7話 偉大な魔術師
「私、記憶力が悪いんです……朝の時点では忘れてしまっておりました。」
動揺する様子もなく、アンはそう答えてみせた。
「……アンは記憶喪失を患っていることもあってたまに記憶が不安定な時があるんだ。これは身内を庇いたいから言ってる訳じゃなくて本当のことだよ。」
補足するとリカルドは険しい顔のまま黙り込む。
「都合の悪い時だけ忘れたフリをしている可能性は。」
「そ……そこまでは判断付かないけど……さっきも言った通りアンは屋敷にいて私のことは襲えない状況だったんだってば!
他に絶対疑うべき人がいるはずだって。」
リカルドに「例えば?」と尋ねられ、私は一週間前のことを思い出し
「屋敷を壊した人とか。」
と答えた。
★ ★ ★ ★
私とリカルドと姉は、ほうきで移動しとある大きな屋敷に降り立つ。
「……それ、ほうきっていうか最早バイクだね。」
リカルドと姉の載っていたほうきを見て言う。
前から思っていたのだが、ほうきでの飛行は危険な部分が多い。
手に掴んでおく部分は前の棒しか無いし、座るところも棒一本だから長時間飛行をすると体が悲鳴を上げてくる。
比べて、リカルドと姉のほうきは見た目は完全にバイクそのもの、絶対にこちらの方が長時間乗るのに適しているだろう。
「今どきほうき使ってる人がいることに驚きだよ……それ、魔力調整機能は付いてるの?燃費はどうなってる?」
姉が興味深そうに私のほうきを見る。
魔力……調整機能……?そのバイクにはそんな便利なものがあるとでも言いたげな発言だ。
「あーやめて!そんなのないよただのほうき!ちなみにそのバイクの性能は説明しなくていいから!魔法使いなら木のほうきに乗ってなんぼなの!
ほらさっさと行くよ!」
会話をブチ切って叫ぶ私を見て、リカルドは若干失笑している。
時代遅れの原始人だとでも思えばいい、私は文明の利器など無くても3年間この世界で生きてきたのだから。
「この屋敷は誰のものなの?」
姉が尋ねる。
「ここは……なんか有名人……らしい、『リンドバーグ』って人の別荘。」
「リンドバーグ!?」
名前を聞くなり、驚きの声を上げる姉。
リカルドの目も少しだけ見開かれている所も見ると、やはりリンドバーグは有名人らしい。
訳あって、私とリンドバーグはそこそこ関係が深い。
本当にリンドバーグを疑っている訳ではなく、彼の視点や話を聞きたくて訪問した。
私はゆっくりと大きな屋敷のインターホンを押す。
すると、若いメイドが応対してくれる。
「何かご用でしょうか。」
「私、アルドリリアの弟子なんです。リンドバーグ様がこちらにいらっしゃると聞いて伺ったのですが、現在お話しは可能でしょうか。」
師匠の名前に反応したのか、メイドは焦った様子で「確認致します」と言って屋敷の中に入っていく。
……恐らく、100歳近い老人の魔術師……リンドバーグは師匠の同級生だ。
今は存在しない「ウィザーアカデミー」で学び舎を同じくしており、
師匠同様伝説扱いされている偉大な魔術師……らしいのだが。
リンドバーグと師匠はとても仲が悪い。
顔を付き合わせれば喧嘩三昧、その所以は、リンドバーグの娘から孫に渡って代々師匠の大ファンであり……加えて師匠は女性を見ると挨拶代わりに口説くのでその度に怒りを買っては屋敷を破壊されるのである。
師匠の屋敷に定期的な頻度で攻撃をしにくる魔法使いは何人かいるが、リンドバーグもその中の常連にして、数少ない結界を壊せるうちの一人だ。
(まあ……師匠が悪いな。)
思い返して呆れていると、私達3人は奥の部屋に通される。
そこには、優雅に紅茶を飲む老人の姿があった。
リンドバーグは深いしわが顔に刻まれた老人でありながら、服装はかっちりとしていて髪も几帳面さが伝わるオールバック。
姿勢もまっすぐで、深い緑色の目には生気が宿っており、とても100歳近くとは思えない若々しさを感じられた。
「アルドリリアの一番弟子殿か……数日前にも使いの者がやってきたように思ったが、何用かね?
……後ろの者たちは?聖職者かな。」
低めの渋い声で尋ねられ、私は緊張しながらも
「今日は改めてリンドバーグ様にお詫び申し上げたく、土産の品と共にはせ参じました。
……というのも、いつも私が詫びを申し入れに伺う役だったのですが、体調不良でちょっとその……死んでまして。
起きてから急いで向かった次第です。
後ろの人は私の殺人事件を調べてる人と……一応、罪人です。」
と説明する。
リンドバーグは目も見開いた後に横に置いてあった眼鏡をかけながら目を細めた。
「なるほど、禁術で復活したのか。君が使われた側、捕まっている彼女が使った側……良く見れば後ろの人間はフラべリア教会の服を着ているね。
中々面妖な……」
「リンドバーグ様に、こちらの魔法薬を収めて頂きたく!」
私はおもむろに鞄に手を入れると、ゆっくりと複数の魔法の小瓶を机に置く。
「ほお!これは助かる……!腰痛に効く薬に老眼に効く薬……!やはり一番弟子殿はセンスがいい。
数日前やってきた使いの者はこんな老人が使う筈もない男物の宝飾品ばかり手渡してきてね……受け取らずに帰らせたのだ。」
「気に入って頂けてなによりです!」
リンドバーグと私はこういったやりとりで中々親交がある。
一週間前のことを尋ねても答えてくれるかもしれない。
「リンドバーグ様、今日は謝罪以外にも少しだけお尋ねしたいことがあるのです。
一週間前、屋敷がリンドバーグ様に壊された翌日の夜に私は何者かに殺されてしまったのです。
何かご存知ないかと思いまして……」
恐る恐る尋ねると、リンドバーグは小さく「なんと、不憫な」と呟いた後に考え込む。
「残念だが何も知らぬ。あの日はすぐに帰ったのだ。
フラべリア出身の君達なら知っているね、名門『ウィザーアカデミー』が再び門を開くという話を。」
ウィザーアカデミーが……再開する!?
そういえば先月くらいに、フラべリアの王女のために学校を作るという話は新聞で見た覚えがあるが……
「存じております。リンドバーグ様、校長就任おめでとうございます。」
リカルドが静かに答える。
リンドバーグが校長……当たり前だがかなり熱が入っているようだ。
「その会議があったもので、早々に退散したのだ。力になれなくて申し訳ない。」
言いながら、リンドバーグはカップを静かに置いた。
「あの、もう一つだけ……!私は、何者かに心臓を木の杭で貫かれたのですが……例えば、投擲の魔術以外にも人体を貫けるほどの威力が出せる魔法って、存在しますか?」
一応、視野を狭めない為にも聞いておこうと思ったことを尋ねてみる。
するとリンドバーグは静かに口を開き
「ある。というより、やろうと思えばいくらでも出てきて回答に困るな。
投擲程正確には狙えないが、風の魔術や磁力を利用すれば可能である。」
と答えた。
成程……しかし犯人は正確に胸を貫いたわけだし、やはり投擲を使った可能性が一番高いか。
「ありがとうございました、リンドバーグ様!……あの、でも……できればもう屋敷破壊はしないで頂きたく……」
腰を低くして言うと、リンドバーグは片方だけ口角を持ち上げ
「問題ない、いくら壊しても修復できる設計なのだから」
と答える。
「修復できる……設計?」




