16 探索遠征へ
マスターは身を起こして酒場の惨状を見渡した。
切断された死体。潰された死体。焼き切られた死体。まるで死体の博覧会だ。おまけに、死臭のバリエーションも多彩だ。そしてどこからか、血の滴る音と何かがキイキイ振れる音がかすかに聞こえてきて、妙に趣がある。
マスターの心の内には、喜怒哀楽のありとあらゆる感情がブレンドされ、ある種の感動すら覚えていた。優れた芸術作品を鑑賞した時にはこういう感覚になるのだろうか、そんなことを考えていた。まあ少なくとも、目の前に広がっているものは芸術品たりえない気もするが。
一方、フュリアスとイコライザーは死体博覧会開催前と同じ様子で何やら話している。
さっきまで真っ赤に赤熱していたフュリアスの両腕の刻印装は、しゅううう、と音を立てて中から空気を吐き出すと、元の漆黒に戻っていった。どうやら発熱する能力だけでなく、復旧のための冷却機能まで備わっているようだ。
「イコライザー。いよいよ張り合いがなくなっちまったんじゃねーか? こうなっちまうと」
「多分こいつらがヘイズとスカルズの残党だからな。もう襲ってくるやつはいないだろう、フュリアス」
フュリアスは玩具を奪われた子供のようにつまらなそうな顔をしていて、イコライザーはその子供を導く教師のように穏やかな顔をしている。
「もう残ってねーのかな。面白そうなことはよ」
「まだ残っているだろう。貴族の子供だ」
「それだ! そいつを探してみるか。でも、見つけてどうするよ?」
「傭兵の女が一緒にいるという話だからな。おそらく、貴族に子供の探索と保護を依頼されていたのだろう」
「つまり、子供を捕まえて依頼元の貴族をゆすろうぜ! って話か?」
イコライザーは答える代わりに、少しだけ微笑んで頷いた。やっぱり先生っぽいなコイツ、とマスターは思った。
「ん? でもよ、貴族の依頼を受けた女が子供と合流してるのなら、もう〈ハイブ〉には残ってねーんじゃねーか?」
「さっきの話だと『なぜかまだ〈ハイブ〉にいる』らしいな」
そう言うとイコライザーはマスターへ視線を移した。マスターは小刻みにうなずいて返事をする。
フュリアスが会話を続けた。
「そうか。ん? 何でだ? まあ、どうでもいいか。どうやって探すよ? 上層か下層かもわからねーのに」
「『なぜか?』という感覚は大事だぞ、フュリアス。ポイントはそこだ。『なぜ女と子供はまだ〈ハイブ〉に残っているか?』、手掛かりはそこにある」
フュリアスは腕組みをして考え込んだ。ついマスターも一緒になって考えてしまっていた。マスターはふと答えを思いついたが、同じタイミングでフュリアスが口を開いた。
「そいつらも何かを探しているってことだな。イコライザー」
「その通りだ。そして、この〈ハイブ〉で探す対象になるようなものはそう多くない」
「……まだ見つかっていない空間、だな」
「そうだ。もしくは、噂に聞く『地下通路』とかいうやつだ」
二人は目を合わせた。
「「女と子供は下層をうろついている」」
フュリアスとイコライザーはニヤりと笑い、扉の方へ向かった。マスターや展示中の死体には一瞥もしない。少しくらい見ていけばいいのに、そうすればこいつらだって浮かばれるはずだ。マスターは残念がった。
「下層のなるべく下の方を重点的に探す。で、見つけたら掻っ攫っちまう。そうだな? イコライザー」
「そうだ。俺から言うことは何もない。きっと面白くなるぞ。フュリアス」
酒場にはマスターだけが取り残される。
二人組が扉から出ていくとき、フュリアスが「あ、そうだ」と言って振り返り、マスターへ声をかけた。
「また来るから、マスター。店のこと、よろしくな」
二人組が去り、マスターは大きなため息を吐いた。そして、口に手を当てて嗚咽した。涙が止まらなかった。
その理由はただ一つだった。だがそれは、店を任されて感激しているからでも、生き残れて嬉しいからでもなかった。自分の人生の不憫さを嘆いているわけでもない。二人組の仲の良さを羨んでいる? まったく違う。
涙の理由はただ一つ、『死体の片づけが面倒くせえ!』だった。
ひとしきり泣くと、マスターは酒を一杯飲んだ。もう涙は止まっていた。そして、バケツとモップを用意して、仕事に取り掛かった。




