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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
4章

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30 陶磁器人形

「そっちはどう? うまくやれそう?」

《ん。なんだか落ち着いているというか、余裕があるというか……こっちが不安になってきた》

「なんとかなるでしょ。私たちが一番よくわかってるし」

《そうだといいけど》


 ルシェを研究所から救出した数日後、キティは旧王都の大通りにいた。〈ハイブ〉に向かうときに通った道である。廃墟となった建物の入り口の階段に腰掛け、空を見上げていた。暗くなってきて、星が薄くまたたいている。夜が降り、〈ハイブ〉が星空に突き刺さる時間だ。

 事前の示し合わせ通り、ルシェは大通りとは別の場所で待機している。


「しかし、案外はっきり聞こえるもんだね。これ」

《レインがうまく調整してくれたんだ》


 キティは耳の穴を指先でつついた。その片耳には、小石のようなものが詰められている。

 それは振動系と通信系のルーンを組み合わせて作った通信装置だった。〈アストラル〉を通じてルーンを操作し、ルシェが思ったことを音声に変換してキティに伝えることができる装置だった。さらに、キティの声や周囲の音まで拾ってルシェに伝えることができるという代物だ。アッシュに渡された情報器に付いていた通信系ルーンを取り出して、レインが組み立てたものだった。


「前にも聞いたけど、本当に見えてるの?」

《はっきり見えてるよ。でも安心して。こういう時にしかキティの眼は奪わないから。案外キレイなレンズを使ってるね》


 ん? なんだかいい感じの褒め方をしたぞ、コイツ。眼内にある刻印装のことを言っているはずだが、自分の瞳がキレイ、って言っているようにも聞こえる。悪くない気分だ。

 この時のルシェは、キティの眼球に埋め込まれた刻印装にも侵入し、その視覚情報も共有していた。

 つまりキティが見聞きしているものを、今のルシェは完全に把握しているのだった。

 腕の刻印装を上げて、ルーンを起動した。物操系ルーンの力により釘を一本だけ宙に浮かせ、腕の周りでくるくると回転させた。


「〈コイル〉も問題なし!」

《そっちはそのままだけどね》


 ラストの攻撃で腕の刻印装を破壊された後、レインに〈教会〉で修理をしてもらった。その時に、『腕の刻印装』とか『義手』とか『そのガラクタみたいな腕』とか呼び方が多様で煩わしかったので、刻印装自体に名前を付けることにした。そうして名付けられたのが、

 ──〈コイル〉。

 というわけだった。名前をつけたのはレインだ。曰く、『なんかグルグル回っていて凄そうだから』という理由で命名された。

 ルシェはうんうんとうなずいて感心していたようだったが、キティはそもそも『コイル』が何なのかわからず、少しもピンとこなかった。自分の身体の一部なのによくわからない名前を付けられて、最初は釈然としなかったが、言いやすいので今では気に入っていた。


《そろそろかな》


 キティは〈パレス〉に連れて行かれた時のことを思い出していた。

 アッシュは馬車の中でシステムがどうとか戦争がどうとか言っていたが、あんなものはすべて詭弁であるとキティは確信していた。そしてそれはアッシュ本人が一番よくわかっているはずだ、とも。

 まず、アッシュが話した理論は破綻している。あの男は個人の存在を黙殺することで、平和や繁栄がもたらされると言っていた。それはつまり、何らかの形でシステムの犠牲者が出るということだ。繁栄があったように見えても、それではプラスマイナスゼロじゃないか。そして、そうなったときに割を食わされるのは、弱い側に立たされた人間だ。

 結局のところあの男が言うシステムなんてものは、強者による支配のための道具でしかないのだ。あいつはそこに言及しなかった。あえて、だ。

 アッシュは良い声をしているだけの、高慢ちきでムカつくお手々ピカピカ刻印装アンドブロンドクソ野郎だが、バカではない。あいつはきっとその欺瞞を承知の上で、それを誤魔化すために、こちらのバックボーンを持ち出して論点をすり替えた。そして、向こう側から手を差し伸べることで自分を懐柔し、支配できる人間を増やそうとしているのだ。

 あの長ったらしい説教の正体はそれだ。初めて会ったときに酒場でした話も同じ論法だろう。なぜそんなことをするのか? 決まっている。だってあいつは、

 ──〈人形遣いパペットマスター〉。

 だからだ。

 あの男は貴族に仕える人形のフリをしながら、自分こそが支配者だと思っている。

 そして、こうも言っていた。


『シティを構成する〈ナイトギルド〉──』


 まるで、〈ナイトギルド〉自体が〈メリディア・シティ〉そのものであるかのように。

 アッシュはかつて、国王側の〈騎士〉だったらしい。貴族たちの敵だったということだ。もしかしたらあいつは、〈ギルド〉は、あの光り輝く『真昼の街メリディア・シティ』を貴族から奪い、支配者の座に取って変わろうとしているのではないか? 本当は都市の繁栄なんて、どうでもいいのではないか? 飛躍した疑念だとは思うが、そう考えると、アッシュの言動が腑に落ちる気がした。

 舐めやがって。それではまるで──


「〈ナイト・シティ〉、じゃないか」

 キティはニヤリと笑って呟いた。


《え? 何?》

「何でもない。──来た」


 私たちはお前の操り人形にはならないぞ、アッシュ。

 そう思いながら、キティは立ち上がってシティの方を見た。燦燦と煌めく街の明かり、それを背負った人影が、遠くに一つだけ見えた。

 やつらが来ることはわかっていた。マダムからの情報があったからだ。やつらはシティからやってくる。そして、シティと旧王都の境界線上には、我らがマダム・モンマスの酒場〈フロントライン〉があるのだ。〈フロントライン〉は一店舗しかないのだが、どういうわけかマダムはシティと旧王都の間を行き来する者を全員把握しているのである。〈ナイトギルド〉の動きすら補足してしまう謎の女主人マダム。恐るべしマダム。

 人影が近づいてきて、その姿がはっきりと見えた。

 二メートルを超える長身、陶磁器製の顔面、腰まで伸びた白銀の長髪、漆黒のフレームの身体。

 全身刻印装──異形の〈ナイトギルド〉、ラスト・〈ザ・ガラスドール〉。


《また任務で来たよ》


 ラストが片手をひらひら振りながら言った。冷たい機械音声と子供じみた仕草がまったく噛み合わない。存在自体が人為的に作られたかのような、奇妙な印象の女だ。女、なのだろうか。


《前はあの子を連れてくればそれで終わりだったけど、今回は違う。依頼はあなた、傭兵キティの撃滅。撃滅ってわかる?》

「さあ? どうせそうはならないから、知る必要ないよ。〈ギルド〉風に言うなら『関係のないことだ』ってやつだね」

《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》

「ゆっくり? アンタが? 二人でお茶でも飲むのか?」


 鼻で笑いながら言った。そして、ある種の満足感を味わった。気の利いた皮肉を言ってやったぞ、という感覚だ。

 ラストは返事をしなかった。微動だにしない陶磁器製の顔面をキティに向けて黙っている。

 沈黙が続いた。やがてキティは、別のことを言えばよかったと後悔した。ブラックすぎるジョークを言ってしまったことを反省しているのではない。ラストのあの顔では、皮肉をかましても、悔しがっているのか怒っているのかが少しもわからないからだ。もっとこの人形女をおちょくってイロイロ引き出してやりたい、そんなことを考える。


《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》


 さっき言っただろそれ、そう思いながら眉をひそめる。ラストが、片手をキティに向けた。


《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》


 漆黒の杭が音もなく、ラストの腕から発射された。


《ラストの刻印装──その両腕はすべてあの黒い杭みたいな棒で構築されている。材質はわからないけど、とにかくすごく硬い金属製かな。僕たちの装備だと破壊できないと思う。

 そして、その杭は物操系ルーンで発射される。でも単体で操作しているわけじゃない。本体にあるルーンと、杭に内蔵されたルーンの相互作用で操っているみたいだ》

「相変わらず説明が全然理解できないんですけど、ルシェ先生。つまり何ができるの?」

《杭単体で複雑な操作はできない、ということだよキティ君。基本的にラストの攻撃は、杭を飛ばして、本体の方に戻す。それだけだ。杭自体の方向転換くらいはできるみたいだけどね。想定内だ》


 レインの口調を真似して言っているようだ。案外、懐いているのかもしれない。それにしても──


「それだけ、ね」


 それだけ、の攻撃にキティは苦戦を強いられていた。次から次へと杭が飛んでくる。走り回って周囲の廃墟に逃げたり、瓦礫を盾にしたりして凌いではいるが、杭が殺到すると壁は一瞬で粉々に砕け散った。

 ラストは一歩も動かず、両腕を完全に分解し、すべて三十センチほどの長さの杭に変形させていた。発射を控えた無数の杭が、ラストの周囲でカーテンのような層を形成し待機している。両腕が無い、のっぽの人形だ。箒が二本足で立っているように見えた。ゴミをどんどん製造し続ける狂った箒だ。

 逃げながら、腕の刻印装──〈コイル〉を起動した。

 内部に装填された釘をすべて吐き出し、コイルの周囲に保持する。釘の先端は拳がある方向。そして、腕の周りに巻き付くような軌道で回転させる。無限軌道で加速し続ける。空気を引き裂く音が高まり、コイルの周りに金属の竜巻が形成される。発射準備完了。

振り返って、ラストがいる場所へコイルを向けた。


《最大速度だ!》

「食らえ! クソ騎士!」


 コイルの連射。音速を超える釘が連射される。すべてラストへ。全弾命中──

 異常に甲高い音が鳴り響き、ラストの身体が火花に包まれ、鋭い閃光を放たれた。

 コイルの連射終了。光が消えて辺りが元の暗さに戻った。

 想像以上にコイルの威力があったのか。ラストが立っていた場所は煙に包まれ、何も見えなくなっていた。金属が焦げる臭いが周囲に広がる。

 コイルに釘は一本も残っていない。ルーンを停止する。


《倒した……?》


 視界を覆う煙はまだ残っている。


「……いや」


 キティは直感的に何が起きたかを理解していた。そして今、煙の向こう側に何がいるのかも。

 音が、聞こえていた。

 おそらく、通信器越しのルシェには聞こえていないのだろう。キティの引きつった表情と額に浮かぶ汗、その原因となるあの異音が。

 空気が引き裂かれる音だ。何かが高速回転している音。キティのコイルが釘を使って起こしていた竜巻と同じ類の。いや、それ以上の規模。

 目の前の煙が左右に引き裂かれた。視界が開け、異音の正体が現れた。

 そこに現れたのは、高さ三メートルほどの竜巻だった。黒い柱のようなものを中心にして、轟音を撒き散らしながら、何かが高速で回転している。

 竜巻の中心にいるのは──ラストだ。それも完全に無傷の。


《早く帰ってアッシュとゆっくりしたいの》


 竜巻の中に超然と立っているラストが首を傾げる。


「ルシェ、あれは……」

《杭を周囲で高速回転している……僕たちのコイルと同じだ。あの竜巻で、こっちの攻撃を防いだんだ》

「複雑な操作はできない、ってさっき言ってたよね?」

《……想定外だ》


 不貞腐れたような言い方だ。あんなの誰も想定できねえよ、そう言っているように聞こえた。

 やれやれ。わかってないな、ルシェ。こういうときどうすればいいか、教えてやるとしよう。そんなことを考えながら、キティはニヤリと笑った。


「今、思ったんだけどさ」

《今? 何?》


 まだ不貞腐れている。


「あいつの刻印装って特別製なんだよね? じゃあ、あの杭も戦闘用に作られた代物なわけだ。長くて頑丈そうだし。それに対してさ、こっちは釘だよ? 釘。その辺のガラクタから引っこ抜いてきたやつ。短くてほっそい釘」

《今更?》

「これで勝ったらさ、カッコいいじゃん、私たち」


 はあ、と呆れたようなため息が聞こえた。そして、ルシェが声色を変えて言った。


《待って、こっちにも来た。あいつの相手をしながらラストの対策を考えるから、今は耐えて》

「はいよ」


 コイルを振って、腰のポーチの一つを擦った。ルーンの作用でポーチは破れ、中に詰まった釘がポロポロとこぼれていく。こぼれた釘をルーンで空中に保持し、コイルの周囲に纏うように回転させた。無限軌道で回転する。釘が加速され、空気が引き裂かれる音が高まる。金属の竜巻が形成する。

 装填完了。

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