5話 再会
姉の容姿は、行方不明になった時とあまり変わっていないように見えた。
白い修道服に身を包み、柔らかそうな赤みがかった茶髪が風に揺れている。
ガーネットのような深い赤の瞳は、私達を捉えた途端大きく泳ぎ始めた。
リカルドは姉の姿を見るなり、オレンジ色の目をギラリと光らせる。
恐らく、姉が禁術を使ったことに気付いたのだ。
張り詰めた空気が、一気に場を支配する。
「お姉ちゃん、こっち!」
私は咄嗟に姉の前に飛び出すと、手を引いて逃げ出した。
リカルドが追ってこれないように、魔法で木を倒していく。
「待って!真希、駄目だよ止まって!」
姉は焦ったように叫び続ける。
「大丈夫……!お姉ちゃん、私結構強いんだよ!
一緒に……逃げてさ……山奥とかで暮らそう!」
息を切らしながら言うと、姉は「そういうことじゃないの、リカルド君に背中を見せて逃げちゃ駄目!」と訴えた。
(え……?背中……?)
不思議に思っていると、倒された木々をひょいと飛び越え物凄いスピードでリカルドが追いかけてくる。
リカルドはやけに綺麗なフォームでこちらに走り寄ると、私と姉を地面に押さえつけた。
「いった!」
地面に叩き付けられた私は涙目になりながら声を上げる。
「だから言ったのに……」
姉は地面に伏せながら弱々しい声で呟いた。
「あ……ごめん、逃げられると追いかけたくなる癖があって……美希、元気そうで何よりだ。」
リカルドははっとしたように私たちから手を放すとそう言って頭を搔く。
「いいの、逃げたこちらが悪いんだから。ごめんねリカルド君。」
姉は自分で立ち上がると、私に手を差し伸べる。
「……立てる?」
太陽を背にした姉の微笑みは、どこから懐かしく、柔らかい。
姉の手に触れた瞬間、私の頬に涙が伝った。
「お姉ちゃん……!会いたかった……!」
立ち上がると、勢いのまま姉に抱きつく。
知らぬ間に、私は姉の背を越していたらしい。
泣きじゃくりながら抱きつく私の頭を、姉は優しく撫でてくれる。
「もう……相変わらずだな、真希は。」
リカルドは咳払いを1つすると
「再会を喜び合っている中悪いんだけど、美希、君は禁術を使っているよね。色々話を聞かせて貰えないか。」
と言い放つ。
姉は少し私の方を見て「あー……」と唸った後
「うん、大丈夫。あっちで話してもいい?」
と答えた。
……
姉に連れて来られた場所には、簡易のキャンプ場のようなものがあった。
「この1週間野宿してたの?」
リカルドが尋ねると、姉は恥ずかしそうに笑う。
冬とはいえ、この森には木の実も豊富できのこ類も自生している。
植物やきのこの知識があれば1週間は食いつなげるだろう。
全員が切り株に座ると、リカルドが険しい顔で話を切り出した。
「で、どうして連絡が取れなくなったの?」
リカルドの恐ろしい顔を見て萎縮したように肩をすぼめると、姉は
「リカルド君を……待ってました。『禁術特例措置』を余地があることを認めて貰う為に……リカルド君以外の人が来ると困るから、発信器は道に捨てた。」と答える。
「禁術特例措置?」
尋ねると、リカルドはこちらを向き
「やむを得ない事情があった時に限り禁術を使っても問題ないと認められる措置のことだ。
例えば、助けることができた筈の一般人をみすみす殺してしまい、蘇生をした等の場合である。
罪には問われるが、極刑は免れるだろう。」
と解説してくれた。
まさに今のような状況だ。
「でも、師匠はそんなこと……」
「判断が難しい上、国によっては適応外になりうるからね。リトリスにはない法律だ。」
なるほど……それが認められれば姉が断罪されなくて済むかもしれない!
「リカルド君、あのね……大変お恥ずかしいんだけど、私ヴァンパイアの痕跡を探しに森に来ていたの。
そしたら、ドサッと何かが倒れ込むような音がしたんだ。
見たら、真希が倒れてて……」
「手遅れだったから、蘇生を使ったと。」
姉はリカルドの言葉に頷く。
「一番弟子殿は森で何をしていたのだ?」
「黒いローブを着た怪しい人がいるってアンに言われて様子を見に行ったの。
それで、お姉ちゃんに近付いたら急にどこからともなく飛んできた木の杭に刺されたってわけ。」
リカルドの問いに答えると、彼は悩ましそうに唸る。
「その証言が本当であれば、本来美希がここに来なければ一番弟子殿は命を落とす運命に無かったことになる。
裁判で争う余地は出てくるな……」
「そうでしょ!良かった……」
姉は安堵したように胸を撫で下ろす。
「あくまで余地があるというだけだ、身柄は押さえておくよ」
リカルドはそう言って姉の首に触れる。
するとそこから光の輪が現れ、まるで首輪のようになった。
「何それ?」
興味深く覗き込むと、リカルドはふいに立ち上がり遠くに向かい歩きだす。
姉もそれに引っ張られるかのように歩きだした。
「なんか、リードみたい……」
呟くと、2人は戻ってきて「まさに」とリカルドが呟いた。
「2人はこれからどうするの?国に戻って裁判するとか……?」
「もう少し調査を続けるつもりでいる。それこそ1番弟子殿の死亡事件との関連性をもう少し洗い出さなければ裁判で美希が極刑になってしまう。」
その言葉に私は顔面蒼白になってしまう。
「そ、それはまずい!私も捜査に協力する、何でも言って!」
「吾輩、誰かに何かを言いつけるのは好まぬ。」
「……あのね真希、リカルド君には基本命令形でお願いした方がいいかもしれない……」
思い返せば、先刻も横柄に頼むよう促された記憶がある。
「リカルド、『オダ・マキ殺人事件』の捜査に協力して。これは命令だから。」
渋々言うと、リカルドはすぐに「わかった」と返事をした。
(神父の癖に変な奴……)
私はリカルドを見ながら心の中でそう呟いた。




