15、訪れる初夏と雑談
無駄に長くなってしまった今回の話。
特にヤマ場はなく、三人がわーわー言ってるだけです。
でもあのノリを書くのは結構楽しかったりしますね。
ちなみに調子にのって名前変えました。
私が世界で一番好きな苗字は『夏目』だったりします。
ぼんやりとした淡い照明の中、一人の男がパソコンのキーボードを叩く。
男は、白髪交じりの黒髪をかき上げる。皺が刻まれた口元が、面白くなさそうに歪んだ。
『南鶴城ケ丘総合病院』と書かれた封筒の束に目をやる。机は書類や封筒の山で溢れていた。
その封筒に記されている病院名は、この男が院長を務める病院の名前。
「早峰」
その一言だけで、まるで始めからいたかのように一人の少女が現れる。
『……なにか御用でしょうか、院長』
少女の瞳は完全に生気というものが欠落していた。虚ろな瞳で、パソコン画面に視線をやる。
「紀崎蔭艶はどうだ」
『現在は順調に回復しています。学校は転校したことにさせました』
「…そうか、まああれは精神ダメージの方が大きいだろうが、な」
大して興味もなさそうに男は沙帆を振り返る。
小さなパソコン画面には、一人の少女の画像と詳細が記されていた
。
画像が荒いため細部まで見ることはできないが、それは街のどこかに付けた監視カメラで撮影したような画像だった。
もしかして本当に監視カメラを町中に仕掛けているのかもしれないが――紗帆にとってはどうでもよいことだ。
――この男は、生身の人体での超能力実験をも平気でやってのける男なのだから。
そして自分も、この男に機械人間にされた。
男は、机を人差し指でトントンと叩きながら言う。
「新たな超能力者が見つかった」
『――、』
紗帆の眉がほんの微かに動いた。――が、それだけだった。
「驚いたよ、てっきり死んだものだとばかり思っていたが…しかも涼原那雲達と同じ学校に通っているとは」
『……捕獲、および始末しますか?』
男は暫し画面を見つめる。
「――いや、放置しても問題はない。そもそも奴は攻撃タイプの超能力者ではないからな、とんだ欠陥品といった所だ」
『……そうですか』
内心、暇だったのでその少女で弄ぶのもいいと物騒なことを考えていた紗帆だったが仕方ない。男の命令は絶対だ。
「ただ、もしも涼原那雲達と接触した場合…少し面白そうなことになりそうだ」
ふと、男が机を叩く指を止める。舐めるように画面を見つめると、不気味に笑った。
『その少女の名を、教えていただけますか…?』
紗帆の不意の質問にも、男は全く躊躇う様子も見せず呟いた。
「その少女の名は―――」
◆◆◆◇◆◆◆
深夜。その中でも特に闇の色が濃くなる丑三つ時。
満天の星が瞬く――まではいかないがポツポツと星が照る夜空に、生暖かい夏色の風。
6月も終わろうとしている今日この頃は、少しずつ町も夏の気配を帯びてきた。
大半の民家の明かりは、とうに消えている。
だが、ある古びたアパートの一室には薄暗い照明が光っていた。
そのアパートは、どこにでもありそうな普通のアパートだ。差し詰め大きさは2LDKより少し小さいくらいだろう。
「くそが…ッ、厄介なことになりやがって…」
室内は、これでもかというほど冷房が効いていた。その部屋の主――那雲の黒い長髪も、現在は暑いため後ろで束ねられている。まるでサムライのような恰好だ。
そんな那雲の手元には、人間の拳二つ分程の人形が握られていた。
「くそぉぉぉっ!折角新作が出たから買ってやったのになんだよこのザマは!!」
その人形は、円らな瞳に人を一発で和ませる表情を浮かべた――いわゆる『ゆるキャラ』というやつだ。
余談だがこの人形、名を『かまぼっこん』と言い、その名の通りかまぼこをモデルに作られたキャラクターだ。
現在は小中学生に人気をあつめている模様で、至るところにオフィシャルショップが建設されている。
何を隠そう那雲は、このぬいぐるみ会社のぬいぐるみはすべて揃えているのだ。
機械人間達も騒ぎが起こるのが困るのか、自宅までは襲ってこない。なのでこのアパートは那雲の唯一の安らぎ場所である。
よって、自室がこのような趣味全開の世界になるのも無理はない。
だが、その人形は腹部にあたる部分が大きく裂けてしまい、中から綿が飛び出してしまっていた。
「俺のかまぼっこんが…ッ、確か前回買った『とまとん君』も手がとれちまったし…」
高校男子がレジへ持っていくには大分勇気のいる代物を眺め、那雲は大きくため息を漏らした。
「仕方ねぇな…面倒くせぇが縫うか」
漆黒の長髪を揺らして立ち上がった那雲は、彼の人格とは一致しない綺麗に整理された部屋を眺めると、ベッド下の収納スペースに目を留めた。
その収納スペースを開くと、中から大量の人形が溢れ出る。
そこの空間だけ見ると、小学生の女の子の部屋なのかと錯覚させるほどだ。
彼は人形の山の中から裁縫道具を取り出し、針に糸を通すと器用に破損した部位を縫い合わせる。
それは高校生男子とは思えないほど見事な手腕だった。
あっという間に破れ目は塞がり、『かまぼっこん』は買った時とほぼ同じ状態に戻った。
「こんなもんか…よかったなかまぼっこん…」
普段の彼には考えられないほど柔和な微笑を浮かべる。
と、そこで唐突に携帯の着信が鳴り響いた。
ピピピ、という喧しい音に怪訝に目を細め、ベッドに置かれている携帯を開く。
『新着メール一件』というボタンを押すと、すぐさまメールが表示された。
それは、影也からだった。(ちなみにメルアドは何故か入学当初に影也に知られていた。つくづく恐ろしい奴である)
文面には、愉快な顔文字とともにこう綴られている。
『こんばんわー那雲くん☆まさかもう寝てるなんてことはありませんよね?w用件は一つだけで、今すぐ僕の家まで来てください♪じゃあばいちー(^0^』
秒速で那雲の顔が歪んだ。手にしたかまぼっこんが握り締められる。
「……果てしなくウゼェメールだな……つうか、夜中に家に来いって夜這いかアイツ…気でも狂ったのか?」
「いえいえ~これでもシラフですよ☆あと夜這いじゃないですからー」
「馬鹿か…んな訳ねぇだろってはあああああああああああああ!?」
「あ、どうもお邪魔してます~」
「なに完璧な笑顔で言ってんだコラああ!つか不法侵入で殺すぞてめぇ!!」
いつの間にか影也は隣でくつろいでいた。進入方法は言うまでもなく瞬間移動である。
簡素なTシャツとズボンに身を包んだ影也は、亜麻色の髪を揺らしてニッコリと微笑んだ。
耐性がない人間が見たら一発で恋に堕ちるだろう。
「つか来いっつったのテメェだろ。何で逆に俺んちに来てるというかどうやって住所調べた」
「まあまあ落ち着いて」
「これが落ち着ける訳あるかああああああああ!!」
錯乱する那雲をよそに勝手に机に腰かける影也。
「いや~思い返してみれば那雲君、僕の家知らないよな~と思いまして」
「当たり前だクソボケ!」
「だから僕がわざわざお迎えに来てあげたんですよー☆」
『わざわざ』という部分をやけに強調させて言う影也に、那雲は引きつり笑いを浮かべた。
「つーか、何で今からそんな面倒なこと…俺は行かねぇぞ」
吐き捨ててそっぽを向く那雲に、影也はとても可憐な微笑を浮かべた。これが漫画なら確実に周囲に花が散っていることだろう。
だが、その笑顔は悪魔の微笑み。
「あれ~?そんなこと言っていいのかな、那雲くん?」
「はぁ?」
何やらとてもマズイ予感がする。アイツがこういう表情をする時は、大抵ロクなことが起きない。
「高校生にもなってゆるきゃらマスコット集めが趣味…だなんて皆に知れたらどうなるんでしょーね?」
「おおおおおおおおおおおおおおおいッ!!てめぇ、覗き見しやがったなあああああ!!」
那雲は若干涙目だ。背中に隠してある『かまぼっこん』の顔も歪んでいた。
「あんなクールで冷静沈着な那雲君が、そんな可愛い物品を~?やだーカワイイ~☆みたいになりかねませんよねぇ?」
「それお前の本音だろおおおッ、つかマジで簡便してください!何でもしますからああああ!!」
ゴンゴンと頭を床に押し付けて土下座しまくる那雲。だが、不意にそれをやめると横を向いて蚊の鳴くような声で呟く。
「つか…しょうがねぇだろ…昔から両親いなくて、家に人形しかいなかったんだよ」
その小さな呟きを確かに聞き取った影也は、しばし沈黙した後わざとらしい溜息をつく。
そして吹っ切れたように瞬間移動で那雲の眼前まで移動すると、最上級の微笑みを浮かべた。
まるで、母親が子供をあやすように。
「じゃあ、行きましょうか那雲君」
「……あァ」
何にせよ、那雲に勝ち目は無かった。
ヒュ、と空を切る音と共に深夜の路上に二人の少年が現れる。
偶然その場を目撃した酔っ払いのサラリーマンは、ギョッとしたような表情をしたのち「疲れているのか?」という仕草で頭をかいた。
サラリーマンが去った後、少年達はホッと肩をなで下ろす。
「……つかよぉ」
「何ですか那雲君?」
那雲も深夜だということに気をきかせたのか、やや控え目の音量で言った。
「何で直接お前んちに瞬間移動しねぇんだよ?中途半端に外に出ると暑いじゃねーか…」
「んー…」
影也はどう説明するか迷った後、落ち着いて話す。
「僕の瞬間移動には不思議と限度があるんです。多分その限界は半径一キロ程。那雲君の家から僕の家までは距離がありすぎるんですよ」
「……初めて聞いたぞオイ」
「あれ、そうでしたっけ?」
軽い様子で言う影也に、那雲はツッコミを入れた。
「まあでも今僕らがいる場所は、那雲君の家から丁度一キロほど離れた地点。次の瞬間移動で僕の家まで行けますよ」
影也が那雲の肩に触れる。瞬間移動は触れた物体しか移動させることができないからだ。
一瞬感じる無重力感。感覚的には、ビルの最上階から一階まで一気にエレベーターで降りるような感じだ。当然ながら決して気持ちの良いものではない。
視界がブレ、次にはもう別の場所だった。細い通りに立つ住宅街に、一件だけ立つアパート。どうやらこの茶色いアパートが影也の自宅のようだ。
闇を照らす街灯には無数の蛾が集まっている。その光の眩しさに那雲は目を覆った。いきなり暗闇から明るい場所に出ると目が慣れない。
だから、那雲は気付かなかった。
自身の目の前に、闇に溶けるような黒塗りの外車が止まっていることに。
そして、その車からスーツをばっちり着こなした青年が出てきた。
思わず身構えた那雲だったが、その青年の整った容姿に唖然とする。どうして自分の周りにはこう美形が多いのだろうか…
そしてその青年は、後部座席のドアを丁寧に開く。動作の一つ一つが優雅だ。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「悪いな、すぐ済ませてくるわ」
後部座席から青年にエスコートされるように出てきたのは、那雲のよく見知った人物だった。
「こ、湖華!?お前マジでお嬢様だったのか…」
この場に湖華が呼ばれていたことも驚いたが、目の前の光景の方が唖然茫然だ。
すると湖華はムッとしたように口を尖らせる。
「なんや那雲、ウチが偽物のお嬢様だと思っとったんか?」
「んなこと言ってねぇっつーの…」
やや語尾が頼りないのは、慌てて湖華から目を逸らしたからである。
なぜなら、彼女は風呂上りなのか薄手のネグリジェ一枚にストールを羽織っただけの恰好だった。
夏用の薄い服は彼女の身体の色々な部分を浮かび上がらせ、何やら危うい無防備さを演出していた。いつものピンクのリボンは外してあり、ゆるくカールした栗色の髪には水滴が付着している。
(つーか目のやり場が…ッああああ何かシャンプーらしき香りまでチクショウ何の仕打ちだコレ)
一人でパラダイス状態の那雲の顔面に、容赦ない湖華の肘鉄が叩き込まれた。衝撃で電柱に激突する。(地味に痛い)
「なんやフワフワしよって…那雲意外と夜弱いタイプか?」
夜とかそんなんじゃねぇよ…と路上に倒れたまま呟く那雲。何故か湖華の執事らしき美青年が顔を顰めた。
「お嬢様…まさかこのアスファルトとお友達状態の方がお嬢様が最近お気になさってい」
「ちょおおおおおお、何言うてんや瑠季!?さっさと車に戻れ!!」
「?」
即効で言葉を被せた湖華に謎を覚える那雲。影也は意味ありげに微笑んでいる。
湖華にそれを尋ねようとした所、何故か赤い顔で睨まれ話題を逸らされてしまった。何だったのだろう?
「そういえば那雲は初対面やったな、コイツはウチの執事やっとる稜条瑠季や」
湖華の紹介と共に、青年は恭しくお辞儀する。那雲はこんな完璧な礼を初めて見た。
藤色かかった黒髪も、均整の取れすぎている容姿といい、見ているだけで別次元に入り込んだかのようだ。
だが、瑠季は先ほどからなにやら那雲を探るような目つきで見つめており、およそ友好的とは言い難い。
何か良くないことでもしたのだろうか?と那雲が記憶を辿っていると、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。
そして聞こえないくらいの小声で一言。
「失礼承知で申し上げますが…貴方がお嬢様を口説き落とした挙句、強引にキスまでしたという少年で御座いますか?」
「はあああああああッ!?違ぇよ!ブッコロスぞテメェ!!」
というかそれは紀崎蔭艶だろう、完璧人違いだこの野郎、と心中で絶叫する。
予想外の大否定に唖然とした様子の瑠季だったが、すぐに笑顔(営業スマイルとも言う)を浮かべると一礼する。
「そうでしたか、これは大変ご無礼を致しました。ただ……」
ガシッ、と那雲の両肩にものすごい力が加わる。本気でコイツも超能力者では、と疑ったほどだ。
「お嬢様に手ェ出したら、原型も分からない程にグチャグチャにしますよ」
「………」
影也の数倍は恐怖を覚える笑顔で言われ、初夏にも関わらず冷たい汗が垂れた。
「では、私はこれで」
踵を返して車に向かう瑠季に、唖然とする那雲。多分、最初の質問で肯定していたら確実に殺られていた。
湖華は心底呆れた様子で、硬直状態の那雲を無視すると影也に尋ねる。
「で、用事っちゅうのは何なんや」
「あ、そうでしたね。もう何なんで此処で話しましょう」
ようやく通常に戻った那雲も、会話に参加しようと湖華と影也の間に割って入る。
「実は、那雲君に重大なお知らせがあって呼んだんです」
「はぁ?何だよ」
急に話題を振られ、純粋に疑問を浮かべた。
「実は、僕達二年生は明日から二泊三日の野外教育活動なんですよ」
「ああ、二年全員でどっかの山奥に行くキャンプみたいなモンだろ?それがどうしたんだよ」
鶴城ケ丘高校は私立校のためか、やたら行事が多い。KSFが過ぎれば今度は二年生のキャンプである。
だが、それと自分とがどう関連しているのかが分からないという様子の那雲。
湖華は一人納得したように言った。
「用はウチらがいなくなるから、その間気をつけろっちゅうことやな」
「?、何に気をつけるんだよ」
「相変わらず那雲君の頭の中はスッカスカですね~」
地味にグサリとくる言葉を吐かれ、若干傷ついた那雲だが言い返せないのが悔しい。
「機械人間や病院の連中はもちろん、その他教師にも襲われないようにですよ」
「はあ?何で教師にまで襲われなきゃなんねぇんだよ、意味分かんねぇな」
湖華は仕切りなおすようにストールを羽織る。
「あれや、そもそも『金持ち部』は教師陣の中ではあまりよく思われとらん」
確かに何度も学校の備品を破壊されれば嫌気もさすだろう、と妙に納得する那雲。
「今までは、湖華の存在もあってこの金持ち部は廃部にされずにすんできたんです。でも…」
「ウチがおらんとなると、金持ち部を廃部にしたい教師達がこぞって因縁をつけに来るやろうな」
二人で説明を引き継ぐ形に、那雲は大いに理解した。湖華は社長令嬢だ、なので教師達も彼女には逆らえない。
「つまり、湖華達が留守の間に『金持ち部』を守れ…そういうことだろ?」
「ええ」
「そういうことやな」
というかこれを言うためだけに集まったのか、としばし那雲は呆れる。
だがまあ影也の家も分かったし、湖華の執事も見れたから良いかと半ば無理やり納得する。
「んじゃ、用件はそれだけだよな」
コクンと頷く影也。湖華は大きく伸びをした。
「解散や、解散。ウチもそろそろ眠くなってきたわー」
瑠季の待つ車に戻る湖華を見送り、影也は「家まで送りますよ」と瞬間移動を実行する。
だが、那雲はこの時まだ予想もつかなかった。
湖華と影也がいない間、彼は新たな『出会い』に翻弄されることになるのを…
キャラクター紹介7
●稜条瑠季
秋ノ宮家の執事さん。湖華loveの過保護執事。
何やら元ヤンだったという噂もあるが、真相は不明。
昔、超能力のせいで孤独だった湖華を変えた人物の一人。
年齢は23と若く、ルックスも良いため歩いているとホストに間違われるらしい。
運動神経が非常に高く、屋敷の屋根掃除などはお手の物。性格は『よく分からない』ミステリアス執事。