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その5

 ダメだ。一時間が経過した辺りで、アリアは諦めてベッドの上に体を起こした。明日も仕事だが、仕方ない。どうせ眠れないなら、いっそ。


 立ち上がって寝室の灯りをつけ、机の引き出しを開けた。一番奥まで手を入れて、中から紙箱を引っ張り出す。箱のふたを外すと、薄い封筒と小さな指輪が入っていた。


 まず、左手の薬指に指輪を嵌める。手紙を読む時の儀式のようなものだ。簡単にひしゃげてしまうような銀のわっかに、ダイヤを模したキラキラの飾りが付いた指輪。どう見てもちゃちなおもちゃだが、これを身に着けることで手紙を読む覚悟が決まる。


 灯りはつけたまま、封筒を持って再びベッドに戻った。寒いので、とりあえずもう一度しっかりと布団に潜り、手紙を読む体勢を整える。封筒から便箋を取り出し、灯りがちゃんと当たるように広げた。そこには、あまり上手とは言えない、やや右上がりの癖のある字が並んでいた。ライアの字だ。


『アリアへ。手紙を書くのは、これが初めてだね。最初で最後の手紙がこんな形になってしまって、ほんとにごめん。それだけじゃなくて、アリアにはいろいろ謝らなくちゃいけないことばかりです。手紙にして残さない方がいいって思ったんだけど、どうしても伝えたいことがあって……ちゃんと、アリアの手元に届くかな。無事読むことができたら、これはもう捨てるなり燃やすなりして。』


 手紙は、そんな風に始まっていた。実を言うと、もう何回も繰り返し読んでいるので、内容はすっかり頭に入っている。それでも字を目で追っているだけで、あっという間に目の縁に涙が滲んだ。苦しいだけなのは分かっているのに、こうやって折に触れて手紙を開くことを、やめることができない。


『時々、アリアの夢を見ます。この間見た夢では、アリアが女の子のカッコしてて、ちょっとびっくりした。かわいい服を着て長い髪にリボンを結んでいて、初めて会った時を思い出しました。せっかくきれいな髪だったのに、切らせちゃってごめん。服も、ずっとお古のボロしか着せてあげられなくて。それに、盗みはもちろん、酒もタバコも、乱暴な言葉遣いや態度も、今更だけど本当に悪いことばっかり教えてごめん。


 それとも、もしかすると今はもう、出会った時みたいなかわいい女の子に戻ってるのかな。二年も会ってないし、見た目もちょっと変わったかもね。俺も、少しだけ背が伸びました。また会えたら、背が高くなったねって言ってもらえるかなって思ってたけど……いろいろ話したいって思ってたけど、それももう叶わなくなってしまった。


 アリアは多分、俺に裏切られたって思ってると思う。そう思ってくれて構わない。でも、これだけは信じて欲しいんだけど、俺はずっとアリアの隣にいたかったんだよ。これは本当。ただ、状況が変わってしまいました。俺がいなくなっても、アリアにはどうにかして幸せになって欲しい。


 最後だからちょっと彼氏面させてもらうけど、アリアはちょっと、いろんな男にいい顔し過ぎ。今だから言うけれど、けっこう俺はやきもちを焼く場面がありました。この先好きな人ができたら、ちゃんとその人だけを見てあげて。優しい、アリアのことを誰よりも大切にしてくれる人と、出会えることを祈ってます。俺のことはできるだけすぐ忘れて。


 そうだ、結婚式ごっこした時の指輪も、もう捨てて。いや、ほんとにおもちゃみたいなやつだし、もうすでに捨ててるかな。あの時は俺も浮かれてて、今になってみるとあんなことするべきじゃなかったって思う。でも、いい訳みたいだけど、あの時は本気で結婚したいって思ってたし、できるって思ってた。いつかちゃんとした指輪を贈るつもりだったし、その時は花嫁姿のアリアの一番近くに俺がいるんだって思ってた。プロポーズの言葉も、緊張してめっちゃ噛んだけど、一生懸命考えたんだよ。アリアが照れながら『はい』って答えてくれて、すごく、すごく嬉しかった。キスも初めてだったのに、俺なんかがもらっちゃってほんとにごめん。


 嘘つきって、怒ってるかな。それでも俺は、アリアの彼氏でいられて幸せでした。最初会った時も、うわ、こんなかわいい子が俺のグループに入るのかよって、地に足が付かない感じだった。アリアはさ、他のヤツに変なことされないように、リーダーの俺が彼氏に名乗り出たと思ってるだろ。それもゼロじゃないけど、でも違うから。単に俺が、アリアのこと独り占めしたかっただけだから。


 もう便箋がない。最後に、もう一個だけ。俺、アリアにちゃんと好きって言ってなかったよね。別に言いたくない訳じゃなくて、照れくさいのと、いつかきちんとした場面で伝えればいいやと思ってたせいで、後回しになっちゃって。今すごく後悔してる。アリアはちゃんと何度も何度も気持ちを伝えてくれてたのに、俺ばっかりカッコつけてさ。こんな形でしか伝えられないって分かってたら、もっと早く言ったのに。何回でも言ったのに。


 大好きだよ、アリア。愛してる。今までありがとう。どうか、どうか幸せになって。』


(バカライア。そういうのは、顔を見て言ってくれなきゃ意味ないだろ。幸せにしてくれるのは、おまえじゃなかったのかよ)


 心の中で呟いて、涙を拭った。こんな悲しい別れの手紙でも、何もないよりはましだ。何度も読み返してその度に泣いて、いつになったらこのループから抜け出せるのだろう。


 ライア・リスターという、ライアのフルネームをアリアが知ったのは、彼の葬儀の時だ。

彼らのグループに加わる際に、リーダーのライアに「ファミリーネームは知らなくていい。ファーストネームだけ教えて」と言われた。だから、グループの中では、お互いに名前だけしか呼び合わなかった。もちろんそれで不自由することなどなかったし、グループには完全に親の身元が分からなくてあだ名みたいな名前しか持っていない少年もいたから、むしろそちらに対する配慮かと思っていた。


 リスター家は、西国では……いやオズ全体の規模で見ても、知らない人はいないくらいの名家だ。ライアはアリアの前で、一度もその名を出さなかった。この手紙にも、封筒の隅に『ライア』と小さなサインがしてあるが、それだけだ。何があったのかは全く知らない。手紙の中でも、何も触れられていない。だが、全く知らないというその事実が――――おそらく家との関係の中に、ライアが死を決意するだけの何かがあったのだということを如実に物語っている。


 アリアは肩で息をついた。涙は何度拭っても勝手にあふれてくる。大きくしゃくりあげ、もう一度最初から読み始めた。今夜はシルヴィアがいないから一人きりだ。いつもはできるだけ泣き声を抑えているが、今日は隣のベッドを気にすることもない。どれだけ大声で泣いても、心配されることも迷惑をかけることもない。


 手紙を読みながら、そっと指輪に触る。二年前の春、他のグループのメンバーにも内緒で、二人だけで結婚式の真似事をした。十四歳のライアと十二歳のアリア。いつも通りのくたびれた男の子の恰好に、花冠と指輪だけ。それでもあの時は、世界一幸せな花嫁だった。


 指輪も捨てられない。手紙も燃やせない。


(忘れられない。忘れらんないよ、ライア。助けて)


 嗚咽に肩が震えた。夜の冷たい空気の中で、本当にこの世でたった一人になってしまったような気持ちになった。


     * * *

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