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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
3章

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25 依頼主の貴族

 馬車から降りると、目の前に巨大な塔がそびえ立っていた。

 塔の周りにも背の高い建物が並んでいるが、それは頭一つ抜きんでていた。〈ハイブ〉ほど大きくはないが、シティの建造物らしくこちらの方が洗練された見た目だ。塔の壁面は黒光りする石のような材質で構成されていて、壁中に強烈な光を放つ照明が取り付けられており、それが上の方まで続いている。まるでシティ中の建物を上から押しつぶすかのように輝いている塔だった。

〈トートリープ・パレス〉──シティを支配する大貴族、トートリープ家の本拠地。

 キティは〈パレス〉を見た時、何か連想するものがあったが、それが具体的に何なのか思い出せなかった。

 アッシュに案内されて〈パレス〉に入った。エントランスの天井は高く、床一面が漆黒の大理石になっていた。上質なスーツを着た男女が行き交っている。何人かは珍しそうにキティを一瞥したが、大半は気にするそぶりも見せず通り過ぎていった。人がいる割にそこは静かで、彼らの硬質な足音だけがかすかに響いていた。

 奥に進み、宝石箱のような内装の昇降機に乗って上階へ移動した。

 目的の階に到着すると、目の前を一直線に続く廊下と絨毯が現れた。廊下の奥には装飾の施された両開きの扉があり、他に部屋や通路は無いようだった。廊下を進み、奥の扉から広い部屋に通された。

 そこは華やかなレストランのような場所だった。中央に純白のテーブルクロスが掛けられた円卓があり、一人の男がお茶を飲んでいる。他に客はいないようだ。


「着いたようだね、アッシュ・〈ザ・パペットマスター〉。そして今、研究所からも連絡を受けた。ラスト・〈ザ・ガラスドール〉が彼を収容してくれたようだ。これで君たちの依頼は完了だ」


 男がにこやかな表情で言った。

 異常に癖の強い黒髪を横に垂らした、細身の男だった。髭はきれいに剃っているようだが、目の下に大きな隈があり、土気色の肌をしていて、全体的に清潔感の無い顔つきだ。一方で、その姿は光沢感があるブルーのスーツに包まれている。まるで幽霊が晴着を着ているのような、ちぐはぐな印象の男だった。


「私がクライアントのキュリオン・トートリープだ。掛けたまえ。報酬を渡そう」



 円卓にキティとアッシュがついた。

 キュリオンはしきりにお茶を飲んでいて、やたらむせこんでいる。キティが貴族に会うのは初めてだった。貴族はみんなこの男のように変人ばかりなのだろうか。アッシュは相変わらずつまらなそうな顔をしていた。


「まずは報酬を。アッシュがスラムの傭兵を使うと言ったときにはどうかと思ったが、その判断は正しかったようだ」


 装飾のされた箱と書類が差し出される。キュリオンは箱を開いて中を見せた。中にはキティが見た事の無い額の金が入っていた。残りの書類はシティへの居住権と〈ナイトギルド〉への登録に関係するものだと説明された。

 報酬を目の当たりにしても、複雑な心境だった。キティはこの報酬を求めて依頼を受けたが、〈ハイブ〉でそれを裏切るような行動を取った。それなのに、今こうして報酬を受け取れる状況にいる。

 そんなキティの様子を気にも留めず、キュリオンは上機嫌で口を開いた。


「さて、ここまでの経緯について直接君の口から聞きたいことがあるのだが、いいかな? ふむ、では教えてくれたまえ。君とルシェが協力して〈ハイブ〉内を生き残ったというのは本当かね?」

「そう……だけど」

「ほう! それは君から協力を申し出たのか? それとも彼から?」


 キティは眉をしかめた。意図が分からない質問だったからだ。裏切り行為を咎めようとしているのだろうか? いや、それなら報酬は出さないはずだ。


「最初はルシェの方から。義手の制御を奪われて脅される形で。それでも協力することになったのは私の意思」

「彼がそんなことを! それは驚きだ! 素晴らしい!」

「……どういうこと? ルシェが〈ウィズ〉の能力を持つことは知っていたんじゃ?」

「フフ。そこではないよ。驚いているのは、彼が『提案』をしたことだ!」


 キュリオンは意気揚々としているが、どこか違和感があった。一見するとその様子は、子供の成長を喜ぶ父親のように見える。だが、その喜び方はまるで、くじ引きの当りを引いたかのようでもあった。


「彼は他人と交渉できる存在として作られてはいない。だがこの二週間では想定外の行動を取っていたわけだ。このデータには非常に価値がある!」


 キュリオンの発したある言葉に、キティは引っかかるものを感じた。そしてそれを脳裏で反芻し、背中に冷たいものを覚えた。聞き間違いではないかと信じながら、キティは目の前の男に訊き返した。


「作られた?」


 一方のキュリオンはきょとんとしていた。質問されたこと自体を不思議がっている。そんなこともわからないのか? とでも言うような顔だ。


「彼のような体質の人間が自然に生まれてくると?」

「どういうこと? そもそも、ルシェは何? なぜ体内に霊石が?」


 アッシュが小さくため息を吐きながら腕を組んでかぶりを振った。

 ──お前は〈ナイトギルド〉失格だ。

 そう言っているように見えた。

 キュリオンは嬉々とした表情になり、キティの方を見つめる。


「聞きたいかね? 彼がどんな存在なのか、どういう発想で生み出されたものなのかを」


 テーブルの上で両手を合わせたキュリオンは、まるでこれから物語を始めるかのような口調で、こう告げた。


「『色のない部屋』だよ」


     ◆


 考えてみたまえ。『色のない部屋』だ。

 その言葉通り、そこには色が存在しない。白と黒だけだ。その部屋にいる者は自分の身体の色すら正しく認識できない。モノクロのシルエットが見えるだけだ。

 そして次に、その部屋で生まれ育った人間がいるとしよう。その人間は当然、色を見たことがない。そして、外の世界に色が存在していることすら知らない。そんな人間だ。

 そんな人間が生まれて初めて部屋の外に出るんだ。どうなるだろうか? ドアを開けると、太陽の光、空の青さ、草木の緑、自分の肌の色を初めて目にする。どうなるだろうか? 感動? 歓喜? 悲嘆? 困惑? 無関心? 絶望? 何かしら精神的な変化があるだろう。だが、それが何かはここでは問題ではない。『変化がある』ということが重要なのだよ。部屋から出たその人間は、その『変化』を抱えたまま、外の世界で生きていくんだ。

 次に出てくるのは、元々外の世界に住んでいた人間だ。我々と同じように、生まれた時から色に囲まれ、色の存在を理解している人間だ。

 ここまでは前提条件、設定だよ。ストーリーはここから始まる。

 そんな二人を比べてみよう。比べてみるのは、『二人は世界をどう認識しているか』ということだ。

 前提条件として、二人は『色のない部屋で育ったかどうか』という違いがある。この違いが『世界の認識』に影響があるかどうかを考えてみるんだ。

 もちろん、そんなことはわかるわけがない。『色のない部屋』など実在しないし、実験しようとしたところで、どうしても色は見えてしまうからだ。思考実験で哲学的に結論を出すことはできても、それは事実とは言えない。

 それでも私は仮説を立てた。私の仮説は『色のない部屋を出たかどうかは、世界の認識に影響がある』だ。二人は同じ色を見たとしても、その見え方は違うはずだ、と私は考えた。部屋から出た人間は『白黒の世界に色がついている』と感じるはずだ。一方、外で生まれ育った人間は『それが当たり前のもの』として感じるだろう。

 私は研究者だ。『研究』とは何か? それは『仮説』を立てて、その仮説を『検証』し、『結論』を出す、という行為だ。

 私は研究者だ。その私が『仮説』を立ててしまった。次に取る行動は、自動的に決まる。

 そう! 『検証』だ! そのためにルシェを作ったというわけだ。

 ……何の話かわからない? ふむ。

『色のない部屋』、その結論のために、『隠喩メタファー』を使って検証することを考えたんだ。

〈アストラル〉だ。『色』を〈アストラル〉に置き換えれば検証ができると私は思いついた。

 知っての通り、我々は霊石を使って〈アストラル〉の情報を基底現実にダウンロードすることができる。かつては魔法陣、今ではルーンという形でね。それは人類が文明を発展させていく過程で獲得された技術だ。

 つまり、我々は〈アストラル〉を知らない状態からその存在を知ったことになる。どういうことかわかるかね? 我々は、『色のない部屋から出た人間』なんだ。

 であれば、その逆。『色のある世界で生まれた人間』、生まれた時から〈アストラル〉と繋がっている存在を人工的に生み出せばいい。

 それがルシェだ。

 生まれる前──母体の状態から霊石を投与し続けることでついに生み出すことのできた、〈アストラル〉の存在を前提として世界を認識する者。

〈アストラル・ゲイザー〉。それがルシェだ。

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