婚約破棄が終わって、始まる
「ルピア! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
あーあ、婚約破棄されちゃった。
やっぱり私は悪役令嬢だったんだなぁ。
などと思いつつ、壇上のアラン王子とアランの腕に絡まっているラブリーの元へ向かう。
今日は、王立学園の卒業パーティー。
無事に卒業できて、安心して気が緩んだ所で婚約破棄されてしまった。
分かってたんだ。アラン王子が侯爵家の娘という事で婚約者になった、容姿もスキルもしょぼい私に不満を持ってる事。華やかなラブリーの方が好きな事。
壇上では、一枚の絵のような二人が私を見下している。
容姿と同じく、性格の悪さも釣り合っている二人を、皆は「真実の愛」と言う。
真実の愛派の冷たい視線の中、壇上に上がった私にアラン王子が
「貴様がラブリーにしてきた卑劣な虐めは調べがついている! 大人しく婚約破棄されてこの国から消え去れ!」
と、言い渡した時、バーンと入り口のドアが大きく開かれ
「ただ今戻りました!」
の声が響いた。
女生徒の歓声が上がる。
入り口に立っているのは、汚れた王立騎士団の制服を着た騎士科の成績優秀者五人。
皆、成績がいいばかりではなくそこそこイケメンで女性への人当たりもいいので、ちょっとした学園のアイドルとなっている。
五人は、会場の生徒たちから掛けられる「お帰り!」「お疲れ様!」「無事で良かった!」などの声に手を振りながらパーティー会場を縦断して壇上に上がった。
会場が静かになる。
五人を代表して、リーダー格の首席のフォーク様が話し出した。
「えー、西の森で発生したスタンピードを治めるため、卒業後に王立騎士団に入団予定の俺たち五人まで駆り出されたため卒業式に出られませんでしたが、無事に制圧が終わり、『卒業式は間に合わなかったが、今からなら卒業パーティーには間に合うだろう』とここに送ってもらいました。騎士団の皆は今、国王陛下に報告していますが」
ここでフォーク様は息を吸う。
「今回のスタンピード、死者は無し! 一般人においては、一人も怪我人を出さずに沈静化できました!」
うわあぁ!という声で会場が揺れる。
歓声が上がり、大喜びの人たちで会場の空気が湧き上がる。抱き合って泣いているのは、西から来ている生徒だろう。心配だったんだろうね。
なんて、ぼーっと見ていたら、五人が私を見ている。
な、何?
と、思う間もなくザッと五人が私の前にひざまずいた。
何で私? 王子は反対側ですよ?
会場の皆も、この成り行きに注目している。
焦って立ってもらおうとアワアワする私を無視してフォーク様が声を張る。
「今回は、ルピア嬢のスキルによる的確な情報判断により、スタンピードを初期に発見して最小限の被害で済ませる事が出来ました! 騎士として、この国の人間として深く感謝いたします!」
五人が頭を下げる。
あ……。
私のスキルは「動物と話せる」。
とは言っても、童話のように森の切り株に座っていると小動物たちが周りに集まって……なんてメルヘンなやつじゃなく、何となく動物が思っているのが分かるという程度。
「うちの猫のミイちゃんがご飯を食べないの」
「新しいご飯が気に入らないみたいです」
「怪我もしていないのに馬が走らない」
「お腹の調子が悪いみたいです」
とまあ、これくらいだ。
そんな私だが、最近、見かけない鳥が増えた事に気づいた。
なんとか鳥たちの気持ちを読むと
「西」「危険」「逃げる」
だけ読み取れた。
西で何か天災が起きるから避難して来たという事だろうか。天災って何だろう。西には火山や地震は無い。水害、崖崩れ、山火事……まさか、西の森のスタンピード?
私が生まれる前にあった、大きな被害と悲劇を生んだというスタンピード。
まさかと思うが、私が「まさか」と判断していいのか。
国王陛下に奏上すると、すぐに専門家に調査を命じてくれて、スタンピードが始まりかけているとの報告が届いた。
それからはあっという間だった。
と言うか、私はそれから何もしていない。
「あのっ! どうか頭を上げて! 立ってください!」
申し訳なくて起きてもらう。
「皆さんが無事で良かったです」
「無事無事! 俺たちは前線じゃなくて、町の人の避難誘導と護衛だから。アーチーなんて子供たちに『また来てね』って言われてたよ」
会場が笑いに包まれる。
面倒見の良いアーチー様は、避難している子供たちの良いお兄さんだったのだろう。
今回が、子供たちの悲しみの記憶にならなくて良かった。
「いけない! 卒業パーティーの途中だったな。さあ続けよう!」
五人と一緒に壇から降りる。
再会を喜ぶ騎士の婚約者が飛び付いてきたり、西から来ている生徒たちに騎士たちが感謝の声を掛けられて盛り上がっている会場から、私はこっそり抜け出した。
アラン王子の婚約破棄宣言を父に報告するために。
翌日、城へ行った父が帰って来る頃には、我が家の居間には次々と届く求婚状が山を作っていた。
昨日のパーティーで、私の価値は逆転したようだ。
「王家は、昨夜のうちにアラン王子の処分を決めたそうだ」
父は、求婚状に呆れつつ、まずは私と母に報告してくれた。
「昨夜というより、以前から決めていたんでしょうね。あの王子はいつかやらかすだろうって」
母は容赦無い。
そんな男に振られた私は情け無い。
「真実の愛のアランとラブリーは結婚して、二人で北の開拓地に行く」
「ああ、二人のスキルが活かせますね」
アラン王子のスキルはコップ一杯くらいの水が出せて、ラブリーは蕾を花開かせる事が出来る。このスキルは、王都より開拓地向きだろう。多分。
良かった良かった、と、終わらせようとしたら、
「それでは、次はルピアの新しい婚約者だ」
と、言われた。
うぇ〜、という気持ちを隠さずにいる私を無視して、父と母は次々と求婚状を開封していく。
「あら、サイラム伯爵家から来ているわ。あそこは今事業が好調らしいわよ」
「その子息は私に『ゴミスキルでアラン王子の婚約者になった恥知らず』と言ってましたわ」
「ライト子爵家はどうだ。息子が優秀という噂だが」
「確か、『頭でっかちの小賢しい女。ラブリーの愛らしさのカケラも無い』と言われました」
「こちらのご子息は」
「『真実の愛を引き裂く悪女』って言ってましたね」
「………」
「この子息には『そんなみすぼらしい容姿で王子の横に立つ気か』、こちらの方には『さっさと身を引け。身の程知らず』と。うーん、皆さん手のひら返しが凄いです」
部屋が静かになったので、「ん?」と顔を上げたら
「「そんな侮辱を受けてると、何故言わなかった!」」
と、二人から怒られた。
父に至っては
「これは丁寧にお断りの返事を書かねばならないな。ご子息はアランとラブリーが好きなようなので、うちなどと縁を結ばず北の開拓地に行かせてやれ、と」
周りを黒いオーラが渦巻いている。
二人に睨まれた私はしどろもどろだ。
「えーと、その、心の中で何を思うかは自由だけど、それを口に出すなんて軽薄な人だなぁーと思ったくらいで、特に気にしてなくって」
父と母が頭を抱える。
「お前は昔から妙に老成していると思ってはいたが……」
ぎくっ!
実は、私には前世の記憶がある。
こことは違う科学の進んだ国で、私は獣医を目指す高校生だった。獣医になった記憶は無いので、なる前に若くして亡くなったのだろう。
なので、子供の頃はかなり精神年齢が高かった。
「でも、その年齢に合わない落ち着きがアラン王子に良い影響を与えるだろうと婚約者に決まったのよねぇ」
母が思い出すように言う。
婚約が決まったのは、私が10歳の時だった。
今思えば、あのいばりんぼで褒められたがりのわんぱく王子様は、同年代の女の子には手に負えなかったのだろう。
国王陛下と王妃様から「アランをよろしく頼む」と言われた私は誇らしかった。
なので頑張りましたよ。婚約者ですから。
アランをおだてて褒め倒して、「すご〜い」「さすがです!」とか気分良くさせて。
……でも、その努力は無駄だった。
こいつは、褒められると増長するタイプだった。
それでも、前世で獣医を目指した時に調べた家から通える獣医学部の倍率が53倍と知って机に突っ伏した記憶のある私は、「勉強は一気に詰め込む事は出来ません。毎日の積み重ねです。一緒に頑張りましょう」とアランと勉強に励んだ。
そして分かった。
こいつは、自分の成績が悪いと、自分が上がるのではなく他の人を引きずり落とすタイプだった。
アランは、いかに私の勉強の邪魔をするかに情熱を燃やしてくれた。
私たちが、世にも仲の悪い婚約者となったのは必然だった。
それでも、「アランが成長したら変わるかも。いや変えてみせる!」という国王陛下と王妃様の懇願で、付かず離れずの距離で婚約破棄しなかったのだが、アランはラブリーと出会って「私たちの真実の愛をルピアが邪魔している!」という駄目な方に変わってしまった。
一般的に「浮気」と言われる彼らの行動を、皆が「真実の愛だ」と言っているのを見て、ふと思いついた。
もしかして、ここって何かのゲームか小説の世界じゃない?
それなら納得出来る。皆がアホなアランたちを支持するのは強制力。
私の役は、きっと二人を引き裂く悪役令嬢。
いつか婚約破棄されて断罪されるのかな、と思っていたら昨日の卒業パーティーとなる。
結果、断罪されたのは向こうの二人だったけどね。
「あー、私の八年を返せって言いたい!」
「安心しろ、お釣りがくるくらい王家からむしり取ってやる」
「さすがお父様」
父と娘が黒い笑いを浮かべていると、
「あら、これは求婚じゃなくて『明日ルピア嬢にお会いしたい』ってお伺いの手紙よ。フォーク・ランバート様から」
と、母が言ったので一気に現実に引き戻された。
「フォーク様?」
何の用だろう、ってこの流れだと求婚だよね?
うーんと記憶の中を探しても、フォーク様と個人的な付き合いをした事は無い。
ただ、フォーク様は騎士科の代表の一人として、私は女生徒の代表の一人として学園の行事などを話す事がよくあった。その流れで「皆、名前呼びしよう」となっただけで、特に親しくは無い、と、思うのだが……。
もしかして、私にアランという(一応)婚約者がいたから今まで言い出せなかった?
だとしたら、私って罪な女……などとふざけつつ、「お待ちしてます」と返事を書いていて気づいた。
私は、昨日まで自分を悪役令嬢だと思っていたのに。婚約破棄も仕方がないと思っていたのに。
笑っている。
あの婚約破棄で全てが変わった。ひっくり返った。
私はもう、婚約者に愛されない惨めな存在ではない。
フォーク様たちのおかげで。
翌日、フォーク様を応接室で待っていたら、執事が
「ランバート様の馬車が到着しました。ランバート様がお待ちです」
と、私を呼びに来た。
何で私が馬車まで行かなくちゃいけないの?、と思うが、執事の楽しそうな顔に素直に後をついて行く。
「ご機嫌よう。ルピア嬢」
馬車の前に立っているフォーク様が胸に抱えた茶色の毛玉を見て私は破顔した。
「猫! にゃんこ! にゃんころぴー!」
理性崩壊してる私をにゃんころぴーの青い目が冷たく見ているのがまた堪らない!
ハアハアしている私に、
「こいつは『プリンセスハニー』。妹が付けた名だから突っ込まないでくれ」
と、恥ずかしそうに告げたフォーク様そっちのけで
「はいっ! よろしくお願いします! プリンセスハニーちゃま!」
とグイグイ行く私だった。
だって、猫って夢だったもの。
一度猫をもらって来たら、弟が猫アレルギーを発症してけほけほするのを見て、泣く泣く諦めたのだ。
それからは、学園の敷地を我が物顔で歩く野良猫を追いかけるだけで我慢していた。
「あ! それで外なんだ」
「そう。弟さんが猫がダメなんだろ?」
私は庭のガゼボにお茶とミルクの用意を頼んだ。
うららかな陽が降り注ぐ庭のガゼボで、石のテーブルの上でのんびりとミルクを舐めるプリンセスハニーちゃまから頭に聞こえる『美味い』に「美味い、いただきましたー!」と悶絶し、ぱふぱふ動く尻尾の愛らしさに昇天しかけていると、フォーク様に
「ところで、お前、西谷だろ?」
と、いきなり前世の名を呼ばれた。
「な、何でそれを……?」
驚愕で固まっている私に、フォーク様は続ける。
「やっぱり。俺、長野」
「長野……? あの長野? 野球部の!」
「覚えててくれたんだ」
嬉しそうなフォーク様。
「覚えてるどころか、長野に似てるなって思ってたよ! まさか本人だなんて!」
似ている点が、『女の子にモテたい』を公言している所だ、とは言わないでおく。
騎士科の生徒には、昔から「女性の目を気にするなど恥ずかしい事だ」という考えがあったそうだ。
だから、他の生徒と一線を画す感じだったとか。
だけどフォーク様が入学して、「でも、強くなったのにモテなかったら虚しくない?」と言った事で変化が現れた。
せっかく強くなってもモテなくていいのか? いや、強くてモテる方がいい!
青少年の本音を自覚した騎士科の生徒たちは、身だしなみに気をつけて、応援してくれる女生徒へ礼儀の範囲内でお礼を言って、他の科の生徒に気軽に手を貸すようになり、騎士科と他の科の垣根がずっと低くなったのだと上級生が教えてくれた時、
「そう言えば昔、『甲子園に行って女の子にモテたい!』と言ってた野球部の男の子がいたなぁ」
と、思い出していた。
うちの高校は、県大会でベスト8くらいの強いかどうか分からないレベルだったけど、そいつは『甲子園に出たら、全国中継だ! Xに日本中の俺のファンから連絡が来るぞ!』と、いつも楽しそうに土まみれになって練習していたっけ。
フォーク様もそのタイプか……と思ってたら本人だった!
「長野は何で私って分かったの?」
「猫の事を『にゃんころぴー』と呼んで追いかける奴を、俺は一人しか知らない」
しょーもない事でバレてた!
「……じゃあ、最期、って覚えてる?」
「修学旅行のバス」
「そっか、やっぱり……。私もそこ」
修学旅行のバスで、出席番号が並んでいる私たちは隣同士に座っていた。
順調に予定をこなして次の目的地に行く途中で、前の席から複数の悲鳴が聞こえたと思ったら体がどこかに叩き付けられる衝撃があった所で記憶は終わっている。
「他にもいるのかな。探してみたら誰かに会えるかも!」
「いや、二人だけのほうがいい」
ぇ?
「犠牲者は、二人だけの方が……」
「あ、そうか。そうだね。みんなは無事でいて欲しいよね!」
なんだ、そういう意味か。
長野のくせにキュンとさせやがって。
呆れた目で見ないで! プリンセスハニーちゃま。
「ねえ、長野。ここが何の世界か知ってる?」
「世界? ここは大昔、だろ?」
あ、長野は異世界物に全く興味が無かったっけ。
「何で生まれ変わったのに昔に戻ったんだろうな。普通、未来じゃね?」
長野の中では、ドレス=大昔、なのだろう。
でも、それでいいか、という気になる。
何の世界かなんてどうでもいい。
私は悪役令嬢じゃない。強制力なんて気にしない。
ここで、ルピアとして生きているだけだ。
「でさ、それで、これからこの世界で二人で」
と、長野、いやフォーク様が言っている時、頭の中に
『眠い』
の声が聞こえた。
プリンセスハニーちゃまが石造りの長椅子の角で角度を変えながら丸まっている。
「プリンセスハニーちゃま、おねむですか? 誰か! プリンセスハニーちゃまに毛布を!」
くふくふと抑えられぬ笑いをこぼしながら、私はプリンセスハニーちゃまの寝顔と寝息を堪能した。
フォーク様に「起こさぬよう、静かに!」と厳命して。
時間となり、泣く泣く別れを告げたプリンセスハニーちゃまとフォーク様を乗せた馬車を見送った私は、家に入る前に侍女たちに羽ぼうきでドレスに付いた猫の毛を念入りに払ってもらいながら思った。
「また会いたいなぁ……」
その頃、馬車の中でフォーク様が
「あーっ! 求婚するのを忘れた!」
と慌てているなんて、夢にも思わずに。
2026年7月30日 日間総合ランキング
2位になりました!
ありがとうございます!(^^)!




