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3話 エクソシストの訪問

先程の張り詰めた空気から一転、私たちは謎の男とお茶を楽しんでいた。


「あの……お姉様?これは一体……」


アンは戸惑いながら小声で囁く。


「私に聞かれても……師匠のお友達なんじゃない?」


 同じく小声で答えると、聞こえていたのか男は咳払いを1つしてから静かにティーカップを置いた。


「吾輩はリカルド・ブラック。フラベリア教会より参じた神父兼エクソシストである。」


 リカルドと名乗った男は、言いながら聖書を見せてくる。


「フラベリア」……それは、今私たちが住むリトリスの隣に位置する魔法国家。

フラベリア教会は国営で、そこの神父もエクソシストも国家公務員だ。


つまり、この男はかなりのエリートである。


「フラベリアのエクソシストが、どうしてここに……」


 疑問を口にすると、リカルドは一息吐いたあとに「とある人物探しているのだ」と答えた。


「悪魔祓いかい?」


師匠が尋ねると、リカルドは首を傾げる。


「それもそうなんだが……探しているのは魔物を追いかけていた同胞の方だ。

暫く連絡が取れないらしくてね。

リリー、吾輩と同じローブを着た女を見かけなかっただろうか。」


「……!私、見ました!ローブを着た女の人!

もしかして、『美希』って名前じゃないですか!?」


 図星を突かれたように少し目を丸くすると、リカルドは「ああ」と答えた。

やはり……!私を助けてくれたのは、姉なのだ。


「ミキはずっとヴァンパイアを追っていて、1週間程前から連絡が取れなくなってしまった。

彼女の持っていた魔力発信機が途絶えたのが丁度この辺りで……吾輩が調査に来た次第であった。」


 ヴァンパイア……師匠のようなエルフもいるのだから、そのような存在がいてもなんら不思議ではない。


 この世界にはとにかく様々な種族がいて、ノーマンと呼ばれる私のような何の変哲もない人間もいれば……人魚や狼男といった種族までいるらしい。


 姉は1週間前にヴァンパイアを探しにここに来て、私に出会い命を分けてから消息を絶った。

国の教会から派遣されたエクソシストであるならば、理由もなく彷徨いたりはしない筈だ。

きっとこの周辺で吸血鬼関連の通報があったに違いない。


 そして私の胸に刺さった木の杭と、アンが言っていた証言から察するに……吸血鬼を殺そうと罠を仕掛け私が引っかかったといったところだろうか。


 しかし、もし亡くなっていたならば近くから死体が出るだろう。

それが無いということは、きっとまだ姉は生きている。


 そして〝禁忌の魔術〟を使ってしまったことで罪に問われることを恐れ身を潜めているのだろう。


 姉の為にも禁忌の魔術で助けて貰ったことは黙っていた方が良さそうだ。


「……して、そこの1番弟子殿は禁忌の魔術にて生を宿しているようだが、リリー……これは他国の人間であっても看過できないことだよ。」


リカルドが言うと、ドキリと体を強ばらせる。


 よく考えてみれば、先程リカルドは私を見て「誰かの命が入ってる」と言っていた。

恐らく腕のいい魔術師であれば私に禁忌の術が掛かっていることは一目瞭然であるらしい。


「僕じゃないよ。かといって誰がやったかもわからないけど。」


 嘘だ、師匠は恐らく話の内容でリカルドの同胞……つまり姉が私に命を分けたことを察している。


 それでも黙っているということは、もしかして禁術を使うのは余程の重罪なのか?


 私は恐る恐るリカルドの顔を覗きながら

「あの……もし、この禁忌の魔術を使ったことがわかれば、私を助けた人はどうなるのでしょうか……?」

と尋ねる。


「大体どこの国でも極刑になるだろう。」


 リカルドは涼しい顔で答えてみせた。

私の顔は、それを聞いてみるみる青ざめていく。


「きょ、極刑……」


 だから師匠は知らんぷりをしているのか。

……待てよ?リカルドも師匠も私に禁術がかかっていることは見破っているが「姉がかけた」ことまではバレていない。


 ずっとしらばっくれていれば姉が罪に問われることもなく再会を果たせるのでは?


 私がそんな期待に胸を膨らませていると、師匠がリカルドに「この後どうするの?このまま調査?」と尋ねる。


「ああ、朝食を摂ったら近辺を探してみようと思っている。

1番弟子殿、申し訳ないのだがローブの女性をどこで見かけたか教えて貰えないだろうか。」


 リカルドが答えると、私は少し目を泳がせて黙り込む。

本当のことを言うべきか、それとも……


 迷っていると、アンが静かに口を開き

「あの……森に……!森にいたんだと思います!私、1週間前の夜に女性かは解りませんが黒いローブを着た人間を見たんです!

その方は何やら怪しい道具を持って森へと消えていきました。

私がそれを教えたせいで、お姉様は一人で森に……!」

と、熱く訴えながら目を潤ませる。


「……きっと、お姉様を殺したのはあの人です!早く捕まえて審問にかけて下さい、神父様!」


 机を叩きながら言うアンの熱に気圧されて、リカルドは驚き固まってしまった。


 まずい、アンはきっと何か勘違いをしてしまっているのだ。


「……リリー、なんだか思ったより大変な時にお邪魔してしまったようだね。」


「本当に。一応警察が調べてくれたんだけど、何の証拠も上がらずに引き上げちゃったんだよ。

『アルドリリアが調べた方が確実なのに』と悪態を突きながらね。

こっちはマキの看病に必死でそれどころじゃ……」


 言いかけたところで、師匠は顔を真っ赤にして黙り込む。


「い、いやあね!これから調査もしようと思ってたんだ、あはは!面倒だったから後回しにしていたんだけどね!?」


 そして、言いかけたことを誤魔化すように笑ってみせた。


1番弟子が殺されたんだぞ、面倒って……


「そうだ!リカルド君、せっかくだからうちで朝食摂っていきなよ。丁度高級な食材を沢山買い込んだところだったんだ。」


「……アルドリリア様、お姉様が回復した時の為にって美味しい物を沢山買い込んだんです。」


アンがそう耳打ちする。


 そっか……師匠、なんだかんだ気にしてくれていたんだな。


「リカルド君はそこで座ってて、アンは彼のお相手を。

……マキ、君はこっちを手伝って。」


師匠はそう言ってキッチンへ消えていく。


「はい!」


私は言われるがまま師匠の後を追いかけた。


……


「……あの、料理なら多分アンの方が得意かと……」


 キッチンに着くと、指を突き合わせながら申し上げる。

それを見て師匠は「本当に手伝わせたい訳じゃないよ」と言いきった。


「え、じゃあ何で……」


「君、もしかして自分を救った女に会いたいとか思ってないだろうね?

会話から察するに、リカルド君の探してる人間と君を助けた人間は同一人物だし……

君はその人物と知り合いみたいだけど。」


「……お姉ちゃん、なの。ずっと探してた大切な人。」


「そう。なら今から酷なことを言うけど……お姉さんとはもう二度と会わない方がいい。」


師匠は目を伏せながらそう口にする。


「な……!なんで!家族なんだよ!?二度と会うななんて……」


言い切る前に、師匠は私の口を人差し指で押さえた。


「リカルド君に聞かれちゃまずい、静かにして。

君を見ただけじゃお姉さんが禁術を使ったということまでわからないけど……

命の無い人間と命を補われた2人が揃ったら確実にバレる。」


「そんな……」


「まあ、それでなくてもちゃんとした魔術師が今のお姉さんを見たら禁術を使ったのは一目瞭然だろうから、遅かれ早かれではあるけどね。

それで君のお姉さんは姿を消したんだろう。」


 そんな……どうして……

姉は私のことを救っただけ、禁術といったって善行を行ったのに、追われる身になるだなんて……


そこまで考えて、あることに気付く。


――私は、この物語を知っている。


 そう気付くやいなや、自室へと走り本を掴む。


「物語第2番 わるいシスター」


……これは多分、姉の物語だ。

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