その7
アリアがそこまで考えたところで、セイアは嬉しそうにネタばらしをしてきた。
「なんとこの度、晴れてワープでここまで来られるようになりました!すごくない?」
「ほんと?じゃ、ワープで来たんだ?え、それはすごい」
「うんうん、もっと褒めて。これで、会いたいときにいつでも会いに来られる」
セイアも魔術師だから、基本魔法のワープは当然使える。だが、これまでは長距離ワープを使うことの危険性を考慮して、あえて時間をかけて一般人と同じ行程でここまで来ていた。
アリアは驚きつつも、なるほど、と思った。突然現れたこともそうだが、さっきからセイアのテンションが妙に高いのも、これで納得がいく。
「よくうちの会社分かったな。前に話したっけ?」
「あー、それはね。まずワープで『アルテミス』まで行って、そこでシルヴィアさんに聞いたんだよ。そしたら、まだ会社だって言うからさ。場所教えてもらって、走ってきた」
走ってきたのか、と思わず笑ってしまう。昨日からずっと、いろいろなことがあって気持ちが塞ぎがちだったが、子どものように笑うセイアの顔を見て、少しだけ心が上を向いた。我ながらその単純さに呆れてしまう。
だが、次の瞬間、セイアは満足したように「よし」と呟いて再び片手を挙げた。
「じゃ、これで。今日は顔を見に来ただけだから。また来るよ」
「……え、」
すっ、と自分の笑顔が消えるのが分かった。セイアはそんなアリアの様子にはまったく気付かず、周囲を珍しそうにきょろきょろと見回している。
「アリアの会社、こんなところにあるんだな。勝手に大通り沿いなのかと思ってた。ここから一気に家まで戻ろうかな。もう少し自信が付いたら、二人乗りでアリアのことも連れていけるかも。さすがに今日は無理だけど」
「…………」
アリアはうまく表情が作れないままにセイアの方を見続けていた。何か言わなくては、と思うのに、言葉が出ない。セイアも、ここで引き留められたら困るだろう。
でも、だったらどうしてこんな時に、こんなに突然、顔など見せにくるのか。
一瞬顔だけ見せて、……また一人にするのか。
「……そっか、忙しいんだな。じゃ、また」
何とかそれだけを声に出した。笑顔らしきものを浮かべたつもりだが、成功したかは分からない。セイアは「うん」と軽く頷いた後でアリアの顔を見、そのまま固まった。
「……アリア?」
怪訝そうに声を掛けられ、思わずすぐに下を向いてしまった。何でもないふりをしたかったのに、多分失敗した。ポーカーフェイスとか、わりと得意なはずなのに。
セイアは小さく「参ったな」と呟くと、アリアとの距離を詰めた。触れられるほど近くまで来て、顔を覗き込む。
「どうしたの?何かあった?」
心配そうに言われ、下を向いたままかぶりを振った。
「な、何でもない」
「何でもないってことないだろ。なんて顔してんの」
その時、作業場の出入り口の方でまた人の気配がした。これから帰る人たちが、にぎやかにあれこれ話しながらこちらへ向かってくる。アリアとセイアは顔を見合わせて少し逡巡したが、すぐにセイアが「こっち来て」とアリアの手を掴んで、倉庫の裏手の方へ引っ張っていった。この場所もそれなりに出入りはあるが、終業後の今は滅多に人は来ないだろう。
人の気配がないところで二人きりになった。セイアといるのを誰かに見られると面倒なので、そういう意味ではホッとしたが、別の意味でこれは緊張する。
やや強張ったアリアの身体を、セイアの腕がしっかりと抱きしめた。しばらくの間、二人とも言葉もなく、そのままじっとしていた。
「落ち着いた?」
「……落ち着かない。ドキドキ、する」
「確かに。俺もめっちゃ、ドキドキしてる」
顔を見合わせて笑い合い、少しだけ緊張が解けた。セイアはぎこちなく顔を寄せると、アリアの頬に軽くキスをした。
「彼氏でもないのに、図々しいって思ってる?」
耳元でそう聞かれ、アリアは慌てて首を振った。
「お、思ってない」
「うん。俺さ、年末に告っただろ。だからもう、あんまり遠慮とかしないつもりなんだよね。保留中になってるけど……でもここで俺が一歩引いてると、違うヤツにとられるかもしれないし、それは絶対、嫌だから」
セイアは真面目な表情でそう言うと、アリアの顔を覗き込んだ。
「だから、アリアも俺に対して、無理とか我慢とか遠慮とかしないで。言いたいことがあるならちゃんと伝えて。電話だけじゃなくて顔を見て話ができるように、長距離ワープだってできるようになったんだよ」
そこまで言われて、アリアもようやくまっすぐにセイアの目を見返した。恋人同士になりきれていないのに、自分勝手に甘えてしまうことへの申し訳なさがあったが、セイアにしてみればすでに十分振り回されているのだろう。それでもいい、と言ってくれている。
「会えて嬉しいんだけどさ。顔見てすぐ帰るとか言われると、その……寂しい」
目を見たまま、なんとか言葉にすることができた。素直な気持ちだが、こんなこと、本当に言ってもいいのだろうか。彼女でもないのに。
セイアは頷くと、もう一度強くアリアを抱きしめた。
「ごめん、俺ちょっと考えなしだったよな。正直、まさかアリアに引き留めてもらえるとか、思ってなくて。……今日は、何回か近くでワープの練習してて、これいけそうだなって思って突発的にここまで来ちゃったからさ。本当に何も言わずに出てきたし、やっぱり一回帰らないとまずいんだよ」
分かった、と腕の中でアリアは頷いた。しっかり抱きしめてもらうことで、気持ちとしては十分満ち足りることができた。屋外で話していたせいで体は冷えたが、胸の中は温かい。
「明日、ちゃんと時間作って、また来るから」
「え、明日⁉いやいいよ、そんな無理しなくて」
「無理じゃないよ、俺が会いたいんだって。アリア、明日休みだろ。何か予定ある?」
予定は特に何もない。そう告げると、嬉しそうにセイアは笑った。
「じゃ、昼過ぎくらいに『アルテミス』で。せっかくの休みだし、アリアもしっかり寝た方がいいよ。……クマ、できてるぞ」
最後のセリフに、思わず腕で目の下を隠した。そんなアリアにセイアはもう一度笑いかけると、表情を改め、少しだけ後ろに下がった。
「じゃ、アリア。また明日」
ふわりと青い光が彼を覆い……目の前にはもう、誰もいなくなっていた。
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