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ジャック・イン・アストラル〜ガラクタと魔術師〜  作者: 羊倉ふと
2章

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14 ふたりは傭兵

〈ハイブ〉の上層、かつて王座の間があった場所は現在、酒場となっている。店の名前は〈キングスグレイブ〉。亡き国王への敬意を込めてか、はたまた皮肉としてつけられた名前なのかは定かでない。

 少なくとも敬意は無さそうだな、と酒場のマスターは思っていた。

 その理由は店の名物にある。店の名物、それはもちろん亡き国王の玉座である。その玉座は、城中の絵画を並べて作った壁で囲われており、さらに椅子が改修されて、今はトイレとなっているのだった。座り心地は最高である。洒落たトイレがある店として評判になり、〈キングスグレイブ〉は繁盛していた。先代のマスターがブッ殺されてしまうまでは。

 今では、カウンターで酒を飲む客が二人いるだけだ。マスターは愛想笑いをしながら、内心では頭を抱えていた。客がいなくなったのも、先代が殺されて、やりたくもない店主の仕事をやる羽目になったのも、目の前にいる二人組のせいだった。


「なんだか張り合いがなくなっちまったなー」


 二人組の片方──ブロンドの短髪で、端正な顔立ちの男が退屈そうに言った。両肩から先が刻印装化されており、その両腕は漆黒で異常に太く、ゴリラのようなシルエットとなっていた。身体を動かすたびに、その重量で椅子がギシギシと悲鳴を上げていた。


「あらかた殺し尽くしてしまったからな。ちなみに、張り合いがない、というのはお前のことじゃないぞ、マスター」


 もう一方の男──黒髪のオールバックで、暗い目をした彫の深い顔立ちの男が言った。こちらも両手が刻印装で、銀色の平たく大きい手のひらから、蟹の爪のような見た目の細長い指が伸びていた。鋭く尖った指先でナッツを器用につまみ、口に運んでポリポリ食べている。

 この二人の年齢をマスターは知らないが、三十代前半に見えた。戦争中は貴族側の傭兵だったという話なので、実年齢もそれくらいだろう。

 退屈そうにしていたゴリラ男がマスターに話しかけた。


「なーんか、面白い話してみてくれよ、マスター? あるだろ、一つや二つ」


 マスターは苦笑いをして「ええと……」と濁した。

 もともと〈キングスグレイブ〉はヘイズの縄張りだったのだが、三か月前にこの二人組が客のギャング共と先代マスターをブッ殺してしまった。不運にも、虐殺中の店前を通りかかったところを『じゃあ、今日からお前が店主な!』と脅されて、働くはめになってしまったのが今のマスターだ。

 蟹男が無表情のまま口を開き、ゴリラ男の言ったことを補足しはじめた。


「下層で妙な騒ぎがあったと聞いた。西区と北区の境だ。何か知らないか? と訊いている」


 そんなところまで話の意図を汲み取れねえよ、とマスターは思ったが口には出さなかった。もし機嫌を損ねるような言動をとったら、前の店主のように八つ裂きにされてしまうのではないかと怯えていた。この二人組が怖くて怖くて仕方がないのである。

 二人組の癇に障らないように注意しながら、マスターは知っていることを話しはじめた。


「なんでも、子供? がグールズに襲われていたみたいで、それを傭兵の女が助け出したみたいです」

「ほー。人助けねー。世の中捨てたもんじゃねーなー」


 ゴリラ男がそう言うと、蟹男は再び補足し始めた。


「グールズが子供を襲うのは問題ではない。そういうやつらだからな。だが、傭兵の女というのは何者だ? 広い〈ハイブ〉の中でたまたま居合わせた、ということは無いだろう。女はその子供を探していたのではないか?」

「どうやらそのようで。噂なんですが、女はシティの依頼を受けて〈ハイブ〉に来たみたいです。子供は貴族の人間らしくて──」


『貴族』という単語が出た瞬間、二人組は黙り込み、妙に重苦しい表情に変わった。場の空気がひりついている。どうやら何かマズイことを言ってしまったらしい。黒焦げになって死んだヘイズのボスの姿が、マスターの脳裏に浮かび、背筋が凍りついた。

 マスターは泣きそうだった。あの日、名物のトイレ玉座を一目見たくて店に近づいただけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。


「で、その女と子供はなぜかまだ〈ハイブ〉にいるみたいです」


 涙目のマスターは間をつなぐように言ってみたが、二人組は相変わらず黙ったままだった。

 やっぱり、ここで死ぬんだオレ。マスターの頬に一筋の涙が流れた。

 つかの間の静寂の後、ゴリラ男が機嫌を直したかのように口を開いた。


「それにしてもよ、客全然いねーのに、よく知ってるな」

「どこでその噂を聞いた? と訊いている」


 それは補足されなくてもわかるよ! とマスターは思ったが、やっぱり口には出さず、質問に答えた。


「お客も来るときは来るんですよ。その……お二人がいない時には。その時に聞いたんです」


 ゴリラ男と蟹男が再び黙り、無表情でマスターを見つめた。

 おっとこれは失言だったかもしれない、とマスターはさっき言ったことを後悔すると同時にこの場でブッ殺される覚悟を決め、これまでの人生を振り返ることにした。楽しい思い出は少なかった。

 すると、店の扉が勢いよく開けられ、武器を持った男女がぞろぞろと入ってきた。

 十数人はいる。見たところ、ヘイズとスカルズの残党のようだ。二人組に組織を壊滅させられた復讐に来たらしい。

 ゴリラ男と蟹男は扉の方を振り向かなかったが、急に騒がしくなった店の様子から、どんな手合いが入ってきたかを察したようだ。二人組は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「なんだよ。客、来るじゃねーか。なあ? 〈イコライザー〉」

「たまには俺たちも店の仕事を手伝ってやるとしよう。〈フュリアス〉」


 ゴリラ男──〈フュリアス〉と、蟹男──〈イコライザー〉がすっくと立ちあがり、入口にいるギャングたちの方を見た。


「おかげ様で」


 マスターはそう言うとカウンターの下に隠れ、頭を半分だけ出して様子を見守ることにした。

 隠れた直後、やっぱり玉座トイレに隠れるべきだったかもしれないな、とマスターは少しだけ後悔した。

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