14、KSF(鶴城ケ丘スポーツフェスティバル)⑤
――一方、運動場では三年生による綱引きが行われようとしていた。
この綱引きが終了すると各色の中間結果が発表、および昼食時間に入る。
一口に『綱引き』というと幼稚な競技に聞こえるかもしれない。
だが、目の前の空気はお遊戯とは思えないほど煮えている。うっかり中心に入ろうものならその瞳の鋭さに射殺されそうなほどだ。
三年生にとっては最後のKSF。よってこのように闘志を燃やすのも無理はない。
神社の注連縄並みに太い綱の中心で向かい合うのは紅組と青組の先頭。
ちなみにこの競技は『紅組、白組、オレンジ組』VS『青組、緑組、紫組』という風にチームは二つに分かれる。
中心に立った、生徒達の熱意に若干引き気味な女教師がゆっくりと右手を掲げた。
その手には銃が握られている。まもなく開始の合図だ。
――そんな一連の流れを山川海風は固唾を呑んで見守っていた。
なにせこの競技が終われば昼食。彼のテンションはMAXになろうとしている。
右手にもったクラス旗を、ここぞとばかりに掲げた。バサッ、と小気味いい音とともに旗が翻る
。
『青組、ファイトおおおおおおおおおおお!!』
クラス中の熱気と歓声を浴び、満足そうに頬を緩めた。見れば、他の色も自分達の旗を振っている。
頭上を見上げ旗を振る孤軍奮闘中の海風は、そこで何かに気付いた。
「あれ、那雲か…?」
上ばかり見ていたおかげで気付けた。校舎の屋上には黒い長髪の人物が立っていたのだ。
ここからだと大分距離があるため表情までは読み取れないが、ぎこちない動作で焦りが伝わってくる。
「何やってんだ、アイツ…?」
眉をひそめた海風だったが、その小さな疑問は競技開始の合図と共に忘れ去ってしまった。
「あーくそっ!!何だってんだよテメエらはあああ!!」
呼吸を乱しながら振り返る。止まることを知らずに流れ出る汗が気持ち悪い。
蔭艶と早峰紗帆。
二人は那雲達三人の攻撃に怯むどころかそれ以上の動きをしていた。
こちらの状況を正確に読み取った上で攻撃を仕掛けてくる。
しかもその攻撃のタイミングが絶妙なのだ。絶対に避けられないであろう角度から狙ってくる。
「これは…」
「厳しいかもしれん」
影也の言葉を湖華が引き継ぐ。二人とも那雲同様、戦闘のため疲労困憊な様子は明らかだった。
「駄目だなあ、あれだけ言っておいて…もうボロボロじゃん」
対して蔭艶は余裕の表情で屋上に繋がる階段を上る。那雲達はついに校舎の最上階にまで追い詰められていたのだ。
蔭艶の言う通り、那雲達はもう限界に近かった。影也の体操服は砂塵で汚れており、湖華に至っては上部分が大きく破れている。
これ以上戦うものなら倒れるのも時間の問題だ。
「そろそろトドメ刺しちゃおうか?紗帆」
『…むしろ何故今まで刺さなかったのか不思議です』
小馬鹿にしたようなやりとりを交わすと、肉食獣のように獰猛に舌なめずりする。
「もっと楽しませてくれるのかと思ったけど…残念だ」
言って、蔭艶は紗帆の華奢な腕を掴むと――そのまま引きちぎった。
「ッ!?」
唖然とする那雲達をよそに蔭艶は、いつのまにか金属バットに変形した紗帆の腕を構える。
「なあ涼原那雲、言ったよな?俺は触れた物体のスピードの速さを変更できると」
「…だから、何だ」
来る、直感がそう告げていた。
おそらく蔭艶は次の一撃で那雲を始末するつもりだ。最大限の力を振り絞ってでも。
だが、逆に言えばその一撃をかわせば反撃するチャンスが残る。
早く逃げるべきか――いや、あの機械人間が傍らに控えている。腕を一本失っているとはいえ、逃げてもあいつに捕まってしまうだろう。
(やはり、かわすしかない!!)
グッとボロボロの拳を握り締める。これ以上動くな、と体が訴えているようだった。
「でもな」
急に蔭艶は重心を低くした。思わず一歩後ずさる。
「自分を対象にすれば、こんなこともできるんだ――よ!!」
瞬間、蔭艶が消えた。いや、消えたように見えた。
(瞬間移動!?いや、違う!何が――!?)
「那雲、後ろや!!」
掠れた湖華の叫びに背後を振り返ると、蔭艶が金属バットを振りかぶる所だった。
「!!」
「ハッ、驚いたって顔してんじゃねえか!!俺は自分の走るスピードを変えただけだっつーの!!」
逃げなければ、でも間に合わない。
那雲がよけるより早くにあの金属バットが飛んで来る。
あんな勢いのものが頭に直撃すれば――
ゾッとした考えが頭に過ぎった。
それが、決定打。
「馬鹿みてぇに立ちすくみやがって!!これ一発でテメエはお陀仏だよ!!」
「!!」
思考が停止する。
ゆっくりと、本当にゆっくりと金属バットが振り下ろされた。
もはや、これまでか。
そう思った瞬間。
だからこそ。
目の前に、自分を庇うような位置に立ちふさがった湖華を信じられなかった。
ゴツ、と鈍い音が響く。
湖華の華奢な体が横なぎに投げ飛ばされた。
綺麗な弧を描いて飛んだ湖華は、フェンスに強打され倒れる。
「は……?」
殴った蔭艶本人でさえ、そして影也は唖然とした。
頭が真っ白になっていた那雲も、倒れた湖華の腹部から流れる鮮血で我に返る。
湖華が自分を庇った。
自分なんかの為に。
あんなに体操服を真っ赤に染めて。
湖華の頭に巻かれたオレンジ色のハチマキが、ひらりと解けて風に舞った。
「――」
憎む相手は誰だ?
自分か?
あんな小さな少女に全部を背負わせてしまった自分なのか?
――いいや、違う。
「俺が憎む相手は――」
俯く那雲の周りに、小さな風が起こる。
やがて、その風はゴウゴウと音を立てて円を描き出した。
すなわち、竜巻。
「お前だああああああああああああああああッッ!!」
ドッゴオオオォ!!と空気を切り裂きながら、竜巻は蔭艶を狙って爆発する。
「ッ!!」
瓦礫の雨の中を器用によける蔭艶。
だがどれだけ逃げようとも、竜巻は標的を見失うことはない。
影也は巻き込まれないよう、湖華の傍らに瞬間移動する。
那雲はなおも攻撃を止めない。その体を中心に、無数の空気でできた糸が発生する。
糸は、蔭艶の四肢を切断する目的で空気を切り裂いた。
「クッ!!」
だが、すんでのところで蔭艶に触れられ、その速度を失い空中に霧散する。
蔭艶は攻撃を砕いた隙に、懐から親指大ほどの金属球を取り出す。
「さっさと倒れろ涼原那雲おおおお!!」
「ああああああああああああああッ!!」
二人の絶叫が重なった時。
グチュリ、と嫌な音が響いた。
音源は、那雲の左肩。
――蔭艶の金属球が、那雲の左肩を貫通したのだ。
「……ぁ」
朱が、噴き出す。
湖華のものよりも少し黒ずんだ朱が。
カク、と両膝を突いた。
激痛で唇が震え、目が見開かれる。
何かを言う前に、那雲は左肩を抑えて汚く冷たいコンクリートに倒れ込んだ。
「那雲くん!!」
影也が悲痛な声を上げるが、那雲はピクリとも反応しなかった。
少し遅れて、蔭艶がにんまりと笑みを浮かべる。
「――フン。ようやく倒れたか」
『では、送球に南鶴城ケ丘総合病院に連衡しましょう』
皮肉なほど感情が決裂した機会人間の声が、耳に刺さった。
動こうにも、動けない。
影也は今、湖華に自分の体操服の布を利用して簡単な止血を施してる最中だった。
安易に歯向かって湖華の元を離れれば、彼女の命が脅かされる。
(かと言って、那雲くんを渡す訳にもいかない…ッ!!)
ギリ、と何もできない自分がもどかしく歯軋りする。
そうこうしている間にも、蔭艶は那雲を見下ろすかのように目の前に立った。奇しくも、それは救いを求めて神に跪いている民のようにも見えた。
そして、蔭艶はその頭を踏みつける。
漆黒の長髪が散らばった。
「さあて、ここまで手こずらせやがって。テメエはゆっくりおねんねでもしてろっつーの」
瞳を歪ませ、残虐な笑顔を作る蔭艶の後ろ姿を、影也は視線だけで射抜いた。
「おい紗帆!とっととこいつを運―――」
言いかけた蔭艶の言葉が、途中なのも関わらず停止した。
理由は明白。
始め、聞き間違いかと思った蔭艶は静かに辺りを見渡す。
だが、手首を誰かに掴まれ驚いて視線を戻す。
そこには――
「悪ィな…俺は…ッ…まだ、寝てやれねぇみてぇ…だ」
那雲が、立ち上がっていた。
「なッ――!?」
左肩からボトボトと鮮血を流しながら。影也の背に、寒気が走る。
見れば、唇からも血が垂れている。とても立ち上がれる状態ではなかった。
「な、ぜ――立てる――!?」
驚愕で震える蔭艶の手首を、千切れんばかりの勢いで握り締める。
「!?、ぐ――ああああああああああああッ!!」
那雲の爪が、蔭艶の柔らかい手の甲に食い込んだ。肉を抉られ絶叫する。
とっさに自分から離れた蔭艶を、那雲は殺気が宿る瞳で睨んだ。
「てめぇが寝るんだ――よ!!」
ドン、と右足でコンクリートを踏みつける。
それだけでドゴッ!!と那雲を中心に地面が吹き飛んだ。
足元から地中に空気を入れ、それを一瞬で膨張させ爆発させたのだ。
那雲渾身の攻撃をまともに浴びた蔭艶が、衝撃で倒れこむ。
「う…ァ…」
「形成逆転――だよな?」
丁度その時、運動場からパンと競技終了の乾いた合図が響いた。
『只今の綱引き、勝利は青組を含む三つのチームだあああっ!!』
オオオオオッ、とどう聞いても山川の声であろう歓声が響き渡る。
那雲は片手で自分の組――青組のハチマキを掴むと、蔭艶の眼前に翳す。
「勝った」
蔭艶の気絶と同時に、機械人間の紗帆も『これ以上の戦闘は無謀』と吐き捨て、蔭艶を抱えてその場から消え失せた。
◆◆◆◇◆◆◆
だが、デカイ口を叩きすぎたのか、その直後に那雲は気絶した。
影也は慌てて、被害を蒙った那雲と湖華二人を瞬間移動で運動場付近まで運んだのだった。
過去の鶴城ケ丘の運動会で、闘志を燃やしすぎて怪我をした生徒が続出したため、毎年KSFには近所の医者が一人付くことになったらしい。
そこが運の良い所で、影也は二人をその医者のいる場所に運んだ。
医者は『何をどうしたらここまで酷い怪我をするんだ』と驚いていたが、すぐに二人を治療してくれた。
ちなみに影也は『彼らはKSFのテンションでハイになって大怪我をしてしまいました』とまたもや苦しい言い訳をしたらしい。
だがまあ、そのおかげで那雲と湖華は大事にならずに済んだ。
で、KSFが終了した今現在はいつものように部室に三人そろっている。
「そういえば、結局どの色の組が優勝やったんや?」
もう動けるほどに回復した湖華は、調子に乗ってガバガバ紅茶を飲んでいた。
影也はティーカップを整理しながら興味なさそうに言う。
「たしか紫組でしたよ~初優勝とかでクラスで打ち上げするらしいです」
「んだよそりゃあ、つうか綱引きと借り物競争は青組が一位じゃねぇか」
左肩に巻いた包帯を鬱陶しそうに眺め、那雲はティーカップに手を伸ばす。
「でも昼休み後の競技で紫組が突如逆転したんですよ、あと僕のせいではありません」
影也はカップについた埃を小さなワイパーで払う。
「あと青組は三位やったはず。二位がオレンジでな」
「……だからあの後保健室に見舞いに来た山川は泣いてたのか」
『那雲がいてくれたら絶対優勝だったのに~』とほざいていた山川を思い出し、紅茶を一口含んだ。
「…でも」
不意に、影也は食器棚から視線を外した。
「あの総合病院の思惑がだんだんと見えてきました。次に来るのはいつになるか分かりませんが…そう遠い日ではないはず」
急にその話題を出され、二人はしばし黙る。
だが、那雲は吹っ切れたようにカップを机に置いた。
「そのためにこの『金持ち部』があるんだろ?なら、俺達の目標は只一つ――強くなることじゃねぇのか?」
驚いたような表情を作る影也。だが、それはすぐに淡い微笑へ変わった。
「――そうですね」
湖華も勢いよくカップを置く。衝撃で紅茶が零れたが微塵も気にしない。
「なら、ウチがビシビシ鍛えたる!まずは、この八つ橋試食会からや!」
ドドン、と『きゅうり八つ橋』とプリントされた箱を突き出す湖華に、那雲の顔が青ざめた。
「ま、待て…今すぐ食えはないだろ…っておい、無理やり口に入れるなッ!…っごおおお!?」
周りから見れば『あーん』の構図なのだが二人は全く気付かない。
いつもの風景に、影也はため息を漏らした。
――もっとも、その『いつもの風景』がずっと続くのかは分からないが。
せめて今だけはこの二人のお守り役でもいいか、と影也は憂いを含んだ表情で呟いた。
調子に乗って挿絵まで描いてしまった山吹です。
調子に乗りすぎました、すみません。
あ、汚いのは自覚済みです。
あともう一つ。
投稿遅れて申し訳ありませんでしたあああ!←またか
11、12月といえばテストの月だったのです。言い訳です、ハイ。
受験生なのかなんなのか知りませんが、PC禁止令が出てしまいまして。
これからはペース上げていきたいです。嘘です。またもやテストあります。
というわけで次の投稿はいつになるか未定ですが、気長に待って頂けたら幸いです!今回はこれで失礼します~