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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
1章

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04 騎士の男

 店の奥には個室ブースがあり、そこは傭兵への依頼や商品の受け渡しの場としてよく使われていた。

 キティはそこへ向かいながら、何やらブツブツと呟いている。


「私は〈エンカウンター〉・キティ……。ハアイ、〈エンカウンター〉だ……。〈エンカウンター〉キティよ……。あーしは……いや、あーしは無いな……」


 傭兵としてやっていくなら『二つ名』が必要だ、とキティは常々考えていた。それも、カッコイイやつだ。『子猫キティちゃん』だけでは格好がつかないし、何より舐められそうだ。

 マダムは『〈ギルド〉の連中の真似事かい? そういうのはいつの間にか、周りが勝手に呼んでくるものさ』と言っていたが、キティは自分で二つ名を考えて、是非この名前で呼んでくれ! と周りにアピールしてきた。

 今までいろいろな二つ名を考えて使ってみたが、どれもまったく浸透しなかった。

〈ネイルガンナー〉、〈トリックスター〉、〈デアデビル〉、〈スラッシャー〉、〈クリムゾン・ブラッディ・メタルファング・スレイヤー〉、などなど。

 そして現在の二つ名(自称)が〈エンカウンター〉である。めちゃくちゃカッコイイ! 渾身の出来だと思っていた。今回の依頼人にその名を売り込んで、是非とも浸透させたいとキティは考えていた。


 ブースに入ると、依頼人と思われる青年が座っていた。

 撫でつけたブロンド髪が目を引く美青年だ。肌や髪の艶からして年齢は二十代前半に見えるが、妙に落ち着いた雰囲気だった。実年齢はもう少し上かもしれない。スラム出身のキティの目から見ても、上質なものだとわかるウール地の白いコートを着ている。

 そして彼の袖から見える両手は、刻印装化されていた。

 そのフレームは純白の陶磁器製で、関節部には金色のパーツが使われていた。派手な装飾はされていないが、どう見ても高級品だ。しかも洒落たやつ。全身で『僕と君たちとでは住む世界が違うのですよ? そこを理解しておいてくださいね』とでも宣言しているかのような出で立ちだった。待っている間も、優雅にお茶を飲んでいたようだ。

 この男が貴族の使いか、とキティは背筋を伸ばした。そして、自分でもわかるくらい浮ついているのを悟られないように、落ち着き払った態度でキティは声をかけた。リハーサル通りに自己紹介をする。


「あなたが依頼人ね。私は〈エンカウン──」

「君がキティだね。俺はアッシュだ。早速だが、依頼の話をしようか」


 名乗りを遮る形で、青年が微笑みながら言った。

 出鼻をくじくれてキティは少し顔をしかめる。普通、初対面で話遮るか? 話し方の感じは良かったが、きっとこの男は自分のペースで物事を進めようとするタイプだろう。やりづらい、直感的にそう思った。

 ──だがしかし、この男、顔だけでなく声も良いときた。酒場にいる傭兵どもは、どいつもこいつも便所みたいな声をしているが、このアッシュとかいう美青年は……なんというか、金持ちが持っている楽器のような声をしているな、そう思った。楽器の名前には詳しくないが、弦とか使う感じのやつをキティは連想した。


「君に頼みたいのは人探しだ。こちらが指示する人間を見つけて、連れて来るだけ。君に向いている仕事でもある」


 両手を肩の高さまで上げて、アッシュは気さくに話を進めた。

 どこか話に引っ掛かりを感じたが、椅子に座り黙って聞くことにした。仕事にがっついているように見られないので、涼しい顔をして。

 アッシュが美声を発し続ける。


「探してきてほしいのはとある少年だ。読取系の刻印装を?」

「両眼の水晶体に」


 結構、とアッシュは言いながら、コインのようなものを取り出してテーブルに置き、キティに差し出した。

 コインを受け取り、じっと見つめた。そこにはルーンに似た模様が細かく画かれていた。圧縮された記録情報である。紙を使うよりも便利だということで、最近普及してきたものだった。

 それをキティの眼球に埋め込まれた刻印装が読み取る。安物だが最低限の機能はあるので、難なく情報を処理できた。そのまま刻印装が網膜へ投影を始める。

 キティの視界に少年の顔と全身が浮かびあがった。

 大きな黒い眼、長いまつ毛、肩の下まで伸びた黒髪、色素が薄い肌の整った顔立ち。年齢は十代前半といったところか。少年、と言われていなければ女の子だと勘違いしたかもしれない、細身で中性的な雰囲気をしていた。

 正常に像が結ばれたことを察したアッシュが口を開いた。


「彼はルシェ・トートリープ。三日前に失踪した。名前の通り、トートリープ家の人間だ。父親はキュリオン・トートリープ」

「は? トート……って……あ、あのトートリープ?」


 咄嗟に視線をアッシュの方に戻した。

 キティがきょとんとしているのを見るとアッシュは、それ以外にあると思うか? とでも言いたげな表情で肩をすくめてみせた。

 トートリープ家はメリディア・シティでも有数の大貴族である。戦争前から霊石の採掘、加工、販売を独占している一族だ。霊石はルーンの刻印に必要な素材であるため、その需要は絶対に無くならない。莫大な富を築き上げ、実質的に都市を支配している貴族であるといっても過言ではない。一族の人数も多く、霊石関連産業のさまざまな分野を取り仕切っていた。


「父親のキュリオン・トートリープってのは……よく知らないんだけど?」

「彼はあまり表には出ないタイプだからね。霊石研究部門の長だ。本人も優秀な研究者だよ」


 すごい話になってきたな、とキティは目を輝かせた。あのトートリープ家からの依頼だ、人生変わるぞこれは。

 だがここで浮かれていては舐められるので、クールな表情を維持する。私は自分の仕事をするだけよ? みたいな感じの、とびっきり大人っぽいやつを。


「それで、報酬は?」

「報酬金に加えてメリディア・シティでの居住権、そして〈ナイトギルド〉への登録権」


 まず、提示された報酬金額に驚いた。シティで一年は生活できる額だ、しかも家付き!? 貴族連中は報酬の相場を理解しているのだろうか。大盤振る舞いすぎる。それだけ金が有り余っているのか。

 そして、一番魅力的なのは〈ナイトギルド〉への登録だ。

〈ナイトギルド〉は国王に仕えていた騎士たちによって組織された、貴族専属の傭兵集団だ。彼らはもともと貴族側と敵対していたが、その優秀さを認められ戦争後も生き残った。現在では貴族から超高性能で特別仕様の刻印装を支給され、高額な報酬を貰って都市を駆けている。キティの憧れでもある組織だった。


「本当に〈ナイトギルド〉に入れるの?」

「それは今回の結果次第だよ。少なくとも、〈ギルド〉は優秀な人材であればバックボーンを問わずに受け入れる方針だ」


〈旧王都〉でしがない傭兵稼業を営んできたが、ついに出世のチャンスが来たというわけだ。

 この依頼を足掛かりにして、都市で成り上る自分の姿を想像した。イカした刻印装と、バカ高い服を身に着け、豪華絢爛な屋敷の中を練り歩くのである。笑みがこぼれそうになった。

 しかしその時、ある疑問が思い浮かんだ。違和感、と言ってもいい。


「そもそも、なんで私にこの話を? トートリープ家ほどの人間だったら〈ギルド〉に仕事を依頼するんじゃないの?」

「ルシェ・トートリープは〈ハイブ〉の中にいる」


 アッシュがさらりと言い放った。その一方で、キティは表情を凍りつかせた。妄想の世界で小躍りしている自分の姿もカチンコチンに凍りついていた。


「君がかつて〈ハイブ〉の住人だったことは調べがついているよ、キティ。だから言ったんだ。君に向いている仕事だと。この任務には、土地勘がある人間が最適だ」


 任務の難易度が跳ね上がったので、報酬の話が頭から吹き飛んだ。

 そして腕組みをして考え込む。そういうことか、と腑に落ちて小さくため息をついた。依頼してきた理由はわかったが、また別の疑問が出てきた。


「なぜルシェは〈ハイブ〉なんてところに?」

「家出だ」

「嘘だ。反抗期の子供でも自分から〈ハイブ〉に行くようなバカはいない。貴族の子供ならなおさらだ」


 誘拐か、とも思ったがそれも違うはずだ。依頼は『人探し』だし、誘拐ならアッシュは最初からそう言ったはずだ。やはりルシェは自分から〈ハイブ〉に行ったのか? どうも納得できなかった。

 アッシュはキティの顔を見て、小さく鼻で笑った。その表情からは、さっきまでの感じの良さが消えていた。人形のように冷たい眼差しをこちらに向けながら、見下すような口調でアッシュは言った。


「こんなものはただの舞台設定だよ。この依頼の本質ではない」

「は? 何を言って──」

「この先、シティの傭兵として……〈ギルド〉の騎士としてやっていきたいと思っているのなら、アドバイスをしてやろう」


 話の繋がりがつかめず、キティは眉をひそめた。アッシュが続ける。


「任務の達成だけを考えるんだ。なぜ? どうして? そんな疑問は捨てろ。今回の依頼は『〈ハイブ〉に行って、ルシェを連れ帰ってくる』、それだけだ。それ以外はどうでもいい。気にする必要も意味もない。依頼を解決し、それに見合う報酬を得る。それがシティで生きる傭兵の掟だ。俺たちはそういう世界で生きている」


 確かにアッシュが言うことにも一理ある気はする。合理的に金を稼いでいくのなら、仕事だからと割り切って余計なことを考えずに行動するほうが、余計なエネルギーは使わず済むだろう。

 だが今回の依頼を引き受けるかどうかは、どうしても踏ん切りがつかなかった。依頼の内容がどこをとっても怪しすぎる。


「まあ、気に食わないというなら断っても構わない。その場合は、別の手段を考えるだけだ。君だけが唯一の解決策というわけではないしね。他の傭兵を当たろう」


 そう言うとアッシュは席を立つそぶりを見せた。

 依頼を受けるべきではないとキティの直感は言っていた。しかし、チャンスであることは間違いないのも事実だ。スラム出身の自分には都市へのコネなんてものはない。こんな機会が再び舞い込むことがあるかどうか考える。

 きっとない、だろう。


「待って! 依頼は……引き、受ける……」


 そう答えてしまった。こちらの出世欲を見透かされ、足元を見られたあげく、相手のペースに乗せられた形だった。

 アッシュは憎たらしく微笑んでいる。キティはその表情を知っていた。自分よりも格下だと思っている相手に見せる表情だ。段取り通りに話をまとめ上げることができて、この男はさぞ満足だろう。

 アッシュはコインを指差して言った。


「先ほど渡した情報器には通信系のルーンも入れてある。受け渡し場所は……この酒場でいいだろう。彼をここに連れてきたら連絡してくれ」


 それでは、と言いながらアッシュは席を立った。


「待って」


 キティは席に着いたままテーブルに目を落とし、ブースから出ていくアッシュを呼び止めた。


「まだ何か?」

「さっき『俺たちはそういう世界で生きている』って言ったでしょ。もしかして、アンタも〈ナイトギルド〉の傭兵なの?」

「いかにも」


 それを聞いて、キティは再び視線をアッシュへ向けた。任務の内容については理解したがそれとは別に、今後の活動の参考として、どうしても訊きたいことがあった。


「だったら、名前を教えてほしいんだけど……その、傭兵としての? 二つ名ってやつ? そういうの、あるんでしょ?」


 シティの傭兵がどんな二つ名を使っているか、ちょっと興味があったのだ。はっきり言ってこの男は嫌いだが、まあ減るもんじゃないし、聞くだけ聞いておくかと考えた。

 アッシュは片眉を上げ一瞬だけ怪訝な表情をしたが、そんなことか、とでも言いたげに鼻で笑ってから、こう答えた。


「〈人形遣いパペットマスター〉、だ。アッシュ・〈ザ・パペットマスター〉」


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