、知っとるか?」
「いいえ…僕は那雲さんの誕生日を見て超能力者と判断しただけなので…」
興味しんしんの目線が注がれ、那雲は面倒くさそうに答えた。
「俺も詳しいことは分かんねえけど…多分、風系じゃねぇか?」
「風系?」
分からないというように首をひねる二人。
「じゃあ試しになんか力使ってみてや」
促され、那雲はしぶしぶ立ち上がった。
実をいうと、彼はまだ力の発動のさせ方がよく分かっていない。
昔は、カッとなると何人かを吹き飛ばしたりしたが、意識していなくてもよくそれに似た現象が起こる。
困り顔をすると、影也がそれを察したのかアトバイスをくれた。
「力というのは、なるべくリラックスした方が制御も簡単にできますよ。無理に力を入れると暴走してしまいます」
無言で頷くと、両手を前に翳してみる。
リラックス。
集中。
指先に力を送るように。
目を閉じる。
ジワジワと、力を貯めて。
そして、目を開く。
刹那。
ゴオオオッ!!という何やら破壊力抜群の擬音とともに暴風が駆ける。
那雲は見てしまった。
突然吹き荒れた風のせいで、湖華のフリル付きのスカートが大きくめくれ上がったのを。
その中に履いている、ピンク色の可愛らしい布も――
「………」
湖華は無言で立ち上がった。
その丸い瞳には、何かとてもアブナイ光が宿っており、こちらを真っ直ぐ見つめている。
彼女は笑顔だった。
とても可愛らしい笑顔を浮かべて。
「そうかそれがアンタの超能力かあああああああああああ!!」
「ぎゃああああああああああああああっ!!」
バギッ!と何かが砕ける音が炸裂した。
いち早く部室の外へと瞬間移動して被害を逃れた影也は溜息をつく。
「今学期最初の異能力研究部の活動は、那雲さんの力を安定させることから始めましょうか…」