3、機械人間=アンドロイド
「ん」
そう言って湖華は、片手を緩やかに那雲に伸ばした。
まるで長年の親友に握手でも求めるかのような仕草で。
彼女は、自身のことを『超能力者』と名乗った。
なんの躊躇いもせずに。
どうやら彼女は、『異能力研究部に来ないか』と動作で訴えているらしい。
那雲はしばしの間沈黙する。
この手を取れば、異能力研究部の一員となる。
だが、それは同時に『他人との関わりを持つ』ということだった。
長年、人との繋がりを絶ってきた自分はそれでいいのか?
いや、目の前にいる二人は自分と同じ境遇にいたらしい。
この人達なら、分かってくれるのだろうか。
汚れた自分を受け入れてくれるのだろうか。
頼ってもいいのだろうか。
この人達なら―――――
那雲はゆっくりと、本当にゆっくりと手を伸ばした。
湖華の方へ。
この手を取れば。
自分は。
自分は――――どうなる?
もしも彼女達の仲間になっても、また同じことを繰り返してしまうのではないか?
誰かを無意識に傷つけてしまう。
そんな人間が。
本当に、人との関わりを持っても大丈夫なのか――――?
『醜い子だ』
『もう、ウチでは預かれないよ』
『よそをあたってくれ』
『母親の命を喰らって生まれた、汚い化け物め―――――』
蘇る昔の記憶に、ビクッと肩を震わせた。
脳裏に浮かぶ記憶の断片。それが伸ばしかけた手を止めている唯一の枷だった。
俺は――――
唇を噛み締めた後、手を振り払う。
那雲は湖華達に背を向け、壊れた屋上の出口へと向かった。
「…俺は、もう誰も傷つけたくない」
口をほとんど動かさずに、ポツリと言う。
「……ッ!」
背後で、息を飲む気配がした。
背を向けているため、湖華達がどんな表情をしているか分からない。
春にしては冷たい一陣の風が舞った。
廊下には那雲の足音しかしない。
生徒達はみな、全校集会とやらで体育館に移動したためだ。
チッ、と忌々しげに舌打ちをする。
所詮、自分は化け物だ。
誰かを傷つけてしまうくらいなら、断ち切ってしまった方がいいに決まっている。
あの人達は、自分と同じ超能力者だと言った。
だが、根本的な何かがずれていたのだ。
あの人達には『光』がある。
闇の中でしか生きてこなかった自分にはない『光』が。
闇の住人は、光の世界では生きられない。
唇を噛み締めて歩いていた那雲だったが、そこで肩に軽い衝撃が走る。
ぶつかった、と分かるまでそう時間はかからなかった。
「あ…っ、ゴメンね」
慌てて顔を上げたのは、一人の女子だった。
茶色いボブが印象的な、活発そうな女子だ。
特に謝ろうともせずに通り過ぎた那雲だったが、女子生徒に上に羽織っているパーカーを掴まれる。
「ね、ねぇ…」
「あぁ?」
忌々しげに女子生徒を睨みつけたが、相手は怯まない。
「私、人を探してるんだけど知らないかな?」
「…んなモン俺が知る訳ねぇだろ」
パーカーを掴む指を振り払うと、再び歩みを進めた。
だが、那雲の行動は一時停止させられることになる。
何故なら。
「その人、涼原那雲っていうんだけど…」
ピタリ、と両足の動きを止める。ゆっくりと振り返った。
「あぁ?てめぇ、俺に何の用だ」
すると、女子生徒は嬉しそうに顔を輝かせる。
「じゃああなたが涼原くん?」
本当に、嬉しそうな顔で。
『超能力者、涼原那雲発見。至急捕獲、及び「南鶴城ケ丘総合病院」への強制連行開始』
そう言った。
「!?」
那雲は目を見開く。
さらに女子生徒は、着ているセーラー服の胸元を開けた。
そこにあったモノは、人間の白い肌ではなかった。
何か得体の知れない機械のようなものが埋め込まれており、不気味な機械音を鳴らしていた。
さらに、腕の中はカラッポで、ジャコッ!という音とともにそこから細いアームが伸びる。
女子生徒の顔は、いつのまにか豹変していた。
瞳はまるでビー球が埋め込まれたようになっており、一度も瞬きをしない。
唇は硬く結んであり、明らかに人間の感情というものがなかった。
そう、まるで機械のように。
『機械人間試作品一号、早峰沙帆超能力者を発見。即時攻撃を開始、連衡します』
叫ぼうとしたが、声が出ない。
喉の奥はカラカラだった。
とにかく分かった事は、逃げなければ死ぬということだけだった。
震える両足を何とか動かし、回避行動に出る。
那雲は後ろを振り返らず、全力で走った。
一階へとつながる階段をほとんど転がるように下りる。
呼吸はメチャクチャだった。
吐く息はかなり荒く、肺がおかしくなってるんじゃないかと思うほど呼吸が乱れている。
あの変な女がこちらに来るのも時間の問題だ。
特に何も考えず、那雲は2-3と書かれた教室のドアを開ける。
教室の中は、全校集会で生徒が移動してしまったため誰もいない。とにかくどこか隠れられる場所が欲しかった。
ずるずると床にへたり込む。
「ち…っくしょう…ッ!!何なんだよ、アレは…っ!!」
あの女が口にした言葉をもう一度頭の中で再生する。
『超能力者、涼原那雲発見。至急捕獲、及び「南鶴城ケ丘総合病院」への強制連行開始』
『機械人間試作品一号、早峰沙帆超能力者を発見。即時攻撃を開始、連衡します』
そこから重要だと思う言葉だけを抜き出してみる。
超能力者。
涼原那雲。
捕獲。
南鶴城ケ丘総合病院。
強制連行。
機械人間。
早峰沙帆。
攻撃。
頭の中で、それらの言葉を組み立て、事実を浮き彫りにする。
自身を持っては言えないが「南鶴城ケ丘総合病院」とは那雲の生まれた病院名のはずだ。
(…つまり、あの女は機械人間で、俺が生まれた病院からの命令で自分を捕獲するために学校に潜り込んでいたのか…ッ!?)
つまり、相手の狙いは自分一人。
(どうなってんだ…病院側が俺を調べたいのは分かるが機械人間!?そんなモノを使って何をやろうとしてる…)
実を言えば、那雲は過去にもその超能力のせいで『病院で検査を受けた方がいい』と幾度も言われた。
だが、今回は明らかに何かがおかしい。
例えば機械人間
自分一人を捕獲するためだけに、あんな機械人間を造った?
いや、違う。
もしくは。
『私のような、機械人間達のためにあなたは造られた』
かなりの近距離で上がる声。
「ッ!?」
那雲が体をひねって立ち上がるのと、機械人間のアームから閃光が迸ったのはほぼ同時だった。
ドガッ!!と今まで遮蔽物の役割を果たしていた机がなぎ払われる。
莫大な閃光が視界を覆った。
(やばい…ッ!!)
とっさの判断で横に転がる。教室から廊下へと出たようだ。
機械人間が、こちらを振り向いた。
その感情のない瞳を向けて。
『涼原那雲が攻撃を回避。第二段階に移ります』
吐き出される機械のような声。それがさらに那雲の思考をにぶらせる。
突如、機械人間の腕が変形した。
アームのようなものの先端に、あらたにバズーカのようなものが接続される。
それを、こちらに向けて。
ドガガガガガガガガガガガッ!!と、一際大きい轟音が爆発した。
その光の玉のようなものをまともにくらった那雲が、廊下に面した窓に叩きつけられる。
ガッシャアアン!!という音とともに、ガラスが砕け散った。
宙へと投げ出される那雲。
「あ…がっ!?」
肩の辺りに激痛が走った。見るとガラスの破片が数本突き刺さっている。
鮮血が舞う。
もう、那雲には落ちているという感覚はなかった。
口の中を伝う鉄くさい味と、焦点が合わなくなる視界。
高さ約十五メートル。
そんな所から生身の人間が放り出されたらどうなるか。
小学生にでも分かることだ。
幸い、下は校庭なので固いアスファルトではないが、そんなのは関係ない。
覚悟して、目を閉じる。
だが、思った感覚はいつまで経ってもやって来なかった。
(何…が?)
おそるおそる目を開けて、気付いた。
浮いている。
「は…?」
自分の体が、地上から約五メートルくらいの所で宙に浮いていた。
それだけではない。フワフワとした無重力感がする。
(まさか、体が軽くなったとでもいうのかよ…?)
そして、那雲は気付く。
先ほどまで会っていた、物体の重さを変えられる超能力者の名前は何だっけ?
「ホンマ危なかったわ。ウチが来るのがあと数秒遅れてたら、アンタぐしゃぐしゃやで?」
「!!」
落下地点だった校庭に現れたのは、分子操作の異名を持つ秋ノ宮湖華と。
「誰が瞬間移動でここまで運んでやったと思ってるんです?大体、湖華の足じゃ間に合いませんよ」
まるで女神のような美貌を持った、瞬間移動能力者の三苑影也だった。
「な…っ!お前ら…ッ!?」
瞬間、急激に体の重さが元に戻った。背中から校庭に着地する。
高さ五メートルから落とされても結構痛い。
土をはらって、那雲は立ち上がった。目の前の超能力者二人を見る。
影也が面倒くさそうにこう言った。
「さあて、では鬱陶しいあの機械女をおっぱらうとしますか」
その視線の先にはいつの間に校庭に下りたのか、先ほど那雲を撃破した機械人間が立っていた。
『敵性有りと判断。三苑影也、秋ノ宮湖華を速やかに排除します』
言うと、ガシャッ!!と腕に取り付けたバズーカのようなものをこちらに向ける。
だが。
「遅いよ」
影也が瞬間移動を使って一足早く機械人間の背後に回り込んでいた。
『…?』
機械人間が何かに気付く前に、頭上に机が現れた。その小さな頭をかち割るために。
『!!』
辺りに粉塵が舞う。
「さっきこっちに来る時一緒に送っといたんですよ。机といっても湖華の力で300キロくらいの重さがありますけどね」
『…ッ!!』
初めて機械人間が回避行動をとった。さらに二人はその隙を見逃さない。
湖華は近くに落ちていた植木鉢を掴むと、機械人間に向けて投げつける。
ただの植木鉢ではない。およそ500キログラムまで重さを増したものだ。
そんなものが体に直撃すれば、骨の一本や二本は確実に持ってかれる。
ベコン!!と何かがへこむような音が響き渡った。
『…人体の損傷を確認。即時に研究所への撤退を開始』
ガシャン、と不気味な音を立ててアームを戻す機械人間の腹に、植木鉢がめり込んでいた。
血は一滴も垂れておらず、傷口からはパソコンの中に入っている精密機械のようなものが見える。
そして、機械人間は消えた。
まるで影也の瞬間移動のように、その場から一瞬で。
キャラクター紹介3
●秋ノ宮湖華
栗毛色のカールした髪に、頭に特大リボンというトンデモお嬢様。
成績優秀で、二年の中では頭の良さはダントツトップ。
だが関西弁でかなり口が悪く、性格も大雑把なめんどくさがりや。
見た目と性格に大分ギャップのある少女。
実は京都にある八つ橋会社社長令嬢でかなりのお金持ち。
姉が一人いるが、こちらはいたって普通の人。
背が低いのをかなり気にしており、自分のことをチビと言う相手は初対面だろうが容赦なく殴り飛ばす。だが、女子には優しい模様。
異能力研究部の部長で、物体の重さを変えることができる、通称『分子操作』