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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
4章

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33 戦場の記憶

 アース・ウェイヘムはベッドの上で目を覚ました。

 清潔な白い天井と壁が見える。かすかに薬品の匂いが漂っている。視線を横へ逸らすと、部屋の奥に白い服の女がいた。看護婦だろうか。どうやら自分は病室にいるらしい。

 何が起きたのか、アースは思い出そうとした。思い出せるのは戦場、それと貴族が投入した刻印装化部隊だ。そうだ、自分たちは貴族軍と戦っていたのだ。見たことのない刻印装の攻撃を受け、傷つき倒れたことまでは思い出せた。その後のことは分からない。だが、自分がこうして生きているという今の状況からすると、国王側が勝ったようだ。

 ──リンレイ。共に戦っていたリンレイは無事だろうか。探しに行かなければ。


「う……あ……」


 声が出なかった。と言うよりも、言葉の出し方を忘れてしまった、そんな感覚だった。看護婦が自分に気づき少し目を合わせた後、部屋から出ていった。

 起き上がろうとしたが、それもできなかった。身体が動かない。ベッドに縛り付けられているのかと思った。何とか首だけを動かして、どうなっているのか見てみた。

 両腕と両膝から先がなくなっていた。

 ショックはなかった。自分でも意外に感じるほど、アースは落ち着いていた。失った部位には包帯が巻いてあった。自分の身体が、まるでこれから腕と足が取り付けられる作りかけの人形のように見えた。

 そんな事よりも、リンレイのことが気掛かりだった。彼女はどうしているだろうか。この姿を見たら、悲しむだろうか。

 知らない男が部屋に入ってきた。身体が大きく、品のいい服装をしているが、無表情で軍人のような鋭い顔つきの男だった。


「アース・ウェイヘム。声は出せるかね?」


 アースは沈黙で応えた。


「君を保護するよう指示したのは私だ。私は──」


 そいつは貴族の男だった。男は何が起きたのかを説明した。戦争は国王側の敗北で終わったこと、刻印装部隊との戦闘でアースは瀕死の重傷を負ったこと、そのアースを貴族側が救助したこと。


「我々貴族側は、君たち〈騎士〉の戦いぶりを高く評価した。驚異的だと言っていい。試作型とはいえ、最新技術の粋を集めた刻印装部隊を相手に生身で引けを取らなかったのは完全に想定外だった。そして、その才能を戦場で潰してしまうのは我々にとっても損失だ、との結論を出した。特に、君のように若い──幼いとも言っていい、そんな人材ならなおさらだ」


 そこでだ、と男は話を続けた。


「君に特別仕様の刻印装を提供し、都市での生活を保障しよう。その代わり、これからは我々に忠を尽くしてもらう。我々が創り上げる理想郷。太陽が最頂点に達するその瞬間のように、すべてが完璧に満たされる『到達点の街メリディア・シティ』、その礎となるのだ。すでに、保護した〈騎士〉の何人かがこの契約を承諾している」


 ふざけるな、とアースは侮蔑の目を男に向けた。戦争を起こし、自分をこんな身体にしておいて、今度は奴隷になれだと。何が『契約』だ。力と金で、命や意思を支配できると思っているのか。死なせろ。僕を殺せ。火に放り込んで、焼き殺せ。


「よろしい」


 男がそう言うと、看護婦が二人部屋に入ってきて、アースを車椅子に座らせた。


「君に見せたいものがある」


 アースは部屋の外に連れ出された。男は無表情のままだったが、どこか満足そうな雰囲気を出していた。段取り通りに会話を進めることができた、そんな顔をしていた。

 連れてこられた部屋も病室のようだったが、アースがいたのとは様子が違った。中央にベッドが一つあり、その周囲に様々な機器が並んでいる。ルーンを使ったものだろう、見た事のないものばかりだった。その機器からベッドに向かって、太さの異なる管が何本も伸びていた。ベッドの上には白い包帯でくるまれた塊があり、管はその塊に繋がっているようだった。


「リンレイ・オートヘイムだ」


 リンレイはどこにいるんだろう。この部屋には自分と貴族の男しかいない。他にあるのはよくわからない機器と、よくわからない──自分の身体の半分程度の大きさの白い塊しかない。


「君と彼女が親しかったのは知っている。戦場でも共に戦っていたようだね」


 そう。リンレイと一緒に戦っていた。彼女は強くてカッコよくて、優しかった。憧れていた。あんな風になりたいと思っていた。ずっと一緒にいたいと思っていた。ずっと一緒にいれると、思っていた。

 リンレイは、どこに、いるんだろう。


「彼女もその才能を評価されて、我々が救助した。君と同じ契約を彼女とも交わしたいと思っているが、見ての通り意思疎通ができない。ただ生命活動をしているだけの状態だ」


 どこに、いるんだ。


「そこで、君が決めたまえ。彼女の契約を交わすかどうか」


 リンレイは、どう思うだろうか。彼女の意思は、どうなんだろうか。なんとかしてそれを、汲み取れないだろうか。彼女の声を、ほんの少しでも。


「溶けた甲冑が全身に癒着してしまっていてね。最善を尽くした結果が今の状態だ。当時の状況については後で資料を渡そう。ちなみに、彼女は君に覆いかぶさるような形で発見された。刻印装が放つ爆炎から君を庇っていたようだね。君は彼女から零れ落ちた灰の中で発見されたそうだ」


 何時間も過ぎ去ったようにアースは感じた。実際の時間はわからないが、とにかく無限に思えるような時間を感じた。何かが変化するのに十分な時間が。


「言い忘れていたが、契約を交わした後はアース・ウェイヘムの名を捨て、我々が提示する名前を使ってもらう。まあ、けじめのようなものだ。君の名前の第一候補は『アッシュ』だ」


 大丈夫だ。自分もリンレイも、作り直すだけだ。自分たちの身体は見ての通り、作りかけみたいじゃないか。

 まるでただの──


「私はこれで失礼しよう。二人でゆっくり話し合いたまえ」


 ──人形なんだから。


     ◆


 二人組の正体は判明した。

 切り屑部隊の生き残り、〈フュリアス〉・ヴォイドと〈イコライザー〉・ホール。〈ナイトギルド〉の試作型刻印装を提供された元貴族側の傭兵だ。

 そして、自分とラストがかつて戦場で戦った相手。見覚えはなかった。当時は敵を一人一人覚えておく余裕などなかったし、部隊は二十人ほどいたらしい。十年前に会っていなくてもおかしくはない。

 だが、今日このタイミングで出くわすことになるとは。何か符合めいたものを感じずにはいられなかった。

 糸だ。糸が俺を操ってここへ連れてきたのだ。ラストではなく、この俺を。試しているのだ、糸が俺を。

 もう一度乗り越えろと。もう一度、あの時のような地獄を乗り越えて、シティ──巨大なシステムの一部になれと、糸が言っているのだ。大量の金属を削りだして生み出された光り輝くちっぽけな部品のように、犠牲を払ってでも偉大な機械に組み込まれろと、そう言っているのだ。

 だがわかっていないな、糸よ。俺はすでに、お前がどう俺を操ろうとしているか知っているぞ。お前の意図と寸分の狂い無く、俺は舞台で踊ることができるんだ。〈パペットマスター〉だからな。俺は糸と一体化した人形なんだ。

 アッシュはルシェたちがいる建物へ向かって歩き始めた。歩いている内にも、人形たちは次から次へと破壊されていった。しかし、少しも慌てるようなそぶりを見せなかった。

 人形は残り十体まで減っていた。損失は甚大だ。だが問題ではない。損をするのは貴族だ。貴族はシティだ。シティとはシステム。そして、システムは糸だ。問題ではない。これは糸が生み出した状況だ。糸は俺そのものでもある。すなわち、俺が勝つ状況だ。

 ドアまでたどり着いたところで人形を下がらせた。『ドア』と言ってもとっくに破壊されているので今は『枠』になっているのだが、どうでもいい。これも糸が導き出したものだろう。

 建物に入って中を見回した。そして、頬を緩めた。

 素晴らしい! 何から何まで破壊され尽くしている! これではまるで! 十年前の戦場の再現ではないか! 糸よ! この名演出は歴史に残るぞ!


「なんかキレイな顔した兄ちゃんが来たぜ? イコライザー」

「気を付けろ、十年経っているからな。刻印装も進化しているはずだ。フュリアス」


 アッシュはため息をついてかぶりを振った。


「糸が切れた人形は、また繋ぎ戻すだけだ。そして、舞台から消えろ」


 フュリアスとイコライザーはきょとんとした顔で目を合わせた。


「え? この兄ちゃん何言ってんだ? イコライザー、わかるか?」

「あー……多分、『かかってこい』とかそんなのじゃないか? いや、やっぱわからん」


 イコライザーが手を振った。すると、周囲の瓦礫がアッシュに向かって一斉に飛んで行った。

 しかし、瓦礫はかすりもせず、まるでアッシュを避けるかのような軌道で建物の外に飛んで行った。

 次はフュリアスだ。フュリアスは刻印装を赤熱化し、超高温の手刀を繰り出してきた。

 しかしこれもアッシュには当たらない。瓦礫の投擲と同じように、アッシュを避ける軌道で宙を切り裂くだけだった。

 フュリアスが異常事態を理解し、飛び下がって間合いを取った。再びイコライザーと並んだ。

 アッシュは目を大きく見開いた。すでにこの時、二人組の刻印装の能力とルーン構成をアッシュは完璧に把握しており、〈アストラル〉からの侵入を開始していた。


「お前たちの糸は繋ぎ戻された」


 フュリアスの刻印装へ攻撃開始。

 防壁系──掌握。

 物操系──掌握。

 発熱系──掌握。

 放熱系──掌握。

 イコライザーの刻印装へ攻撃開始。

 防壁系──掌握。

 物操系──掌握。

 振動系──掌握。

 探知系──無視。


「マズいぞこれ! 防壁系が死んだ!」

「しかしこれは──!」


 フュリアスの刻印装への攻撃を続行。

 放熱系──起動、過剰駆動オーヴァドライブ

 物操系──起動。

 フュリアスの刻印装に変化が現れた。赤熱部が急速に消滅し、今度はパキパキと音を立てて、刻印装全体が白くなり始めた。霜だ。刻印装に霜が降りている。アッシュは、赤熱状態から復旧する時に使用される放熱系ルーンの出力を強化することで、腕を急速冷凍したのだった。刻印装は完全に凍り付くと、今度は小さく震えだした。物操系ルーンを起動し、凍った刻印装を無理やり動かそうとしているのだ。やがて限界に達し、巨大なガラスが割れるような音と共に、フュリアスの刻印装は粉々に砕け散った。

 イコライザーの刻印装へ攻撃を続行。

 振動系──起動、過剰駆動オーヴァドライブ

 イコライザーの刻印装の変化はそれほど大きくは無かった。両手の刻印装から甲高い音が響き始めただけである。ワイヤーで斬撃を繰り出すときに使う振動系ルーンを強化することで、刻印装全体が震えだしたのだ。やがて振動に耐え切れなくなったイコライザーの刻印装は自壊し、相棒のそれと同じく粉々に砕け散った。

 刻印装を完全に制圧した直後、背後に控えた数体の人形が飛び掛かり二人組を取り押さえた。

 アッシュは部屋の中を進み、つまらない単純作業をするかのような目で二人組を見下ろした。

「お前たちは殺さない。残った刻印装と一緒に〈ナイトギルド〉に引き渡す。お前たちの戦闘を通じて得たデータは、今後の刻印装の研究開発に活用され、さらなる戦力の礎となる」

 人形を数体引き連れて、アッシュは二階へ向かった。ルシェは二階の突き当りの部屋にいる。

 一階の状況は理解できているはずだが、ルシェが逃げる様子はなかった。舐めているのか? 違う。どうやらキティのサポートを続けているようだ。そして〈ウィズ〉同士の戦いでも、諦めてはいないらしい。

 実際、この建物に入ってからも、ルシェはアッシュの刻印装に攻撃をし続けていた。それは今も続いている。だが、〈ウィズ〉同士の戦いでもアッシュは攻撃と防御を同時に行い、ルシェを制圧しつつあった。

 ルシェ・〈ザ・アストラル・ゲイザー〉。

 見事だ。年齢も経験も劣る身ながらよくぞここまでこの俺──糸の化身である〈パペットマスター〉と戦うことができたものだ。しかし、これで終幕だ。これ以上、尺を伸ばし続けると物語は冷めてしまう。確かに物語に緩急は必要だ。上り坂の次には下り坂がある。逆も然りだ。だが、物語の最後は上り坂で終わらせなければならないんだよ、ルシェ。もし終わるべき上り坂に下り坂を加えてしまったら、その物語は最悪になるか、物語を崩壊させてでも無理やり上り坂を加えなければならなくなるんだ。そして、今の状況は上り坂だ。だからもう終わりなんだよ、ルシェ。

 部屋にたどり着いた。部屋の真ん中にはロッキングチェアがあり、ルシェはそこに座ってくつろぐように揺れていた。眼と髪がうっすらと輝き、青白い光を放っている。


「まだ諦めていないのか」


 アッシュは言った。ルシェから刻印装への攻撃はまだ続いている。最初からずっと、機械のように単調なパターンの攻撃だ。

ふむ、やはり経験値が足りていないようだ。単調な攻撃には、自動的に反撃するスクリプトを組み上げて〈アストラル〉へ投下するだけで対処できる。〈アストラル〉戦において相手を打ち負かすには、物語と同じように独創性が必要なのだ。


「諦めるような状況じゃないよ」


 ルシェが光る瞳でじっと見つめてくる。


「いや、諦めるべきだ。抵抗すればいずれ糸が切れる。もしくは人形自体が壊れる。どちらにしても、お前はゴミ箱行きだ」

「劇なんて見たこと無いから何を言っているのかさっぱりだったけど、話を聞いていたらだんだんわかるようになってきた」


 ほう、ルシェよ。お前も糸の偉大さがわかるようになってきたということか。だがそれはお前の行動と矛盾しているぞ。もし、糸の偉大さに従うというのならお前はここで諦めるべきだ。だが、安心しろ。真の敗北なんてものは存在しない。そんなものは所詮、物語上の出来事に過ぎな──

 待て、さっきこのガキは何と言った?


「『話を聞いていたらだんだんわかるようになってきた』って言ったんだ。人形の長パペットマスター


 その言葉を聞いてアッシュは唖然とした。そして不意に、恥辱と、顔の紅潮を感じた。それと同時に怒りの感情がふつふつと沸き上がり始める。自分でもなぜだかわからないが、目が血走っていくのを感じ取った。

 何が起きている? いや、何が起きた? 糸よ。これはどういう演出だ? 上り坂ではないのか? なぜこのガキは俺の、糸の化身の思考を──


「舐めるな」


 ルシェがそう言った瞬間、アッシュの身体中に電撃のような衝撃が走った。脳と脊椎に移植された刻印装が〈アストラル〉から攻撃を受け、その衝撃が電気信号となって全身を駆け巡ったのだった。アッシュを構成するすべての皮膚、筋肉、神経、内臓、骨が引き裂かれると同時に炎で焼かれるような激痛だ。アッシュは絶叫しながら全身を痙攣させ、その場にうずくまった。

 激痛に耐え朦朧としつつも何とか意識を保ち、かろうじて声を出すことができた。その口から発せられたセリフは、アッシュ本人としても不本意な、独創性のない、あまりにも凡庸なものだった。


「バカな……」

「お前にずっと攻撃し続けていたのは〈アストラル〉に投下していたただのスクリプトだよ。直接攻撃してもどうせ無駄だし。本命は人形の方だ。二人組が数を減らしてくれたおかげで、繋がりが強い個体を見つけることができた。そしてその人形からお前の刻印装に侵入した。糸をなぞった、とでも言うのかな。なんだかずっと一人でブツブツ言っていたのが〈アストラル〉に漏れていたけど、あれは攻撃じゃないよね? 何なの? 結局、糸なの? 人形なの? よくわからなかったんだけど……」


 アッシュは吊り糸が千切れた操り人形のように力なく倒れ、完全に気を失っていた。周りの観客──顔の無い人形がアッシュを見下ろすような形で立っていた。

 ルシェはロッキングチェアの座り心地を楽しむかのようにウンウン揺れながら、キティのサポートを再開した。


「こっちは終わったよ、キティ。まだ生きてる?」

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