23 二人目の騎士
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないの?」
蒸気機関車に乗って少し経ったあと、ルシェに声をかけた。列車に揺られて手持ち無沙汰だったからということもあるが、この先のこともあるし、ここで一度状況を整理するべきだとキティは考えていた。
「……何から話せばいい?」
「なぜ〈ハイブ〉に?」
「地下通路を通ってシティから逃げるためだ」
「それはもう聞いた。私が聞きたいのはそこじゃない。誤魔化さないで」
キティが眼差しをまっすぐルシェへ向けて訊きなおした。それを受けたルシェは逡巡したあと、口を開いた。
「父さ……キュリオン・トートリープは、僕を使って霊石と〈アストラル〉の研究をしていたんだ」
「で、その研究所から逃げてきたと」
「そう」
そんなことだろうとは思っていた。結果的に実在したが、〈ハイブ〉に入って存在するかもわからない地下通路を探そうだなんて、どう考えても命がけの蛮行だ。であれば、そのリスクを負うだけの理由があったというわけだ。
「協力者の……エルス? っていうのは?」
「同じ研究所にいた。〈ウィズ〉だ」
「それはつまり──」
「僕と同じで体内に霊石が満たされた、生まれた時から〈ウィズ〉の能力を持つ女の子だ」
「今はシティの外に?」
「いるはずだ。僕より先に逃げた。その後で、僕が逃げるのを手伝ってくれた。〈ハイブ〉に入ってからも、最初のうちは〈アストラル〉を通じて連絡ができていたんだ。なぜか今は通じないけど。でも、彼女はシティの外で待っているはずだ」
キティはもどかしさを感じていた。数日間とはいえ、ここまで一緒に行動してきたし、協力してフュリアスとイコライザーを倒すことができた。あとはシティから脱出するだけだ。出会い方は最悪だったが、信頼関係は築けたはずだと思っていた。
しかしここまで来ても、この少年は訊いたことにしか答えてくれない。
「一番訊きたいのは、アンタのことなんだけど」
霊石は別の次元──〈アストラル〉との接点だ。ルーンは〈アストラル〉から情報を引き出し、基底現実に物理現象を起こすための通路となる。そして〈ウィズ〉は〈アストラル〉を通じて別のルーンに干渉することができるが、その能力は脳や神経を高度に刻印装化しなければ得ることができない。
ルシェは体内が霊石に満たされているため、ルーンを使わず直接〈アストラル〉に接続できる。
なぜそんな人間が存在するのか。
「それは──」
その時、雷鳴のような轟音がした。同時に二人の身体がふわりと宙に浮きあがった。
一瞬だけ浮かび上がった直後、勢いよく床に叩きつけられた。耳をつんざくような強烈な高音が響き、車両がめちゃくちゃに揺れた。バランスが取れず床や壁に何度も身体を打ちつける。
やがて揺れが収まった。ガンガン揺れる頭を抑え、身体中の痛みにこらえながら身を起こし、そして気が付いた。
機関車が止まっている。さっきまでガタンゴトンとうるさかった車両が沈黙しているのだ。同様に蒸気機関のルーンも停止している。
ルシェも列車内で転んでうずくまっていたが、顔をしかめてゆっくりと起き上がり、そしてしゃがみこんだ。
「キティ……何が?」
「わからない。怪我はないか? ルシェ?」
「ぶつけて体中痛いけど、なんとか動ける」
「わかった。ここでじっとしてて」
キティも起き上がるのは辛かったが、今は何が起きたか確かめねばならない。先頭車両を見ると、レインが頭から血を流して倒れていた。駆け寄って様子を確かめた。
「レイン! 大丈夫か!? 何が起きた!?」
レインは返事をせずぐったりしていたが、息はある。気を失っているようだ。体を確かめてみると頭を切った以外に大きな怪我はなさそうだった。
「ルシェ、レインをお願い!」
キティは車両から降りて状況を確認した。異常があったのは先頭車両のようだ。車輪が脱線して進めなくなっている。走ってきた線路を見たがそちらは問題ない。脱線した時の損傷はあるが、鉄柱そのものが途切れているわけではなかった。原因がわからない。車輪をよく見ると、奇妙なものがあった。
黒くて細い、杭のようなものが車輪に突き刺さっていた。長さは三十センチほどだ。見たところ金属製のようだが、何かの部品だろうか。しかし、発車前の機関車にこんな部品は付いていなかったはずだ。であれば、この杭が車輪に刺さって脱線した、とみていいだろう。
この状況をから考えるなら──
「キティ! レインは無事だ! 怪我は軽い! 気を失っているだけだ」
「下がってろ! ルシェ!」
先頭車両の明かりが照らすその先に、人影があった。
その人影は女性のよう見えた。身体のラインが浮き出る黒い服装に身を包んだ、細身で背が高い女だ。レインよりも高い。
いや、高すぎる。遠近法を考慮しても、目測で二メートル五十センチほどあるように見えた。規格外の高身長だ。
キティは目を細めて、女の顔と姿を見た。そして息をのんだ。
その女は人形だった。顔は純白の陶磁器でできていて、表情の無い端正な顔立ちだ。白銀の絹のような髪がさらりと腰まで伸びている。黒い服装だと思っていたものはすべて、鋭い流線型のメタリックなフレームだった。甲冑のようにも見えたが、女性の身体を模した造形をしている。関節部には球体のようなものが挟まっており、動かせるようになっている。
仮面を被った女かとキティは思ったが、おそらく違うだろう。身長だけでなく体の構造、腕や足の長さのバランスも、明らかに人間ではない異形の存在だった。どう見ても人形だった。
状況からすると、この人形が脱線に関係あると考えていいだろう。
キティは刻印装を起動した。釘を腕の周りで回転させ加速し、人形女に向けて発射体勢をとった。
《それは止めたほうがいい》
人形女が声を発した。その声は女性のようだったが、どこか違和感のある声だった。人間の喉から出るようなものではなく、楽器や機械が生み出す音のように聞こえた。口の部分が動くようになっていて、そこから発せられていることが分かった。よく見ると眼球の部品もわずかに動いているようだ。キティがあっけにとられた時──
金属を勢いよく打ちつけたような音とともに、キティの刻印装に衝撃が走った。
ぎょっとして刻印装を見るとそこには、車輪に刺さっていたものと同じような黒い杭が突き刺さっていた。刻印装が機能を停止し、発射を控えて回転していた釘がパラパラと地面に落ちた。
車両の方を見たがそちらには杭が残ったままだ。何が起きたのか理解できなかった。
「刻印装だ……」
車両から降りてきたルシェが、大きく目を見開いて言った。その顔は青ざめており、信じられないものを目の当たりにしてしまった、という恐怖に満たされていた。
「何が──」
「全身が刻印装でできている……頭の中、脳以外を全部……そんなことが……」
ルシェは震える手で人形女を指さして告げた。
「あれは人間だ」
《対象を見つけたよ。確保、するね》
人形女が機械音声を発し、左腕をあげた。すると、ガラスにヒビが進展するかのような不快な音と共に、その腕がこちらに向かって伸び始めた。だが、すぐにそれは違うと気づいた。伸びているのではない。腕が細かく分解されて、バラバラの姿に変化している。無数に分解された腕の欠片はその場で静止した。
次の瞬間、腕の欠片がキティたちに殺到した。まるでコウモリの群れのような動きだ。欠片は二人の目の前を覆い尽くすかのように並び、再び静止した。そして、欠片の正体が判明した。
欠片はすべて黒い杭だった。車輪やキティの刻印装に刺さっているものと同じものだ。何十本もあるその鋭い先端が、脅しをかけるようにキティとルシェへ向けられている。二人が動くそぶりを見せれば杭はどういった挙動を見せるか、簡単に想像できた。
「──僕がやる」
ルシェの髪が薄く光った。〈ウィズ〉の能力で人形女の刻印装を攻撃するつもりのようだ。
その時だった。
「があっ……! か……!」
ルシェが身体をのけぞらせ痙攣し始めた。敵の杭は止まったままで、まだ何もされていないはずだが、苦悶の表情を浮かべている。やがてプツン、と糸が切れたかのようにルシェの身体から力が抜け、膝をつきその場で動かなくなった。
「ルシェ!」
「本当に身体が霊石で満たされているとはな」
人形女のさらに奥から男の声が聞こえた。聞き覚えのある、弦楽器のような美声だ。そして、暗闇の中から声の主が現れた。ブロンド髪で高級そうな白いコートに身を包んだ、両手が陶磁器製の刻印装の青年だ。
その男は片手を胸のあたりまで上げて、指を小刻みに動かし続けていた。まるで、糸につながった操り人形を動かしているかのように。
「ご苦労だったね、キティ。だが、ルシェ・トートリープを連れてくるのはあの酒場だったはずだ」
「アッシュ……」
ルシェを確保する依頼を持ってきたクソムカつく貴族の使い。そいつがどういうわけか地下通路にいた。
「ルシェに何を──」
「彼と同じことをしただけさ。俺の刻印装を使って、〈アストラル〉の表層を通じて体内の霊石を攻撃した」
「……お前も〈ウィズ〉か」
ご名答、とでも言うようにアッシュはニヤリと口角をあげた。
「このまま先に進まれるとシティの外側に出られてしまうのでね。急遽、〈ナイトギルド〉から俺たちが派遣されたというわけだ」
そしてアッシュは笑みを浮かべたまま、蔑むような目をキティへ向けて言った。
「アッシュ・〈ザ・パペットマスター〉、〈ナイトギルド〉最強の〈ウィズ〉。そして彼女が──」
《ラスト・〈ザ・ガラスドール〉。よろしくね》
人形女──ラストが残った片手を振って名乗った。




