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その11

「あのさ、シルヴァ。ラトス様とのこと、応援してるけど。でももし、何かあったら……例えばラトス様が浮気とかしたら、俺にも言って。俺は絶対、シルヴァの味方だから。ラトス様じゃなくて」


 少し身を乗り出して真剣な口調でそう言うと、いたずらっぽい微笑が返ってきた。


「それは心強い。そうね、なにかあったら相談するわ。浮気は困るけどね。……ラトスのこれまでの話とかも聞いたけど、うーん……なんて言うか、お互いもういい年だし、いろいろあったなぁって感じ。恋愛の始まりって、こんなに穏やかだったかしらね」


 アリアにしてみれば、シルヴィアはまだまだ若いし、美人で魅力的だ。だが、二十八歳という年齢は、今のこの国の結婚事情を考えると、決して若くはない。ラトスに至っては三十五歳だ。二人とも思うところはあるのだろう。


 りんごの香りがするブランデーのグラスを揺らしながら、しみじみとそんなことを語るシルヴィアを見て、アリアは(案外これはうまくいくのかな)とぼんやり思った。ラトスはガサツだが、男らしく頼りがいのある一面もある。少し寂しいが、アリアの心配など全く無用かもしれない。


 いい感じにうっすらと酔いが回って、じゃあそろそろ寝ようかな、などと思っていると、シルヴィアが不意に顔を上げてこちらを見た。なぜかその目が座っている。


「アリア、あんたまさか寝ようとしてる?あんたこそどうなのよ」

「え、な、なにが」

「とぼけてもムダよ。今日、終業時間過ぎにに会いに来たんでしょ、セイア」

「…………まぁ、ちょっとだけ。明日、また来るって」


 アリアはしぶしぶ頷いた。確かに、セイアの話だと『アルテミス』に寄ってから会社へ来た、ということだった。今日会っていることは、よく考えなくてもバレバレだ。恋バナしよう、と言い出したのは自分なので、あまり無下にもできない。


「逆にさ、シルヴァはその、どこまで知ってんの」


 恐る恐る尋ねた。町の若者たちの噂話が、どこまでシルヴィアの耳に入っているかは分からない。十代の間で出回っている話は、十代の中だけで完結している可能性もある。

 だが、「うーん」ともったいぶって上を向いたシルヴィアの次の言葉を聞いて、そんな期待はするだけ無駄だということが分かった。


「まず、セイアから告白されたんでしょ?で、一度は断ったんだけど、年越し花火デートの時に返事は保留ってことにしてもらって、その後キスしてハグしたんでしょ?」


 思わず膝の間に顔を埋めてしまった。それは、もしかしなくても、全部だ。このお方は、すべてを知っていらっしゃる。


「なんで知ってんの。っていうか、誰に聞いたの?」

「誰にって……セイアのことちょっとつついたら、いろいろ話してくれたけど?」

「……あのバカ」


 まさかの本人だった。なぜこんなにたやすくペラペラと喋ってしまうのか。真っ赤になった顔を上げることができずにいると、追い打ちのように更に言葉がかぶせられた。


「それで?なんで保留中なのよ。好きなんでしょ?」

「それは、まぁ……好き……だけど」


 でも、本人にはまだ言えない。自分の心の中でだけ、ようやく認められるようになった。仲のいい友人にすら、まだ打ち明けられていない。

 セイアは一途で純粋だ。自分とは違う、という苦い思いがすっと枷になっている。


「……セイアに初めて会った時『すごく世間知らずそうなヤツだな』って思ったんだ。きっと普通に両親が揃った家庭で、友だちにも恵まれて、何不自由なく育ってきたんだろうな、って。―――――でも、ぜんぜんそんなんじゃなかった」


 アリアが少し目線を上げて話し始めると、シルヴィアもそれまでのからかうような表情を止めて、静かな瞳で彼女の方を見つめた。


「それが分かった時はちょっと、裏切られたような気にもなった。なんでそんな、何もなかったみたいに笑えるんだよって。……だけど急に、自分が恥ずかしくなって。俺は自分がひねくれてんのを、勝手に周りの……環境のせいみたいに思ってたからさ。俺だって、ちゃんとみんなに大事にされてたのに」


 自分の甘えを頭の隅では理解しつつ、見ないふりをしていた。そこに急に、あたたかな光のように、彼が現れた。

 セイアは優しい。少し気が短いところもあるが、当たり前のように常に人を気遣う心を持っている。


 セイアの持つ暗い過去に触れた時、自分なら支えになれる、と強く思った。そのために何ができるのか、一生懸命考えている自分自身に気付いた時、ふと、もう戻れない思いを自覚した。

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