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その8

 セイアと別れ、ぼんやりと歩いて『アルテミス』まで帰り着いた。送って欲しかったな、と思わないでもなかったが、それは甘え過ぎだろう。今日は土曜日で、終業時間もいつもより早く、外もまだ明るい。


 細い三日月の浮かぶ『アルテミス』の看板を見上げながら、店舗の扉を押し開けた。そのとたん、盛り上がった酔客の笑い声と怒鳴り声、乾杯の声などが溢れ、一瞬にして賑やかな空気に包み込まれた。本日『アルテミス』は大盛況だ。


「あ、お帰りー、アリア!ごめん、帰ってきたばかりで悪いんだけど、手伝ってくれる?」


 シルヴィアに頼まれるまでもなく、アリアはすぐさま外套を脱ぐと、腕まくりをして厨房に向かった。黒いエプロンを身に着け、急ぎつつも丁寧に手を洗いながら、シルヴィアに話しかける。


「ごめん、遅くなって。こんな時間からこんなに混んでると思わなかった」

「いや、混み始めたのはついさっきよ。とりあえず奥の席にビール二つ運んで、その後でポテト揚げてくれる?少し多めに」

「分かった」


 そんな会話をしている間にも、新しい客が入ってくる。シルヴィアはパッと明るい笑顔で「いらっしゃい!そちらの席へどうぞー!」と客を出迎えた。そろそろ満席だが、これ以上客を入れて本当に大丈夫だろうか。


「お疲れー、アリア。おまえクマできてるじゃん、大丈夫?」


 アルバイトの少年が声を掛けてきた。まっすぐな紅茶色の髪をさらりと後ろで束ね、同じ色の瞳をした、キャティアという名前の少年だ。


 実は彼は以前アリアと同じ窃盗グループに属していて、少年院を出た後なかなか仕事に就けないでいたのだが、この度人手不足で困っている『アルテミス』に週末限定で雇われた。だがシルヴィアとキャティア、アリアを加えても、このところ週末は戦場のような忙しさだ。キャティアの見た目がそこそこ良いことが、女性客獲得に無駄に貢献しているとも言える。


「大丈夫じゃない。疲れて眠くて死にそう」

「あんまり無理すんなよ。ほら、それ寄こせ、運ぶから」


 ぼやくアリアからビールを受け取り、キャティアは「お待たせしましたー」と奥の席にビールを運んで行った。


「きゃーキャティアくん、こっちにもおかわりー」

「あっ、こっちもこっちもー」


 キャティアはマメなところがあり、こういった場面でいちいち手を振ったりウィンクしたりと、サービスが滞らない。同じようなやり取りでも、アリアは男性客に対して、「うるせぇ今行くって言ってんだろ!」と椅子を蹴ったりしがちなので、こういう如才ない立ち回りを見ると少し反省する。自分もあれの半分でもいいから愛想を良くした方がいい。


「アリア、サラダ作れる?あと、何かフルーツないかって」

「サラダはあるもので作れるけど、フルーツなんか、ない!だいたい、今までうちでフルーツ頼むヤツなんかいなかったじゃん。おまえが買って来いよキャティー!」


 メニューにない食材はそもそも仕入れていないが、小さい店なので、その辺は融通を利かせる場合もある。女性客が定着するなら、メニューの見直しも必要かもしれない。


 そんなこんなで、少し波はありつつも、閉店までずっとほぼ満席状態が続いた。アリアは接客をキャティアに任せ、厨房でひたすら鍋を振ったり野菜を切ったりしていた。それほど手の込んだ料理を出す店ではないが、これだけ混んでいると次から次へとやることが押し寄せて、目が回りそうだ。


 最後の客が帰ったあと、テーブルを片づけて食器をすべて洗い上げ、ざっと店内のモップがけまで終わった頃には、三人ともへとへとになっていた。


「お疲れ様―っ。二人ともごめんね、目いっぱい働かせて」

「俺は別にいいけどさ。でもこの店、三人で回すの限界じゃね?」

「まぁ、どうしても回らなくなったらもう一人雇うわよ。あ、キャティア、これ持って帰って!残り物だけど、明日のおかずにでも」

「ごちそうさまです!それじゃおやすみなさい、シルヴィアさん。アリアも、早く寝ろよ!」


 キャティアが帰ると、アリアはそのまま寝室へ上がった。シャワーは、明日起きてからでいい。せめて寝巻に着替えたかったが、少しだけと思ってベッドに横になると、あっという間に眠りに落ちた。


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