26 依頼達成
キュリオンの話が終わった。喉が渇いたのか、お茶を一気に飲み込み、むせこんでいた。アッシュは表情を変えず、円卓をじっと見つめている。
理解できない。いや、理解したくなかった。キュリオンが言っていることの何もかも。キティは震える手を押さえながら、絞り出すかのように言った。
「人工的に生み出した……?」
「さっき言った通りだ。時間も費用もかかり失敗続きだったが、その甲斐はあったよ」
「失敗って……」
「まず、母体が耐えられないケースがあまりにも多かった。生産に成功しても、今度はその個体がつぶれしまう。材料や素体はいくらでも手に入ったが、なかなか苦労したよ。彼は数少ない成功例だ」
「そんなことが許──」
「倫理や道徳の話をしようと言うのかね? 認められるわけがないと。ふむ。確かに、そういう解釈もあるだろう。そして、それも『仮説』だ。『検証』が必要な」
キュリオンがにっこりと笑った。自分の好きなことを話すのが楽しくてたまらない、と言うような顔だ。
少し前のキティだったら、キュリオンの言ったことをただの悪趣味な妄言や空想だと思って聞き流していただろう。しかし今は、ルシェの能力を目の当たりにしたあとだ。キュリオンが言ったことは事実だと思わざるを得なかった。
強烈な吐き気。この男がやってきたことを想像しかけ、すぐに思考を止めた。全身が震えている。母体が耐えられないケース。こいつは戦争が起こる前から研究を──ダメだ、考えるな。〈アストラル〉。『色のない部屋』。母体。個体。材料。無理だ。どうしても、誰に何があったか、どんな暴虐があったかを想像してしまう。涙が零れ落ちた。
この男は狂っている。なぜだ。なぜ、そんなことができる。意味がないだろ。どれだけ犠牲を払って、何が得られるというんだ。
『仮説を立ててしまった。次に取る行動は自動的に決まる』
違う。この男は狂人ではない。機械だ。スイッチを押したら設定された動作を自動的に実行する機械。必要最低限の部品だけが入っている、側だけ豪華なスカスカの機械。
恐怖。それをキティは感じていた。目の前で嬉々として研究を語る者が、ただの空虚な機械であるという現実に恐怖した。そんな機械が、シティの支配の一端を担っているという現実。
「おや、時間だ。先に失礼するとしよう。後のことはアッシュに」
そう言ってキュリオンは部屋から出ていった。
アッシュはため息をついて、口を開いた。
「やはりお前は〈ナイトギルド〉向いていない」
「……今の話を聞いて、何も思わないの?」
「何も」
「どうかしてる。あいつも、アンタも」
「キュリオンが言っていることは所詮、空想だ。俺たちは現実と向き合って生きている。関係のないことだ」
「あいつが生み出した犠牲もルシェも空想だと? ふざけるな!」
「『契約』だ。俺たちと貴族との間にあるものは。それだけが現実。それ以外は物語の背景、舞台設定にすぎない。『ルシェ・トートリープ』がどういう存在なのかなんて、〈ナイトギルド〉の仕事には関係がない。任務を受けたら、自動的に片づけるだけだ」
「機械だ。お前たちは。ただの道具、刻印装と同じだ!」
キティは立ち上がって叫んだ。涙を目に浮かべて。
シティにあこがれて〈ハイブ〉を出てきた。その時はまだ子供だった。『なんだかキラキラしてそうで良い』くらいの感覚だった。シティには戦争の英雄〈ナイトギルド〉もいる。スラム出身なのに、もしそんなところに行けたのなら、カッコいいじゃん、私。
それが、こんな空虚で残酷な機械だったなんて。まるで、ピッタリと噛み合った歯車のように、狂った機械が単調に回り続ける。そんな世界だったなんて。
「俺たちはそれで構わない」
アッシュがつまらなそうに言った。
後方で扉が開いた。振り返ると、二メートルを超える異形の人形女──全身が刻印装化された傭兵、ラスト・〈ザ・ガラスドール〉が部屋に入ってきた。
白銀の髪を優美に揺らしながらこちらへ歩いてくる。下半身の球体関節の動きは滑らかで、体幹を一切ぶらさず、まるで床の上を滑るような足取りだった。そしてテーブルの傍で立ち止まると、端正な白磁の顔面をアッシュへ向けた。
《アッシュ、終わった? だったら〈ギルド〉に戻ろう》
刻印装で発せられた冷たい声が部屋に響いた。
「キティ、選択肢は二つだ。報酬を受け取り、シティに移って〈ナイトギルド〉へ加入するか。それとも報酬を拒否して、今回の依頼を無かったことにして旧王都へ戻るかだ」
《もちろん、〈ナイトギルド〉へ加入すれば、報酬に加えて今よりも高度な刻印装が貴族から提供されるよ。フフ》
ラストがそう告げると、腕から一本だけ杭を分離して、その周りでクルクルと回し始めた。キティとルシェがやっていたのと同じ物体操作だった。
キティは円卓を見た。そこには報酬金、シティへの居住権、〈ナイトギルド〉への登録権がある。
受け取れば、自分はシティの機械になる。受け取らなければ、今までと同じ生活に戻る。
それでいいのだろうか。どこか違和感があった。
そうだ。この報酬を受け取るかどうか、そのどちらかを選ばなければならないというこの状況自体が、まるで機械の動作のようではないか。
二つに一つ、その分岐だけを選び続けることなんて、機械にもできる。
──私は機械にはならない。
──お前らが用意した選択肢なんて、そもそも選ばない。
──私は私だけの、私だけが選べる道を進む。
──機械には少しも理解できないだろう。
キティは生身の方の腕を円卓に叩きつけた。そして、報酬金だけを握りしめた。
「依頼が無くなったことにはしない。でも、お前らと同じ機械にもならない」
ラストは首を傾げている。その顔面は陶磁器製で表情は無いが、不思議がっている様子だった。
「……外まで送ろう」
アッシュが、呆れたようにため息を吐いて立ち上がった。
アッシュとラストに連れられ、〈トートリープ・パレス〉のエントランスまで戻って来た。外に出たところで、アッシュが声をかけてきた。
「自分が何をしようとしているのかわかっているのか、キティ」
少し意外だった。この機械にはさっきの選択の意図がわかったらしい。
「私を気にしてくれるの? アンタが?」
「ふざけたことを言うな。理解できないだけだ」
「さっきは散々『関係がない』とか、言ってたくせに」
おちょくるように言ってやると、アッシュは少しイラついたような表情して口を閉じた。ラストは話に付いていけないようで、首を傾げている。二人の様子を見たキティは、ニヤリと口角を上げて言った。
「どうなるかはわからないけど、やるだけやってみるよ。上でアンタたちを一発殴れたのも気分良かったし」
「……馬鹿げてる」
《ねえ、何の話?》
ラストはやはり要領を得ていないようだ。アッシュはため息を吐いて、キティを諭すように言った。
「確かに、チャンスはあるだろう。だが、すぐに〈ナイトギルド〉に依頼が来るぞ。そして、キュリオンは俺とラストのことを気に入っている」
「じゃあ、また会えるかもね」
そう言うとキティはアッシュたちに背を向け、〈パレス〉から離れていった。途中で振り返ると、アッシュは口を結んだ表情のままこちらを見つめ続けていた。ラストは能天気に『バイバイ』と言って片手を振っていた。
旧王都に向かって歩いていくと、巨大なアーケードに入った。天井はアーチ状のガラス張りで覆われ、床一面には幾何学的な模様が描かれている。旧王都の大通りや〈ハイブ〉とは対照的に、何もかもが完璧に統制された空間だとキティにも理解できた。
〈真昼の街〉とはよく言ったものだ。どの店もまるで自分こそがこの通りの主役であると主張するかのように光り輝いていて、そこを行き交う人々も負けじとキラキラした服や刻印装を身に着けている。星空を見上げなければ今が夜だと気づかないほど、すべてが明るく照らされていた。
その中で自分だけが、ゴミのような恰好をしている。
キティは街行く人々の白い眼差しに耐えながら歩き続けた。そしてある店が目を引き、そこで立ち止まった。それはブティックだった。ショーウィンドウの中にマネキンが数体いて、どいつもこいつも気取ったポーズをとっている。着ているのはきっと、バカ高い服だ。値札なんてどこにもないが、キティは一目見てそう思った。
そのうち一体の正面に立ち、ガラス越しにまじまじと見た。そいつは赤いタイトドレスを着て、毛皮のコートを羽織っていた。靴のヒールはボウガンの矢みたいな形状で高さもあり、ほとんどつま先立ちの姿勢だ。
〈ナイトギルド〉に入って、シティに移り住んだ自分の姿を想像してみた。稼いだ金でマネキンと同じ服装を買い、新しく買ったその服で身を包み、また次の仕事に向かう。そしてクライアントの貴族に、こう言うのだ。
「ハアイ。〈ナイトギルド〉のキティよ。キティ・〈ザ・──、ぷっ」
つい、キティは吹き出してしまった。我慢しようとしたが、どうしても笑いが止められなかった。
ダメだ、おかしすぎる。気取りすぎだって。だいたい何だよこの服? ドレスは鼠径部のラインが見えるほどピッチピチで動き辛そうだし、コートは襟の毛皮が首に当たって痒くなりそうだ。靴は論外。試着するまでもないな。まあ、多分させてくれないと思うけど。そして何よりも──
「全然似合わないな」
そう呟くと、キティは晴れやかな表情になって再び歩を進めた。さっきよりも、その足取りは軽くなっていた。せっかくだからと他の店も見物しながら歩き続け、アーケードを抜けた先で振り返った。
遠くに巨大な貴族の塔〈パレス〉が見える。シティ全体を照らすその姿を離れたところから見たキティは、アッシュに連れてこられた時、何を連想したかを思い出した。
「監視塔だ」
そして〈パレス〉に背を向けたキティは、そのまま旧王都の暗がりに消えていった。




