19 虚無
「君には我々が開発した最新型の刻印装が支給される。そして、君のような傭兵が集められた部隊で、特別な任務にあたってもらう」
一匹狼の傭兵として仕事を引き受けたヴォイドは、貴族の男にそう言われた。戦争が始まって間もない頃のことだった。
貴族の連中なんて、金に汚いブタか洒落臭いインテリのどちらかしかいないと思っていたが、その男は違った。そいつはまだ若そうだったが、やたら鋭い目をした精悍な顔つきの大男で、まるで百戦錬磨の軍人のような見た目をしていた。
「君たちが挙げる成果が影響を与えるのは、戦況だけに留まらない。この戦いが終わった後も非常に重要な意味を持つ。君たちの戦闘を通じて得たデータは、今後の刻印装の研究開発に活用され、さらなる戦力の礎となる。もちろん、相応の報酬は用意しよう」
そして、ヴォイドは刻印装化を済ませて部隊へ入った。支給された刻印装は、見たことのないルーンばかりで構成されており、これまた目を見張るような圧倒的戦闘力を持つ代物だった。部隊には二十人の仲間がいたが、全員にそれぞれ異なる特別製の刻印装が渡された。
部隊では〈激昂魔〉と呼ばれた。それは、敵へ一直線に突っ込んでいくヴォイドを皮肉ったものであると同時に、仲間からの敬意と信頼も込められた名前で、彼自身もそう呼ばれることを気に入っていた。他の仲間にも皆、それぞれの呼び名があった。
ホールとは部隊で知り合った。〈均す者〉と呼ばれていた男だ。初対面の時は陰気臭くて苦手なタイプだと思ったが、話してみると妙に馬が合い、ともに行動することが多くなった。
最初の任務の直前、貴族の男が部隊の全員に対して告げた。
「覚悟はできていると思うが、君たちが投入されるのはどこも激戦区だ。国王側の〈騎士〉が防衛する拠点。そこを重点的に攻撃してもらう」
張り合いのない仕事だと思っていた。部隊に支給された刻印装は全て最先端のものだったし、貴族側にいる〈ウィズ〉の攻撃で、国王軍はルーンをろくに使えない。他の戦地がそうだったように、一方的な戦いになるとヴォイドは甘く見ていた。
戦場は地獄だった。〈騎士〉は、生身であるにもかかわらず刻印装部隊と互角に戦った。〈騎士〉の戦い方は狂気の沙汰だった。やつらはどれだけ傷つき、身体を引き裂かれても、引き下がらずに戦い続けた。武器を失っても、潰れた拳で殴りかかり、飛び出た骨を突き刺してくる。頭を叩き潰さなければ死なない、そんな奴らだった。
貴族側の予想以上に国王軍は抵抗し、戦況は長引いた。ヴォイドたちは何度も何度も、地獄へ向かい、〈騎士〉と戦った。
「君たちの任務はすべて終了した。戦いは終わった」
ある日、貴族の男は部隊へそう告げた。どちら側が勝利したかは言わなかった。言うまでもないだろう、という態度で淡々と報酬について説明すると、すぐにきびすを返してその場を去っていった。
戦争がどうなったかなんてどうでもいい、とヴォイドは思った。仲間はもう、数人しか生き残っていなかった。皆、抜け殻のようになっていた。
報酬を受け取るには条件があった。技術と戦闘データを回収するため、支給した刻印装を貴族に返せ、というものだった。返却した後は汎用の刻印装が支給されるとのことだ。
ヴォイドは自分の両腕をじっと眺めた。報酬と引き換えに渡せと言われた、赤黒い染みのついた鋼鉄の刻印装を。そして考えた。この腕は戦場で、敵と味方と自分の血を吸い続けた、世界にたった一つだけの刻印装だ、と。確かに元々は貴族のものかもしれないが、今は自分の血肉と化している。それを寄越せって?
ヴォイドはその条件と報酬を拒否した。生き残った仲間たちも同じ選択をした。その時、抜け殻だった仲間たちとの間に何かが満たされるような感覚があった。失ったものを取り戻したかのような感覚が。
軍を離れると、すぐに貴族は刻印装を取り返しにきた。
ヴォイドたちのように高度な刻印装化をした傭兵部隊──〈ナイトギルド〉が派遣された。終戦後に組織された〈ナイトギルド〉の刻印装は、ヴォイドたちのそれよりも強力かつ洗練されていた。戦いを通じて、やつらがかつて戦った〈騎士〉の成れの果てであるということも知った。
仲間が次々と殺され、ヴォイドとホールだけが国外へ逃げおおせた。二人は偽名を使い、刻印装を簡素なものに取り替え、正体を隠して静かに暮らした。
そして、数年の月日が過ぎた。
酒場で飲んでいると、隣のテーブルで「戦争中にも〈ナイトギルド〉のような、特別製の刻印装化部隊があった」という話をしている男がいた。それを聞いて、ヴォイドは自分たちが所属していた部隊の話をしているとすぐに気づいた。ホールは無視しようとしたが、ヴォイドは話を聞きに行った。もちろん、何も知らないフリをして。
「本当にそんな部隊が?」
「ああ。当時の貴族軍の切り札だったらしくてな、〈騎士〉と戦っていたのもそいつらだ」
「〈騎士〉ねえ……」
ヴォイドは表情を隠すかのようにグラスを傾けた。
男はニタニタ笑いながら、話を続ける。
「でもよ、そいつらは貴族の連中から、何て呼ばれていたと思う?」
その時まで、ヴォイドは自分たちがどういう存在だったのかを知らなかった。
「〈切り屑部隊〉だ。金属を削り出すときに出るゴミだよ。わかるか? 削り出されたのが〈ナイトギルド〉ってわけだ。そいつらは使い捨ての実験部隊だったんだよ」
ヴォイドは〈ナイトギルド〉との戦いを思い出し、気づいた。やつらの能力は戦場で死んだ仲間の刻印装技術がベースになっていたということを。
そして、貴族の男が言っていたことを。
『君たちの戦闘を通じて得たデータは今後の刻印装の研究開発に活用され、さらなる戦力の礎となる』
ヴォイドは大声で笑った。笑いが止まらなかった。最初から自分たちは〈ナイトギルド〉を生み出すために戦場へ投入されていたのだ。
怪訝な顔をしている男に続けて訊いた。
「それで、何でお前はそんなに詳しいんだ?」
「俺は当時、貴族側の兵士だったからな──」
ホールがその男を殴り殺した。殺した後も、汎用刻印装の指をへし折りながら殴り続けた。ヴォイドは笑いながらその様子を見ていた。腹を抱えて、目に涙を溜めて。
お笑いだ、何もかも。イカした刻印装も、クソみたいな戦場も、報酬を断った時に芽生えた絆も、全部、酒場のジョークだったんだ。これが笑わずにいられるかよ。
そしてヴォイドとホールは元の刻印装に取り替え、旧王都へ来た。
つまらない生活は終わりだ。面白ければ何でもいい。誰をどうするか、これからどうなるかなんて、知ったことか。
どうせジョークはまだ続いているんだ。
◆
瓦礫の中から拳が突き上げられた。そしてその瓦礫の小山の中から、全身を埃で汚したフュリアスが這い出し、周りを見回した。
煉瓦の壁で囲われた、出入口が複数ある部屋だ。上を見ると、ガラクタみたいな刻印装の女と戦った部屋とつながっているようだった。どうやら床が崩れて下の部屋に落ちたのだと理解した。
背後で物音がしたので振り向くと、イコライザーが瓦礫の中から這い出てきた。どうやら無事のようだ。
「やりすぎちまったようだ。イコライザー」
「かなりやられてもいるぞ。フュリアス」
フュリアスは自分の両腕を見た。外骨格が剥がれ落ち、骨のように細い腕だけが残っている。拳は無事のようだ、発熱系のルーンが起動できる。こんな状態にされたのは久しぶりだった。
「上には戻れなさそうだな。何だこの部屋は」
「〈ハイブ〉に埋もれていた王城の施設だろう」
「地下通路ってやつか?」
「それはわからん。まずはあの二人を探すとしよう。俺たちより先に部屋を出たようだ」
イコライザーはそう言うと、仁王立ちになって目を瞑った。刻印装からワイヤーが伸びて壁や床につながっている。イコライザーの刻印装の能力。ワイヤーで周囲の音を拾い、頭蓋に埋め込まれた分析系ルーンで索敵をしているのだ。
フュリアスは楽しかった。ここまで手を焼く相手は久しぶりだ。〈ハイブ〉のギャングたちも悪くなかったが、所詮は玩具だ。簡単に壊れちまう。だが、あの二人は違う。女──まだガキだが──は、案外戦い慣れているようだったし、勘もいい。追い詰められた状況で粘り強いのも気に入った。そして小さい方のガキ──男か女かわからん──はなんと〈ウィズ〉だ。刻印装の防壁系ルーンが起動したときは驚いた。なんであんなガキが? と思ったが、まあどうでもいい。ともあれ戦争中は味方だった〈ウィズ〉ともお手合わせができるとは。〈ハイブ〉に来て本当に良かった。
「いたぞ。フュリアス。こっちだ」
イコライザーに案内され、入り組んだ通路を進んだ。通路内も煉瓦造りだ。やはり王城時代の施設らしい。壁には発光系のルーンが配置されていて、道を照らしていた。通りがかった部屋を覗くと、木箱のようなものが並んでいた。
「なんだこれ。倉庫か?」
「そうらしいな。戦争前のものが残っていたか。それとも今の住人が倉庫として使っているかだろう。着いたぞ、あの部屋だ」
そのまま進んで金属製のドアの前にたどり着いた。二人はこの部屋に逃げ込んだらしい。間違いなく。あの二人はここで待ち構えているはずだ。直感的にそう思った。
楽しませてくれよ、そう思いながらフュリアスはドアを開けた。
その部屋も倉庫だった。積まれた無数の木箱が壁になり、迷路のようになっている。二人で迷路を進んでいく。
「これ邪魔くせえな。イコライザー」
「わかっている」
イコライザーが両腕を振った。ワイヤーが舞い、斬撃を繰り出した。周りの木箱がバラバラに崩れ落ちる。箱の中には袋が入っており、さらにその袋から白い粉がさらさらとこぼれ落ちた。
何だこれは? まあ、今はどうでもいい。障害物が消えて、視界が開けた。
「見つけたぜ。子猫ちゃん」
部屋の奥に女がいた。刻印装の周りを何かが回転している。上の階で見たやつだ。小さい竜巻に腕を通しているかのようだった。
女が竜巻をこちらに向けた。フュリアスは両腕を盾にして構えた。
さっきみたいに撃ってこいよ。今度は対処してやるぜ。俺とイコライザーなら──
だがフュリアスの予想に反して、女は何もしてこない。
──あ? 妙だ。女の攻撃がないぞ。
その瞬間、強烈な風が吹きつけられた。その風と共に箱の中の粉が舞い、煙幕となった。煙が部屋中に充満する。フュリアスとイコライザーは煙に囲まれ、視界が途切れた。
なるほど。この煙に紛れて、不意打ちしようというわけか。だが、女の位置は探知できる。こっちにはイコライザーがいる。
「これで目隠しのつもりか! やっぱガキだな!」
フュリアスがルーンを起動。刻印装が赤熱する。
「待て! ヴォイド──」
──閃光。
轟音と爆炎が二人組を包み込んだ。




