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その3

 三十分後、『アルテミス』にほど近い食事処で、アリアは友人のレイアとテーブルを挟んでいた。自分一人で夕食を取るのが億劫で、レイアに電話を掛けたのだ。快く食事の誘いに応じてくれた彼女だったが、アリアから先ほどの顛末を聞かされ、今は非常に態度が冷たい。


「しんっじられない」

 そう言いながら、目の前のチキンのハーブ焼きを猛然と切り分けている。ナイフさばきがとても怖い。


「え、もしかして怒ってる?」

「あったりまえでしょ!ゼビアのバカもだけど、あんたもあんたよ!何考えてんの⁉」

 レイアは口調を荒げながら、チキンの油でてらてらと光るナイフでアリアの方を指した。もともと怒りっぽい子ではあるので、アリアもある程度扱いを心得ている。


「……怒ったキミも、かわいいよ?」

「バカ言ってんじゃないわ!タバコ一箱と交換でキス一回とか、普通のいい子はしないのよ、分かる?またこんな話を聞かされることがあったら、本気で友だちやめるわよ!」


 本当に信じられない、とぶつぶつ言いながら、彼女はまたチキンと格闘し始めた。この店は大皿で料理が来るので、各テーブルでシェアするのが基本だ。アリアは怒れる友人にチキンを任せ、付け合わせのマッシュポテトとサラダを銘々に取り分けた。


 ゼビアは結構気前が良くて、タバコは二箱くれたし、その他にも高い酒をおごってもらったりもしたのだが、そんな訂正をすると火に油を注ぎそうな気がする。


「ごめんってば。でもさ、この話ってレイアもどこかから聞いたりしなかった?」

「あんたの悪い噂はすべてシャットアウトするようにできてるのよ、あたしの耳は。そんなことより……セイアって、このこと知ってるの?」

 ナイフを動かしながら、探るような上目遣いでこちらを見られ、アリアは思わず目を泳がせた。


 レイアにだけは、相談も兼ねて、セイアとの関係を包み隠さず話している。すなわち、年末にセイアから告白されたこと、返事はいまのところ保留になっていること。


 セイア・バトルとは、去年の秋に知り合った。北国のリズの町出身の魔術師で、アリアよりも三つほど年上だ。彼は魔術師たちの間では『北国の悪魔』として知られていて、口にするのも憚られるような暗い過去を持つ。

 だが、そんな過去があるとは思えないほど、彼には歪んだところがなく、ひたすら真っ直ぐで優しい、能天気ともいえるような性格をしていた。ちなみに、アリアが年末に花火デートをした相手でもある。


「セイアにこんなこと話せるわけないだろ」

「……絶対、バレるわよ。知らないんだから」

「バレたら、その時はその時だよ。だいたい、セイアと会う前の話だし?あれこれ言われる筋合いはないっていうか」

「あーらそう。あんたなんか、早急に愛想尽かされてボロきれのように捨てられればいいんだわ」

「……うわ辛辣」


 やっとチキンを切り分けることができたレイアは、「ああもう、せっかくのご飯がまずくなる」と文句を言いながら、ごくごくと一気にビールのジョッキをあおった。アリアは小さくため息をつきながら、取り分けてもらったチキンに手を伸ばした。できればもう少し優しい言葉が欲しい、と思わないでもなかったが、正面切って言いたいことをアリアにぶつけてくれる友人の存在は貴重だ。


「セイアが愛想尽かすなら、それでもいいよ、俺は。そもそも釣り合うと思ってないし。セイアはさ、もっと普通の……優しくてきちんとした子と付き合うべきだよな」

「へーえ。よくもまぁ、心にもないことを」

「いや、本気だって。本気でそう思ってる。でもさ」


 でも、の後が続かず、中途半端に口を閉ざした。思ってはいても、結局ちゃんと手を離してあげることができなくて、今も保留中のままだ。告白に応えることも、拒絶もできないまま、自分の都合で振り回している。正月休みが終わり、セイアが北国に帰った後にも電話でやり取りをしているが、返事を急かされることもない。


「……セイアって、俺のどこを好きになったんだろうなぁ」

「知らない。顔じゃない?」

 レイアの機嫌は一向に良くならない。彼女は難しい顔のまま、アリアが取り分けたサラダから嫌いなものをより分けて、ぽいぽいとアリアの皿の方へ投げ入れた。


「生のレファ草とか、ぜったい無理。玉ねぎも。知ってるのに、なんで入れるのよ?」

「えー、少ししか入れてないのに……」

 アリアはそう言いながら、チラリと目の前の友人の方を見た。


 レイアは、見た目的にはアリアと真逆のタイプの美少女だ。ふわふわとした金髪を背に垂らし、くりっと丸い青い瞳、小柄で愛らしい小動物のような魅力がある。

 アリアも他人からは「わがままそう、好き嫌い多そう」と評価されがちだが、実際にわがまま放題なのはレイアの方だ。基本的には甘やかされて育ったいいところのお嬢さんで、おおらかで優しいところがある反面、自分の意見や主張を曲げない頑固さがある。当然好き嫌いも激しく、金遣いも荒い。


「あのね。あたしは別に、セイアとの仲を応援しないって言ってる訳じゃないんだからね。心配してるのよ、分かる?」

 はいはい、と適当に返事をして、アリアはレイアから投げ入れられたサラダを口に運んだ。


 アリアはこう見えて、かなりの苦労をしてここまで育っている。金銭面も、いつもわりとギリギリだ。レイアと自分が見ている世界が違うということは、彼女なりに分かっているつもりだった。


 タバコと交換でキス、とか、確かにレイアには意味が分からないだろう。でもあの当時、好きでもない男とのキスと引き換えに手にしたタバコは、大げさでもなんでもなく、アリアの命綱だった。失ったものが大き過ぎて、こちら側へ自分を繋ぎ留めておく手段がそれくらいしかなかったのだ。そんなことレイアは知らないし、話す気もない。できれば知らないままでいて欲しい。


「そういえばさ、今日ってテストだったんだろ。どうだったの?」

「……あんた今この流れでそれを聞く?ダメだったに決まってるでしょ!」


 アリアによって半ば強引に話題を方向転換させられ、その後はしばらくレイアの通う女学校の話になった。レイアはそれなりに向学心はあるのだが、成績は中の下と言ったところ。授業についていくのも大変だが、それ以外にも女子校内でのグループ抗争など、いつも何かしら小さな悩みを抱えている。共通の友人の話などで盛り上がり、食事を終える頃にはレイアの機嫌もそこそこ回復していた……のだが。


 そろそろ帰ろうか、と席を立ち、二人で会計を済ませたところで、店のドアが開いて新しい客が入ってきた。同い年くらいの、服も化粧もかなり派手な女子のグループだ。何がおかしいのか、きゃははっという甲高い笑い声と共に入店してきた彼女らの方を一瞥し、アリアは固まった。


(うっそだろ。よりによって)

 隠れるところもないままに、彼女たちと向かい合う形になった。

 四人グループの少女たちも、アリアとレイアの姿を見て、それまで楽し気に笑っていた表情をすっと消した。隣りにいるレイアも顔を強張らせている。


「うわ、最悪。なんでいるのよ、あんたたち」

「え、なんでって言われてもねぇ。それはこっちのセリフなんですけどぉ?」


 グループのリーダー格の女子とレイアの間で、さっそく何かが始まった。前に出そうになるレイアを押し戻しつつ、アリアは右端の少女へと視線を向けた。薄茶色の巻き髪、頬にそばかすを散らせた彼女は、前に会った時はもっとあどけない雰囲気だった記憶がある。だが今、怒りと嫉妬に燃えた目でアリアを睨み据えるその姿は、小柄な少女とは言えなかなかの迫力があった。


(参ったなぁ……今日に限ってこっちにも鉢合わせとか、でき過ぎだろ)

 先ほどアリアが仕事帰りに出くわした少年、ゼビアの元彼女―――――ティファだ。


 この三か月ほど、ゼビアにもティファにも……小さなニアミスはあったにせよ、まともに顔を合わせるのは回避することができていた。油断していなかったと言えば噓になる。

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