02 襲撃
不意に後ろから勢いよく肩を突かれて、キティはうつ伏せに転んだ。身体を床に打ちつけた音が部屋中に響いた。
キティは全身に響く痛みをゆっくり味わったあと、倒れたままの姿勢で顔を上げ怒鳴った。
「いきなり張り倒さなくてもいいじゃん!」
そしてゆっくりと左腕の義手を床についた。義手の内部に刻印されたルーンが起動し、肩から指先までの関節を駆動する。キティは生身の腕があった頃とまったく同じ挙動で義手を操作し、起き上がって膝立ちの姿勢になった。
その義手はルーンによって使用者の意思通りに動く義肢、〈刻印装〉だった。
連れてこられた建物の一階にキティはいた。木材の床は擦り傷だらけで、壁の塗装は剥がれ落ちている。什器もすべてボロボロだった。部屋の間取りから推察すると、おそらく何かの店として使われていたのだろう。カウンターがあったが棚には何も無く、埃がたまっているようだった。
部屋にはキティの他に、三人の男女がいた。
「この辺をウロチョロしていて怪しかったから連れてきたんだが」
キティを誘拐し張り倒した男が言った。腕組みしながら入口を塞ぐ位置に立ち、キティを見下ろしている。図体が大きく、顔と腕にびっしりとタトゥーが彫られている、いかにも荒くれといった風体の男だった。
「人を探してるだけだって言ったじゃん! 道歩いていただけなんだけど!」
キティは膝立ちのまま喚いた。
「ここがどこだかわかって言ってるのか? 旧王都のスラム、しかもこの辺りはおれたちの縄張りだ。お前みたいなガキが一人でうろついてるなんて怪しすぎるんだよ」
「ガキって……これでも十八なんだけど……」
やっぱりガキじゃないか、とでも言いたげにタトゥー男は鼻で笑った。キティは反論しようと思ったが、自分でもそんな気がしてきたので口をつぐんだ。
「お前の年齢なんて知るか。よそのギャングの差し金で来たのか? 何が目的だ?」
タトゥー男が眉をひそめてキティをにらみつけた。
「ホントに人探しだったんじゃないの? もしくは迷子とか?」
窓近くの壁に寄りかかっている女が言った。左目に眼帯をしていて、こちらも荒くれ風だ。ナイフを持って爪の手入れをしている。手元に顔を向けており、キティの方を一瞥もしない。キティに同情しているというよりは、単に無関心なだけという感じの態度だった。ちょっとくらいはこっちを見ろよ、とキティは思った。
そのナイフには小さい記号の群のようなものが刻印されていた。それがルーンであることにキティは気づいたが、どういった効果のものかまではわからなかった。とりあえず、『熱』か『振動』を付与して使うのだろうと見当をつけた。
「どのみちそのまま解放ってわけにはいかないさ。何より、もったいないからな」
カウンターの上に座って足をぶらぶらしている男が言った。メガネをかけた細身の男で、両膝から下は義足になっていた。キティの義手と同じように、その義足はルーン仕掛けの刻印装のようだったが、こちらは金属のシンプルなフレームで構成されていた。
メガネ男はカウンターから降りてキティのすぐそばまで近づき、ニヤけ顔で舐めまわすように見下ろした。値踏みだ。メガネ男はキティの左腕を指差しながら言った。
「見たところ、その刻印装は市場に出回っている代物とは違うな。ルーンが彫られたジャンク品を寄せ集めて作ったのだろう。自分で作ったのか? いずれにしてもそんなガラクタの刻印装は別に珍しくないし、売っても金にならん。しかしだ、生身の方はいくらか金になりそうだ。ちょうど今、品切れだったしな」
キティはメガネ男の方をじっと見つめて訊いた。
「ええ!? 売る? 金になる? それってどういうこと……?」
そして怯えたように肩をすくめて、質問を続けた。
「もしかして、アンタたちは人さらいで、ぶんどった刻印装や人身売買を稼ぎにしている……ってこと?」
「そういう風に聞こえなかったか?」
メガネ男がニヤけ顔のまま答えた。それを見たキティは、この男がこれまでさんざん獲物をいたぶってきたのであろうと確信し、問い続けた。
「この辺りには今言ったような商売をしているギャングがいて確か……〈ブッチャーズ〉? って名前だったと思うけど、もしかしてアンタたちがそのブッチャーズで、ここはそのアジト?」
「そうだと言ったら?」
膝立ちの姿勢のままキティは義手を上げて、メガネ男を制止するかのように手のひらを突き出した。答え合わせは終わった。
カシャン、と鍵が開いたような小さい音を立てて、手のひらが左右二つに割れた。割れた箇所には、義手の内部につながる穴があった。
にやり、と片方の口角を上げてキティは笑った。声には出さなかったが、その目は男に対しこう告げていた。
『見つけたぞ』
想定していたのとは異なる反応を見せられ、メガネ男の表情が固まった。そして変形した刻印装とその構造の意味を理解し、血相を変えて叫んだ。
「てめえ! わかっててここに──」
メガネ男が言い終わる前に、キティの義手の内部に配置された物体操作系ルーンが起動した。
それと同時に音もなく、義手から棒状の何かが高速で発射される。
発射された物体が右肩に命中し、メガネ男はもんどりうって倒れた。そのまま勢いよくカウンターにぶつかり、木材が割れる音が鳴った。男は苦悶の声が漏らしながら身を悶えさせる。
肩に命中した物体は金属製で十センチほどの長さの釘だった。建築に使われるありふれた形状の釘である。
キティの刻印装は、内部のルーンが釘を加速し射出する機能を備え持っていた。いわゆる釘撃ち器というやつだ。
状況の理解が遅れたタトゥー男と眼帯女は、あっけにとられて身動きできずにいる。
キティは素早く膝を立て振り返り、ネイルガンをタトゥー男の方に向けた。
「戦闘開始だ! ボサッとすんな!」
怒鳴りつけると同時に左腕のネイルガンを乱射する。
タトゥー男はとっさに両腕で上半身をカバーしようとしたが間に合わなかった。一瞬で身体中が釘だらけになり、その内の一発に右眼を貫かれ、絶命した。
キティは即座に窓の方を見た。
すでに眼帯女は右手にナイフを構えてキティに突進していた。ナイフに刻印されたルーンがかすかに青白い光を帯び、脈打つように輝いている。鈴の残響のような音が響きだした。刃に高周波の『振動』を付与して対象を断ち切る武器だ。キティが義手で狙いをつけるよりも早く眼帯女は間合いを詰めていた。
先手は取られたが、『熱』を付与するタイプでなくて良かった、とキティは安心した。これなら対処可能だと。
眼帯女がナイフを振り下ろし斬りつけてきた。身体を眼帯女の方に向けると同時に、刻印装の前腕部をナイフの腹に叩きつけて弾いた。衝突時に火花が散り、澄んだ金属音が空気を裂いた。
ナイフを弾かれた反動で眼帯女がひるみ、正面にいるキティと一瞬、目が合った。
「やっと目が合ったな!」
直後、キティはその場からジャンプをするかのように立ち上がり、勢いよく顔面に頭突きをくらわした。
鮮血が舞った。眼帯女は鼻と口から血を撒きながら仰向けに倒れた。
キティは素早く馬乗りになり、刻印装で相手の頭を押さえつけた。
直後、重い物を床に叩きつけたような、鈍い音が部屋に響いた。
眼帯女が頭蓋に釘を撃ち込まれて動かなくなったことを確認し、キティはゆっくりと立ち上がった。
すると、背後で物音がした。
振り返ると、カウンターの裏に回ったメガネ男が、震える左手でクロスボウを構えていた。右肩の服は血で真っ赤になっており、その顔は汗まみれで青く、呼吸は荒かった。クロスボウは、おそらくどこかに隠してあったものを持ち出したのだろう。
クロスボウから矢が発射された。
だがキティはその場を動かなかった。矢は顔の横を過ぎていき、風圧で髪がなびいた。
動けなかったわけではない。片手で雑にクロスボウを撃ってもどうせ当たらないと見込んで、あえて回避行動をとらなかったのだった。
「で、次はどうするの?」
キティは首を傾げて微笑みながら、刻印装をカウンターの方に伸ばす。
それを見て、右肩を負傷し左手に弾切れの武器をもったメガネ男は、絶望に顔を歪ませた。
「ま、待て、俺は──」
言い終わる前に黙らせた。
まずは三人、制圧した。
「三人倒してハイ終わり……ってわけにはいかないかー」
こうなることは想定済みだが、キティは肩をすくめて白々しく呟いた。
この場での騒ぎに気付いたギャングどもの怒号と足音が二階から聞こえてくる。敵対勢力にアジトを襲撃されたと判断し、すぐに一階にくるはずだ。
キティが左腕の刻印装を左右に軽く振ると、中からカラカラと乾いた音が鳴った。内側に装填された釘が転がりぶつかる音だ。残り数本といったところか。
「今日はツイてるな」
一方的にギャングどもを倒せることは少ない。いつもなら戦っている最中に弾切れになって反撃されるところだったが、今日は装填してあった弾を使い切る前に、この部屋の三人を倒せた。ブッチャーズを探していたところを、相手の方からアジトに案内してくれたことも、今日ツイてる証拠だ。この調子で残りの連中も楽勝だろう。
刻印装の肘を曲げ、手首を上に向けた。前腕部がカシャンと音を立てて左右に開き、内部構造がむき出しになる。中心部が空洞になっており、そこに釘が三本残っていた。右手で腰のポーチのひとつを開け、入れてあった釘を適当につかんで刻印装の内部にジャラジャラと落とした。前腕部を閉じ、手を握ったり開いたりして動作確認をする。
──問題無し、装填完了。
部屋の奥にある階段に向かうと、二階から降りてくる途中のギャング四人と出くわした。大勢でアジトを攻撃されたと思っていたのだろう、襲撃者がキティ一人であることに困惑している様子だった。
すかさずネイルガンを撃ちまくった。狭い階段に棒立ちしているギャングどもは回避できない。連中は道を開けるように、バタバタと階段から転がり落ちていった。この流れでキティは確信する。やっぱり今日はツイてる、調子が良い、と。そのまま階段を駆け上がった。
二階に上がると、廊下に男が一人いた。
巨漢である。身長は二メートルほどありそうだ。筋肉と脂肪の塊、樽のような体格の大男だった。スキンヘッドで、革鎧を着ている。両腕は刻印装化されていた。こいつがリーダー格だろう。
男の風体を見たキティは思わず尻込みしかけたが、煽るような笑顔を作り、あえて強気に出る。戦うときは前のめりくらいがちょうどいい。
「もしかして、見た目がお肉屋さんみたいだからブッチャーズなの?」
ガシャン、と鈍い金属音を出して、大男──ブッチャーの両腕から、ぎらぎらと鈍く光る幅広の大鉈が現れた。鈍器のようにも見えるが、きっとよく切れるはずだ。だって肉屋だし。
「ここがどこだかわかってんのか?」
「一階にいたやつも同じこと言って──」
ブッチャーが腕を横薙ぎに振りぬく。キティはとっさに階段へ飛び退いた。大鉈が壁をぶった切り、木片が舞った。
キティはネイルガンで反撃する。それに対し、ブッチャーは大鉈で上半身をカバーして釘を弾いた。釘は脚にも当たったが、カンカンと乾いた金属音がするだけで、ダメージは無さそうに見えた。服で見えないが、脚も刻印装化しているようだ。
釘の連射が止まった。弾切れである。これはちょっとマズいかも、とキティは背中に冷たい汗を感じながら苦笑いする。
今度はこちらの番だと言わんばかりに、ブッチャーが腕をブンブン振り回しながら襲い掛かってきた。
キティはきびすを返して一階へ逃げるが、すぐ後ろにブッチャーが迫る。カウンターを飛び越えてその反対側へ移った。足元にはクロスボウを抱えるようにして倒れているメガネ男の亡骸がある。周りには装填用の矢が散らばっていた。
鈍器を叩きつけるような音と共に、カウンターが縦に真っ二つに割れた。木片が飛び散り、大鉈を振り下ろしたブッチャーが目の前に現れる。
その瞬間、キティは前方に飛び出し、ブッチャーの懐に入り込んだ。
また逃げると思っていたのか、キティのとっさの行動に驚くブッチャーの目が見えた。キティは反撃の間を与えず、ネイルガンを相手の胸に押し当て、囁いた。
「やっぱり今日はツイてたよ」
凄まじい炸裂音とともに、刻印装から射出された物体がブッチャーの肉と骨をブチ抜いて背中から飛び出した。貫通した射出体が天井に突き刺さった。
それはクロスボウの矢だった。キティはカウンターに逃げ込んだ時に落ちていた矢を拾っていた。それをネイルガンの射出口から直接内部に装填し、射出したのだ。矢の質量とゼロ距離での射撃によって、ブッチャーの革鎧を撃ち抜くことができたのである。
胸を貫かれたブッチャーがゆっくりと仰向けに倒れ、床の埃が舞った。
その場に立っている者はキティ一人だけだった。
部屋の中は静かで、天井に刺さった矢から滴る血の音と、自分の鼓動だけが聞こえていた。だが、血の滴りはすぐに聞こえなくなり、だんだんとキティの呼吸も落ち着いてきた。
脅威を完全に排除したキティは、ふう、と息を吐いて胸を撫で下ろす。
「こっそり盗んでこいって話だったけど、ぶんどってくる方がやっぱり早いよね」




