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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
1章

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06 戦火

 キティは旧王都の大通りを進み、〈ハイブ〉に向かっていた。ブッチャーズのアジトがあった商業区と同じように、この辺りも廃墟となっている。

 戦争が起こる前を思い出す。大通りに人が行き交っていた頃のことを。

当時のキティはまだ幼く、国王がいた頃の王都の様子は詳しく覚えていない。今も、当時の政治については興味がない。歴史的に見て今と昔とどちらが良かったか、なんて知ったことかとキティは思っていた。少なくとも、キティの家は貧しかった。貧しい人たちが住んでいた地区で育った覚えがある。戦争前から貧富の格差はあったのだ。

 それでも、戦争が起こる前には家族がいた。家もあった。

 今は瓦礫の山となっているこの通りにも、人が住んでいたのだ。どんな人たちかは知らないが、子供から老人まで、かれらの生活があったに違いない。そこでは様々な感情、人とのつながり、未来への希望が生み出されていた。それまで引き継がれてきたもの、これから受け継いでいくはずだったものもあったはずだ。

 それを戦争が奪った。残ったものはただの抜け殻だ。崩れた土壁、飛び出しねじ曲がった鉄柱、砕け散った煉瓦、割れたガラス片、腐った木材、ずたずたになった布切れ。

 貴族の連中がこの場所を叩き潰した。慈悲も無く、苛烈に、徹底的に。そして、あいつらはその隣に、自分たちだけの楽園──メリディア・シティを築き上げている。無自覚であるはずがない、どう考えても意図的に。見て見ぬふりを──いや、じっと見て、見下して、あざ笑うかのようにシティでの生活を謳歌している。

 そんな貴族どもの依頼を受けて、自分は〈ハイブ〉へ向かう。だが報酬に釣られたわけではない。アッシュに籠絡されたわけでもない。自分の意思で歩み続ける。貴族の連中を見返してやるためだ。その足掛かりとして、今回の依頼を受けているだけだ。そう信じる。自分を納得させるために、都合のいい思い込みをしているのとは違う、と。

 やがて視界が開ける。キティは広場に足を踏み入れた。

 広場は、かつて王国の象徴であった場所のひとつだった。石畳が円形に敷き詰められ、その周囲を巨大な柱と壁が取り囲んでいる。荘厳だった柱群はボロボロに崩れ落ち、原形をとどめていない。広場を囲む壁は黒ずんでいて、彫刻は欠け、崩れた破片が無造作に散乱していた。

 そして、その中央に異様なものがある。

 黒い染みが広場の中心に広がっている。雨に打たれ、風に晒されてもなお消えないその跡は、まるで大地に大きな穴が開いているようにも見えた。

 焦げ跡だ。


 戦争が終わった日、王都中から集められた国王の肖像画が、この場所に積み上げられ、燃やされた。城の中に並んでいたものや屋敷の一室に飾られていたもの、それらすべてがこの広場へと運ばれ、一晩中燃やされ続けたのだ。国王の権威が失墜したことを盛大にアピールするためだけの、くだらないパフォーマンスだ。王の姿を形作っていた絵具も、飾り立てられた装飾も、何もかもが煙に溶け、今はこの黒い痕跡だけが残っている。

 広場であがった巨大な炎は王都のどこからでも見えたという。幼いキティもその炎をどこかの建物の中から眺めた。窓越しにではなく、崩れた壁越しに見た記憶がある。その時にはすでに両親は死んでいたので、キティは一人で炎を眺めた。


『いつまで戦争するんだろう』


 そんなことを考えていた。戦いが続いていることを示す炎だと思っていた。


『戦争は終わったよ』


 終戦の翌日、街の誰かが教えてくれた。


『そうなんだ』

『そうだよ、戦争は終わったんだよ』


 その人は無表情で、なんだか虚ろな目をしていた。


『嬉しくないの?』

『わからない』

『じゃあ悲しいの?』


 そう訊くと、その人は少し考えてから答えた。


『どうだろう。嬉しいとか、悲しいとか、今は何も考えられないな』

『これからどうするの?』

『わかならい。たぶん、どうもしないよ』


 その人はそう言って、彷徨っているかのような足取りで去っていった。

 その時のキティにとって重要なのはこれからどうしていけばいいのか、ということだった。両親は死んでしまったし、家も無い。どうしよう、どうすればいい、どうする、どうする。頭の中はそればかりだった。『これから』について、考えることはできなかった。『今』をどう生き残るか、それだけを考えて生きてきた。


 キティは広場から目線を上げた。大通りから広場を抜けた先、旧王都の中心部、かつて王城があった場所へ。

 目の前にあるのが〈ハイブ〉だ。

 そこには漆黒の巨大な建造物がそびえ立っていた。シティにもこれほど大きな建物は無い。縦長の直方体のような形状で、上の方は夜空の暗闇に溶け込んでしまっていてよく見えない。まるで、夜空を支えるための柱のようだった。

〈ハイブ〉とは、王城の跡地に建てられた巨大高層スラム街だ。

 終戦後、住処を無くした人々が王城へ集まって生活し始めた。城は半壊していたが、まだ残っていた壁や床は頑丈だったし、何より広く、居住空間として使えるスペースが多かったからだ。幼いキティも流されるように城に移り住んだ。

 やがて人が増え、居住空間が少なくなったので、城の増築が始まった。王都中の瓦礫や廃材が集められ、皆がそれぞれデタラメに建築を始めた。縦に、横に、無秩序に増築され、その内部構造は複雑怪奇。住人でも道に迷うことがあるほど、歪なスラムと化した。かつて王城には高さの異なる塔が並んでいたが、いつの間にかすべて建築物に埋もれてしまい、直方体のような形状となった。そして、その増築はまだ続いている。

 無限に成長し続ける巨大迷宮、それが〈ハイブ〉だ。一度入ったら出てこられない魔境、旧王都最大の危険地帯と言われている。キティは〈ハイブ〉から外に移り住んだので、『一度入ったら出てこられない』は間違っている、というか誇張なのだが、ルシェが危険なのは確実だ。〈ハイブ〉にも独自の社会やルールがあるにはあるが、基本的には無法地帯だ。

 世間知らずのガキシティボーイがウロチョロして無事でいられるとは思えない。質の悪い連中に捕まってしまえば、何をされるかわからない。


「とっと見つけて、引っ叩いて連れてくる。簡単だ」


 そう呟いて、侵入を開始した。

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