2、超能力という名の非日常
物事には、順番という物がある。
まず前置きから始まり、少しずつ本題へと事を進めていくというのが一般的であろう。
さらに誰かに頼みごとをするとなれば、相手に良い返事を言わせるように慎重に説得するのが普通だ。
だが、目の前の男とは思えない美貌を持つヤツは、どうやら常識というものが通用しないらしい。
「貴方を、異能力研究部に勧誘しに来ました」
イキナリ現れてイキナリそんなことを言われた那雲は、たっぷり十秒以上ポカンと立ち尽くしていた。
まるで状況が掴めない。
目の前に立ってこちらを真っ直ぐ見ている(自称)男は何者だ?
超能力者?
自分と同じ?
勧誘?
異能力研究部?
脳内がはてなマークで埋め尽くされる。
何とか頭をフル回転して状況を把握しようとした那雲だが、逆に混乱してきた。
そもそもここ鶴城ケ丘高校には『異能力研究部』などという部は存在しないはずだ。
入学式の時に行われた新入生部活紹介を見ていても、そんな妙な部はなかった。(もっとも、那雲は半分寝ていたので確信はないが。)
ついに「脳」という小さなコップから溢れたはてなマーク。だがその混乱した思考を目の前の男の声が遮った。
「涼原那雲さん、貴方の生年月日は今から十五年前の九月十八日ですね?」
「…あ、ああ」
とっさに答えてしまったため、声が震えた。
「実は僕も…というか『異能力研究部』の部員は基本九月十八日生まれです」
「!?」
ますます分からない。那雲の疑問は増幅した。
「そしてその部員…といっても僕とあと一人の二人しかいませんが、は異能の力…つまり超能力を持っている」
思考が追い付かない。
「まだ、分かりませんか?」
つ、と頬に冷たい汗がつたる。
「つまり」
そして、男は三泊ほど間を開けてこう言った。
「今から十六年~十五年前の九月十八日、この地域のある病院で生まれた子供は皆超能力を宿している」
視界が、黒く塗りつぶされた。
まともに、思考が機能しない。
自分と同じ境遇の人間が他にも?
だが。
「…てめぇ」
湧き上がるのは疑問を通り越して、怒り。
勝手に現れ、求めてもいないのに勝手に説明されたこの男に。
いや、そもそもコイツの言うことが本当なのかも分からない。自分をからかいたいだけなのかもしれない。
――かつて、自分を化け物扱いした奴らのように。
ギリ、と奥歯が鳴ったような気がした。
「ふざけんな!いい加減なことばっか言ってんじゃねえええ!!!」
気が付いたら、拳を振り上げていた。目の前の男に叩きこむ勢いで。
屋上のフェンスをばねにして、那雲は突進する。
刹那。
拳が、空を切った。
「は…!?」
その華奢な体に拳は接触していない。なぜならば。
男が、視界から一瞬で消えたから。
「威勢がいいのは結構ですが、やみくもに相手に暴力を奮うのは関心しません」
吐息がかかるほど近距離で囁かれた那雲は驚いて振り返る。
――いつの間に移動した?
男は、ニッコリと艶麗な微笑を浮かべると、振り上げたままの拳を優しく包み込んだ。
那雲は、目を見開く。
「ですが、貴方はスピードでは絶対僕に敵わない」
瞬間。
ヒュンッ、という軽い音と共に男が消えた。
文字通り、本当に消えた。
それは、実に鮮やかすぎる動作だった。
気が付くと、男は得意げな笑みを浮かべて遠くのフェンスの上に腰かけている。
そして、那雲は目を疑う光景を見ることになる。
何回も、その場から消えては別の場所に現れ、消えては現れるの繰り返し。
まるでケータイの連写機能で撮影したように一瞬で、消えては現れる。
男は最終的に那雲の目の前に現れると、疲れたのか肩をコキコキと回す。
「分かっていただけました?僕は、一瞬で別の空間に移動することができる。物体を別の場所に送ることもできる。『瞬間移動』という呼び方が一番ポピュラーですかね」
目を限界まで見開いた那雲は、震える唇を必死に動かし言葉を紡ぐ。
「お前…本当に超能力を…ッ!?」
「ええ」
即答だった。
さらに那雲に、その白く細い手を差し出して、
「部室に来てくれませんか?同じ超能力者として、私達と手を組んで下さい」
ザッ、と春風が舞った。桜の花びらも数枚運ばれて来る。
二人の視線が正面からぶつかった。
「…ッ…」
那雲が返答をしようと、口を開きかけた時だった。
ドガッシャアアアアアン!!という派手な破壊音が耳をつんざいた。
ほぼ同時に見事なくの字に折れ曲がった屋上の扉が宙を舞う。
そのまま破壊された扉は止まることを知らず、フェンスを軽々と飛び越えて遥か彼方へと消えていった。
那雲と男以外の第三者が、鍵のかかっていた扉を内側から破ったということに気付いたのは、もくもくと扉のあった場所から茶色の粉塵が舞ってからだった。
何か咳込むような声が聞こえたと思ったら、すぐに扉を破ったであろう人物からの罵声が飛んで来る。
「影也ぁ!アンタ一人でノコノコ出て行って何やっとんねん!!勝手な行動すんなって言うたやろ!?」
可愛い声で乱れまくった関西弁が飛んで来た。
男――影也は困ったような作り笑いを浮かべると頭をかく仕草をする。
「仕方ないじゃありませんか、湖華。今回ばかりは許してくださいよ」
「いーや、許さへんで!罰として部室でウチにお茶でも入れてもらうからな!!」
と、そこで視界を覆っていた粉塵が晴れた。
扉が外れた入口の前で仁王立ちしていたのは、那雲よりも少し背が小さい少女だった。
だが、乱れた口調とは正反対のイメージの少女。
綺麗に波打ったた栗毛色の髪に、それを二つにまとめる上品なリボン。←(絶対校則違反)
さらに規定のセーラー服は改造されており、スカートの裾や襟、胸元には何ともフリフリなレースが着けてあった。
顔立ちはかなり整っており、絵本に登場する姫のようだ。ハッキリ言うと、微笑みかけられたらしばらく見とれそうな程である。
そしてタイは無理やりリボン結びにされていた。
一言で言うと、お嬢様オーラ全開。
ピアノの発表会に行くとよく見かける、ザマス的教育熱心なお母様と一緒に歩いてそうな少女だった。
本当にそこらへんを歩いていると、三秒で誘拐させられそうなほど金持ちそうな容姿だ。
那雲はこの時、絶対この女の家には専属の執事がいると確信した。
色々なことが起こりすぎてポカンと口を開けている那雲に、影也が申し訳なさそうに説明した。
「えーと…この子は同じ異能力研究部の部員で、秋ノ宮湖華といいます」
言い終わった瞬間、その湖華とかいう女のケリでフェンスに叩きつけられる影也。
「影也は何でさも自分のことのようにウチの自己紹介しとんねん!そもそも『この子』って何や!!同学年のくせに子供あつかいすんな!!」
「い、いやでも湖華僕より頭一つ分は違うからチビ…」
「あーもううっさいねん!!ちっとは黙らんかいこのドアホ!!」
またしても湖華の跳び蹴りが炸裂するが、影也は一足早く瞬間移動を使ってこれを逃れる。
その夫婦漫才のようなやり取りを見ながら、那雲は小さな声で呟く。
「…その女も、超能力者なのか?」
「ああ、あったり前やろ?」
影也に向けた質問だったが、その声気付いた湖華が即答する。
「アンタ、那雲だっけか?分子ゆうモンは知っとる?」
首を縦に振った。あまり覚えてないが、中学で習った。
「ほとんどの物体は分子で構成されてるやろ?ウチはその分子の『数』を操れるんや」
「……」
イマイチよく分からない那雲に湖華はめんどくさそうな口調で言う。
「まあ…簡単に言うと、『物体の重さを変えられる』いうことや」
「重さ…?」
「ん~…口で言うても分からんと思うから見せたる」
言うと、湖華は屋上のフェンスに触れる。
直後。
ボガッ!!というすさまじい音とともに、屋上の四方を囲むフェンスが持ち上がった。
「!?」
無理やりコンクリートから外されたフェンスの一部はひしゃけており、しかもそれを湖華は片手で持っている。
あのお嬢様みたいな華奢な身体の女の子によって、屋上には粉塵が立ち込めていた。
「今やったんは、このフェンスの分子の数を減らした。つまり、フェンスの重さを軽くしたいうことや」
「分子操作」
突然現れた影也が歌うような気軽さで言った。
「それが彼女の異名ですよ。物体の重さを操れ、たとえこの校舎であろうが小指で持ち上げてしまう」
「な…っ」
息を呑んだ。
本当にいたのだ。
自分と同じ『超能力者』が。
キャラクター紹介2
●三苑影也
鶴城ケ丘高校二年生。『異能力研究部』に所属している。
瞬間移動の持ち主。
容姿はそこらの女に負けないほどの美貌を持っており、今まで求愛された数は両手の指の数をゆうに超える。
また、その女神のような美貌とは裏腹で性格はかなり腹黒い。
苦手なものは勉強で、成績は下から一番目だか二番目だか。
誰にでも礼儀正しい。だが毒舌でドS。