34 真夜中の大通り
「死んでてたまるか!」
足元が爆発して吹っ飛ばされる。起き上がって走り出す。足元が爆発して吹っ飛ばされる。起き上がって──
ルシェとアッシュが戦っている間、キティはずっとこの調子だった。
爆撃と逃走の無限ループ。もはや吹っ飛ばされている時間の方が長いのではないか、そう思えるほど、狂気の蜘蛛人形──ラストは執拗に攻撃し続けた。
《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》
ラストは周囲に杭の竜巻を纏い、自身が生命体であることを微塵も感じさせない意味不明な軌道で動き回っている。動きながら杭を放ち爆撃。また杭を戻して回転、爆撃。この繰り返しだ。
《アッシュは倒した。今ならいける》
「やるぞ! ルシェ!」
走りながらコイルを瓦礫に叩きつける。〈ウィズ〉による物操系ルーンの起動、同時に過剰駆動。
コイルが瓦礫を巻き上げ、無限軌道で回転させる。さらに周囲の壁や石畳を破壊して吸収、その大きさを成長させた。左腕を覆うガラクタの竜巻が完成する。コイルをラストに向けた。
ガラクタの竜巻──発射。
竜巻がラストに直撃した。瓦礫が粉砕される爆音が炸裂し、大量の粉塵が飛び散った。
《ダメだ! 杭に防がれる! ラスト本体には届いてない!》
ラストが横に逸れ、竜巻の軌道から退避した。そして杭の爆撃を再開する。
瓦礫の竜巻は無駄だった。コイルに残弾は無い。また走って逃げる。
走り続けていると開けた場所に出た。前方には〈ハイブ〉がそびえ立っている。大通りを抜けて、広場にたどり着いたようだ。
「まずいぞ──」
後方から驚異的跳躍力でラストが突撃してきた。もし杭の竜巻に巻き込まれれば間違いなく八つ裂きにされる。横に飛び寸前でかわした。ラストはキティを追い越した位置で着地した。
《キティ! ここには遮蔽物がない!》
円形の広場の中心にラストがいる。キティはその円周上だ。背後は壁。大通りに退避することもできるが、広場との通路は一直線になっている。もし通路に逃げ込めば、中心地から狙ってくるラストの攻撃を回避することができなくなる。出来るのは円周上を逃げ続けることだが、いつかは攻撃が追いつくだろう。
詰みだ。ラストはあの状態になっても、キティを広場に追い込むことを考えていた。
《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》
アッシュはもうゆっくりしているぞ、と言おうかキティは迷った。余裕がある状況なら言っていただろう。今まで散々軽口を叩いてきたのは、自分を鼓舞する意味合いがあったからだ。追い込まれても、希望を見出していたからこそ言っていたのだ。だが、詰みとなったこの状況での軽口はもはや、ただの捨て台詞にしかならないだろう。絶望感の引き立て役というわけだ。
ラストが竜巻の形状──杭の回転軌道を変化させた。それまでは円柱状に回転していた軌道がだんだん平たくなり、やがて円盤状に変化した。円盤状になったことで杭の密度が増し、よりはっきりと黒い輪が見える。まるで巨大な回転ノコギリのようだ。
杭の円盤が空気を引き裂き甲高い音を発している。目視でも回転速度が上昇しているのを感じた。杭の軌道は、ラスト自身が一本一本コントロールしている。軌道が単純になったことで、速度を上げることに集中できているようだ。あの回転速度から放たれる杭をかわし続けることが、どれだけできるだろうか。数秒、持てば良い方だろう。
もう終わりだろうか。
もう終わりだろう。
ここで、何も言わなければ。
「ルシェ、とにかく瓦礫を集め続けるぞ」
《できるだけやる》
「それ以上だ」
ラストが首を傾げた。
《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》
捨て台詞じゃない。まだ終わらない。言ってやる。
「アッシュはもうゆっくりしてるぞ」
コイルで壁をなぞるようにして、円周上を走り出す。瓦礫を巻き上げて竜巻を成長させた。
同時に連弩のような杭の攻撃が始まった。爆発がキティを追いかける。
「もっとだ!」
《ダメだ! これ以上は!》
「もっと!」
《キティの身体が持たない!》
成長した竜巻はキティの身体も巻き込み始めていた。回転する瓦礫が全身に当たり、皮膚を切り裂く。
「舐めるな!」
《──っ!》
さらに竜巻が成長する。背後から爆撃が追いついてきた。もう、限界だ。
コイルを横薙ぎに振った。瓦礫の竜巻で爆撃を受け止める。回転する瓦礫との衝突で、ラストの杭を弾くのだ。 ラストがキティの攻撃を防いだのと逆をやるのだ。だがこの場合に関していえば、キティの方が不利となる要素があった。
爆音が響き続ける。巻き込んだ瓦礫と飛び散った破片で、キティの身体中が切り裂かれ続けた。
それでも、受け止め続ける──
激痛で、意識が朦朧とする。防げば防ぐほど、もう折れてしまえと、心が叫ぶ。
やがて、杭の攻撃が止まった。
広場の中心には、杭をすべて撃ち切ったラストだけが存在していた。
そして、巨大なガラクタの竜巻が上方に伸びた。
キティがコイルを掲げている。その身体は赤黒く染まっていた。全身が引き裂かれ続け血まみれになり、服と皮膚との区別ができないほど凄惨な姿で膝をついている。だが、キティは勝利を高らかに宣言するように、刻印装の腕を掲げていた。
《これで全部だ──》
広場に存在するすべての瓦礫、そしてラストの杭を吸収した特大の竜巻がコイルから上方へ伸びている。
最上部は広場全体を覆うほどの大きさとなっていた。
「ブン殴ってやる!」
空を舞う瓦礫の濁流が振り下ろされた。
杭をすべて吸収されたラストはそのまま受け止めるしかない。
大地を叩き割る大轟音が響き渡った。
キティの荒い息だけが聞こえていた。広場は完全に原形を失い、ただの荒々しい岩肌と化していた。その一端に、血と肉を失い、それでも立ち続けるキティの姿があった。
《終わった……レインの刻印装は完全に停止した》
「ああ……」
キティはろくに返事もできないほど消耗している。視界はかすれ、自分の血の臭いしか感じない。ギリギリのところで意識を保っている状態だった。足を引きずるようにして広場の中心へ向かった。
そこにラストの姿があった。姿、というよりも残骸だ。両腕はもとより、八本あった脚も粉々になっている。胴体もよく見ると、腰のあたりが消失していて、胴の長さが半分ほどになっている。陶磁器だった顔面も粉々になり、ところどころで黒い金属製の骸骨のような造形が見えていた。生きているのか、死んでいるのか、少しも判断できない。
──その時。
周囲の瓦礫が、ゆっくりと浮かび上がった。
「これ……は……まだ……」
耐え切れず膝をついた。無理だ。動けない。ラストは生きている? こんな状況で、まだ刻印装を──
浮かんだ瓦礫がキティを取り囲んだ。
キティは気づいた。自分の刻印装、コイルのルーンが光っている。
宙に浮く瓦礫が増えていく。ありえない。状況からして、この現象はラストではなくコイルが、ルシェが引き起こしている。
「ルシェ……何が……」
瓦礫が次から次へと浮かび続ける。
ルシェの返事が無い。朦朧としながら呼び続けたが、何も返ってこない。なぜルシェはこんなことを。何が起きているのか、少しも理解できなかった。
浮かび続ける無数の瓦礫を見るうち、キティはそれらに意志のようなものが込められていると感じた。失血によるせん妄かもしれないが、どこかはっきりと実在感をもって、その意志が自分に向けられていると思った。
それは『殺意』だった。




