13、KSF(鶴城ケ丘スポーツフェスティバル)④
影也が瞬間移動した先は、校舎の中庭だった。
コの字型の校舎に囲まれた中庭は、ザワザワと木が揺れている。
辺りに人の気配はなく、遠くから生徒の歓声が聞こえてくるだけだ。
「……さて、那雲君と湖華は何処に…」
言いかけて気付いた。
三階。
校舎の最上階。
何かがおかしい。
具体的な説明を求められても答えられない。
ただ、何かあそこだけ異様な『殺気』というものに満ちている。
影也がしばらくそこを凝視していると。
『ガッシャアアン!!』
「!?」
何の前触れもなく唐突に窓ガラスの一枚が砕け散った。
粉々になったガラスの破片が、中庭に降り注ぐ。
「……」
影也はそれを見届けてから三階への瞬間移動を実行した。
「……その女を…放せ……」
ゆらゆらと陽炎のように那雲の周りに風が集まる。
怒りに満ちた瞳で睨まれている蔭艶は、湖華との口付けを解くと那雲に向き直る。
「へえ~すごい威力だね~」
薄く笑みを浮かべて気軽に話す蔭艶の腕には、しっかりと湖華が収まっていた。
「でも、そんな威力のものを俺にぶつけたら、彼女まで道連れだよ?」
那雲は黙って陰艶を見据える。湖華が悲痛な声で叫んだ。
「那雲!ウチに構わんでやれ!!」
「煩いなあ。もう一度塞がれてもいいの?口…」
湖華は涙を拭うと蔭艶を見据えた。
体操服のポケットに入っているKSFのプログラムを、掴まれていない左手で取り出すと蔭艶の頭上に翳す。
「……なんのつもり?」
少しだけ蔭艶の目線が細まる。
「ウチを放さんなら、アンタを倒すまでや」
「……分子操作」
「この紙の重さを数百キロまで跳ね上げたる。アンタの体が一瞬で潰れるくらいの重さに」
「………」
蔭艶がしばらく黙る。
――もちろん、湖華がその僅かな隙を逃す訳がない。
大きく身をよじって蔭艶の腕から逃れると、すぐさま距離をとる。
「那雲!今や!!」
湖華の声とほぼ同時に暴風の塊が蔭艶に向かって突進する。
その暴風の余波で、廊下の壁に薄く亀裂が走った。
「ッ!!」
だが、蔭艶は間一髪でこれを避けることに成功する。その頬にわずかに暴風が走り、うすく皮膚を破って朱を撒き散らした。
狙いを失った暴風の塊は、廊下に面した窓ガラスを粉々に砕く。
「くそッ!外した!!」
すぐさま湖華の元に駆け寄ると、彼女を庇うように立ちふさがった。
蔭艶が切れた頬を押さえ、こちらを振り返る。
「調子に乗るなよ…涼原那雲おおおおおお!!」
怒号とともに、彼は懐から何かを取り出した。
それを、那雲達に向かって投げつける。
「!?」
すさまじい勢いで加速したビービー弾が、那雲を貫こうと迫って来る。
(やべェ、防げな――ッ!?)
思わず湖華を庇おうと抱きしめた那雲だったが、彼をビービー弾が貫くことはなかった。
何故なら。
突如として出現した長机が、那雲を守るように目の前に落ちてきたからだ。
加速したビービー弾によって長机には凹凸ができてしまったが。
「……ッ、間に合い…ました、ね…」
「影也!!」
息を切らして呼吸を整えている影也が、廊下の端から現れる。
一息もつかぬ間に、影也は叫んだ。
「今のビービー弾の威力…普通では不自然なほど強い…貴方は、もしかして…」
「超能力者、だよ」
代わりとばかりに蔭艶が言い放った。
驚愕の色を浮かべる同じ超能力者三人を嘲るように、蔭艶は語りだす。
「俺の誕生日は今から15年前の9月18日…お前らと同じだ!!」
「どういうことや…?影也は今年の一年生の誕生日を全部確認したはずや!超能力者を探すために!!」
「フン…分かる訳がない…俺はすべての自分の詳細を偽ってここに入学した!お前らを…捕らえるためになあ!!」
その瞬間、那雲を含む全員が混乱した。代表して、影也が問う。
「何故、貴方は機械人間達の味方なんです!?あの病院は、僕達をこんな風に生み出した敵です!そこに協力するなんて…ッ」
「ああ、俺も最初は憎かったさ。両親を殺され、体に訳の分からない力まで宿されて!!」
「なら、何故……」
蔭艶は壊れたように笑い出した。前髪をかき上げ、狂気の意を含む瞳で睨む。
「ある日、俺は気付いた。こんな風に脅えて過ごすくらいなら、奴らの飼い犬になってやろうとな!!そう思い、病院に行ったら院長に快く迎えられたさ!そうして俺に今回『飼い犬』として与えられた仕事は、お前らを捕らえて病院に渡す事。楽しかったぜ?お前らが寄り添い、互いを励ましあう馬鹿な姿を見た時はな!!」
わなわなと那雲の唇が震えた。感じた只一つの感情は『恐怖』だった。
「俺の持つ超能力は、物体の運動の速さを自由に変えられるもの。『速度変更』といったところだな」
「やはり…先ほどのビービー弾は、貴方の超能力によって速さを増したものでしたか…」
蔭艶は、手の中で武器となるビービー弾を転がしながら言う。
「倉庫に火を放ったのは俺だよ。涼原那雲によって計画は失敗したがな」
「思った通り…」
まさに影也の予想は的中した。
「ガラスを割ったのも俺だ。ビービー弾を、音速に近い速さで投げて窓ガラスを割る。そうして俺はお前らに嘘の依頼を持ちかけて誘い込んだ」
静まり返った廊下に、生徒の声援と放送委員の実況が響く。
那雲は、ついに喉まで出かかった言葉を口にした。
「あの病院は、俺達に何をしようとしている…機械人間まで作って…!」
「さあな?俺はただの奴らの『飼い犬』だ。計画の要など知らない。ただ……」
全壊した窓から流れ込む風は、やけに冷たく感じた。
「院長の素振りから見ると、計画の中核を担うのはお前だ、涼原那雲。俺や早峰沙帆、三苑影也、秋ノ宮湖華はその『保険』にすぎない」
「!?」
「あの病院…『南鶴城ケ丘総合医療病院』は狂っている…表向きは普通の総合病院だが、裏では生身の人間での超能力実験といったところだろうか」
「嘘…だろ…」
否定してほしかった。自分が、重要な計画の核など嘘だ。そう言ってほしかった。
「嘘じゃないな。それならば俺や早峰がこんなにも必死になる訳がない」
「黙れえええええ!!」
突発的に起こる暴風。
最大級のハリケーンをも超える勢いの暴風が巻き起こった。
それはすべての窓ガラスを粉々に砕き、教室の机や椅子をなぎ倒した。
「那雲、おちつくんや!」
「那雲君!」
二人の言葉はもはや耳に届いていない。
なおもがむしゃらに風を撒き散らせる那雲の様子を見て、蔭艶は虚空に向かって「沙帆」と呼びかける。
それだけで、機械人間の少女が空間から突如現れた。
「沙帆、アイツを倒すぞ」
『…危険度7と推定。しばし時間を置くことを進めます』
「いーや、暴走状態に陥っている今しかない。行くぞ」
二人は、戦闘態勢をとった。じり、と蔭艶が重心を落とす。
「那雲はやらせへん!」
「加勢しますよ、湖華」
異能力研究部と、にらみ合う蔭艶達。
やがて、蔭艶は薄く汚れた笑みを貼り付けて言う。
「ガチバトルってとこかな?まあ…俺らも全力でいかせてもらう!!」
次でKSF編は終了の予定です。
多分、終了…できることを祈ってください。←おい