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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
4章

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31 人形遣い

「出迎えはなし、か。まあ、そうだろうな」


 割れた石畳を踏み、乾いた足音が響いた。

 廃墟となった建物が並ぶ通りを、アッシュは歩いていた。どれもこれも壁にはヒビが入り、窓は割れている。歪んでいるものや崩れかけているものもあった。

 アッシュがいたのは旧王都の一角だ。そこは今でこそゴーストタウンとなっているが、かつては商業区として栄えていた地域だった。

 歩みを進めながら、自らの務めを反芻した。今回契約した任務内容は『ルシェ・トートリープの奪還』と『傭兵キティの撃滅』。簡単な仕事だ。しかし、それでも進め方は重要だ。

〈ナイトギルド〉から派遣された傭兵は、〈ギルド〉最強の〈ウィズ〉である自分と、全身刻印装のラストだ。二人掛かりならどちらも一瞬で片を付けられるだろう。だが、片方を処理しても、もう一方が逃走する場合がある。それでも対処できる自信はあるが、単純に手間だ。であれば分担するのが吉となる。

 組み合わせは簡単だ。戦うことしか能がないバカ女は圧倒的戦力であるラストが制圧する。そしてルシェ──〈ウィズ〉の哀れなガキは、同じく〈ウィズ〉である自分が対処する。

 現在、ラストがキティと交戦中だ。ルシェは別地点からキティのルーンに侵入し、刻印装を強化しているらしい。他にもサポートを受けているはずだ。

 いい傾向だ。これならルシェがルーンに侵入する際、〈アストラル〉に生じる痕跡から、彼の居場所を探知できる。

 同時にラストの戦闘状況も認識していた。キティなんぞ一瞬で細切れにできると思っていたが、なかなか上手く立ち回っているようだ。悪くない、戦い自体には向いている。あわよくばキティの刻印装に侵入し、その制御を奪ってしまおうと思ったが、ルシェが防壁系ルーンの代わりに侵入を防いでいるようだった。こちらもなかなか優秀な〈ウィズ〉だ。

 キティのガラクタ刻印装でも、杭の竜巻を越えてラストに一撃を加える方法は存在する。だが、やつらはまだそれに気が付いていない。そして、その一撃には〈ウィズ〉の能力が必要不可欠だ。間に合わない。こちらの打つ手の方が先だ。

 結局は時間の問題だ。こちらが勝利するまでの時間が早いか遅いか、それだけの問題だ。

 タイムリミットだ、ルシェ。お前の場所は探知済みだ。そして今、こうして到着した。

 目の前にあるのは何かの店だった建物だ。例によって、何であったかはどうでもいい。

 後ろを振り返る。そこにはルーン駆動の四輪馬車が四台停まっていた。最新型であるこの仕様は自動運転であるため、運転手は連れてきていない。

 アッシュが目を瞑り、両手を前に突き出した。そして、まるで操り人形を操作するかのように、指を小刻みに動かし始めた。


最上位刻印装マスターオーナメント──起動」


 命じるようにそう呟くと、バタン、と四台ある馬車の扉がすべて同時に勢いよく開いた。そして、中に乗っていた者たちが降り始めた。

 それは奇妙な光景だった。馬車の大きさはせいぜい六人が乗れる程度のものだった。しかし、アッシュが連れてきた馬車からは、どう考えても六人以上の者が、ぞろぞろと降りてくるのだ。十人、十五人、二十人、まだ降りてくる。

 馬車から降りてきたのは人間ではなかった。

 それは人形だった。

 白い陶磁器でできた、マネキンのように飾り気のない人形だ。顔などは描かれていない。つるりとした表面を持つ人型の白い塊だった。

 やがて人形が出そろった。馬車一台につき二十五体、合計で百体いる人形の軍団が、同時にぐるりと首を回し、アッシュの正面にある建物の方を向いた。

 この人形の軍団を操っているのはもちろんアッシュだ。脳と脊椎に移植された刻印装で人形と通信を取り、両手の刻印装を使ってそれらを操作しているのである。百体いる人形をすべて同時に操ることのできる才能を持つ〈ウィズ〉は〈ギルド〉でもアッシュただ一人だけだった。

 傀儡舞台──絡繰の〈ナイトギルド〉、アッシュ・〈ザ・パペットマスター〉。


 終幕だ。アッシュはため息をついて人形の軍団を建物の方に歩かせた。

 この世界、人の営みなんてものは結局、劇でしかないのだ。アッシュはそう思っていた。歴史や自分たちの人生など、舞台と登場人物の設定によって自動的に生み出されるものでしかないのだ。人の意思は存在する、と主張する者もいるだろう。しかし、それも設定に織り込まれた行動でしかない。誰が何をしてそれがどうなるかなんて、初めから決まっているのだ。それを運命だとか曖昧な言葉で表現することもあるが、その正体はもっと単純なものだ。

 ──糸だ。俺たちは全員、俺自身も含めて、糸で繋がれた操り人形でしかない。

人形の長パペットマスター』、悪くない名前だ。露悪的だと思いつつ、アッシュは貴族から与えられたこの名前を気に入っていた。〈騎士〉の誇りを捨て、貴族どもの傀儡に成り下がったように見える自分には相応しい、と。

 お前はここで退場だ、ルシェ・〈ザ・アストラル・ゲイザー〉。俺の劇にお前はもう必要ない。

 人形たちの情報を処理する。バラバラだった百体分の視覚と聴覚が一斉に脳に流れ込み、統合され、再び分裂、分類、再統合、この処理を際限なく実行する。

 情報の抽象化と具体化をループさせ、自身にしか理解できない形式で人形の認識を共有する。

 人形たちが建物を取り囲んだ。ドアを蹴破り、窓を割って、中に入り込む。

 ルシェがいるのは二階だ。そのまま進む。ここまで来れば後は自動的に、物語は進む。

 演者はもう増えない。必要ないからだ。尺が無駄に──

 ──個体情報、断絶ロスト

 ん? 何が起きた? 情報をループさせ続ける。減っている? いったい何が──

 ──個体情報、断絶。

 まただ。また情報が減った。これは……個体数が減っている?

 ──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。

 人形が破壊されている? いったい誰に? 増援? 二階から降りてきたようだ。傭兵か? だが、この人形も〈ナイトギルド〉仕様の刻印装だ。旧王都のカス傭兵なんかが──

 ──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。

 どうなっている。

 ──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。

 ──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。

 ──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。──個体情報、断絶。

 なんだこの二人は。


「張り合いが出てきたぜ! イコライザー!」

「面白くなりそうだな、フュリアス!」



 アッシュは困惑していた。戦闘用に調整された刻印装人形が、少なくとも個体レベルでは手も足も出ないような戦力差を持つ傭兵二人組に次々と八つ裂きにされているのである。建物の中の状況を把握すると同時に、この二人に関する情報をシティの情報器から〈アストラル〉経由で検索していた。

 何なんだ、こいつらは。


「まさかこんなところでも〈ナイトギルド〉と遊べるとはな!」

「ふむ。しかし今回は仕事としてやっているという面もある。気を抜くなよ」

「遊びで気を抜いたことなんてねえよ!」

「どのみち前金分は働かなければな」


 方針を切り替える。人形は消耗品に設定変更。情報収集を優先した戦闘様式を実行する。

 ゴリラのような腕の男──鋼鉄製の刻印装。高出力の物操系による駆動。重量任せの打撃で人形を粉砕。発熱系も有り。超高温化した刻印装による斬撃も可。高熱に耐える特殊金属を使用。鋼鉄製は修正。使用後は放熱系による復旧動作。

 蟹の爪のような指をした男──金属製の刻印装。おそらくこちらは一般的な材質。先端から高強度のワイヤーを射出。材質は不明。ゴリラ男と同じく特殊金属と推察。並行して調査。物操系による挙動。ワイヤーによる人形の拘束、斬撃を確認。振動系の作用。探知系と分析系への接続の可能性。

 刻印装の検索を実行。


「なあ! 部隊にこんなやついたか?」

「わからん! だが、〈ダブルス〉に似ているようにも見える!」

「あいつか! イカサマ野郎だな! 覚えてるぜ!」

「その話はするな!」


 市販品──該当無し。

 試作品──該当無し。

 軍用──該当無し。

 〈ナイトギルド〉仕様──該当無し。そもそも、あり得ない。

 動物用──該当無し。

 式典用──該当無し。

 ファッションショー用──該当無し。

 芸人用──部分的に該当有り。分析実行。徒労。

 貴族の子供の落書き──該当無し。検索汚染を報告。

 検索方針を変更。

 秘匿された情報領域へ侵入開始。警告を確認。無視。制圧を実行。

 ──該当有り。

 ──開封。『切り屑部隊』?

 情報を細分化、分類、統合。認識開始、完了。

 人形残数、未だ減少中。問題無し。

『切り屑部隊』──戦時中に存在した、試作型刻印装の実験部隊。〈ナイトギルド〉のベースになった部隊。実質捨て駒。技術はほぼ回収済み。素体も処置済み。違和感。偽装の可能性。ネーミングは皮肉。研究所内で大受け。

 ──〈騎士〉との戦闘データ。

 ──あいつらか。

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