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2話 魔術師の涙

――寒い。


体の芯が凍りついたかのようだ。


 暗い場所で、私は呆然と遠くなっていく光を見つめている。


 何かに触れる感触も、音も、匂いもない。

ただ意識だけがそこにあるような感覚。


―――ああ、死んだのか。


 きっと私を殺した人物は、アンと私を間違えて殺してしまったのだ。


「良かった……アンと師匠が無事なら、それで……」


 呟くと、程なくして遠くなっていった光がこちらへ近付いてくる。


 それは眩しい程の光を放ちながら再び私を包んだ。


ぽたり、と頬に水滴が落ちる。


 目を開けると、そこには目を潤ませた師匠がいた。


「師匠!?えっ……泣いてる!?」


 それに、私も生きているみたいだ。

助かったのか?


 しかし、あのいつも自信満々で笑顔の師匠が涙を流すなど……普通のことではない。


……まさか!


「師匠!アンは……アンは無事なんですか!?」


 師匠の肩を掴みながら言うと、師匠は突然私を抱き締めた。


「……え?」


 師匠の力はどんどん強くなっていき苦しさを覚える程であったが、

先程まで感じていた冷えが温められていくような不思議な感覚が、それを拒むのを躊躇わせる。


「良かった……マキ……死んでないんだね……」


 涙声で呟く師匠。

よく見ると、着ている服は質素で、近くにいると香ってくる香水の香りはせず……

丁寧に結われていた髪は下ろされていて、少し乱れていた。


(……いつも着飾ってる師匠がこんな状態になるなんて……もしかしてかなり心配してくれてたのかな。

師匠って質素にしていてもこんなにかっこいいんだ……)


 ふいに余計な考えが頭を過ぎったので、私は思わず首を振る。


「えっと……師匠、何が起きたの?アンは無事なのかな。」


「アンは無事だよ、それに何が起きたはこっちのセリフ!

……驚くなよ。マキ……君は1度死んでいる。」


「はい!?」


 思いもよらぬ言葉に、驚きの声を上げる。

死んでいるって……一体どういうことだ?


「そして、『蘇生魔術』を受けたんだ。……それも、命を分け与える禁忌の術をね。」


「命を……!?」


 思わず昨日杭が刺さっていた場所に手をやる。

静かに脈打つ心臓は、確かに私が生きていることを教えてくれていた。


 今、誰かの命でこの心臓は動いているのだろうか。

そう思うと、少し恐ろしさが込み上げてきた。


「ま、まさか師匠……!いくら寿命が長いからってそんなものに手を……!?」


「残念ながら僕じゃない。僕が駆けつけた頃にはもう、君は誰かに命を分け与えられている状態だった。」


 ならば……まさかあの黒いローブを着た人物が私を助けたのか?


 今際の際、確かに私は懐かしい声を聞いていた。


嫌な確信が、私の鼓動を早くさせる。


――きっと、私を助けたのは……姉だ。


「その人は今どこに!?」


「わからない、どこにも姿がなかったからまだ生きてはいると思う。

……ただ、こんな魔術は一般人じゃ扱えない。少なくとも1級以上の称号を得た魔術師だ。」


 この世界において、1級の称号を持つ魔術師などひと握りだ。

訳ありで情報を隠蔽でもしていない限り、少し調べれば私を助けた人物が誰かわかる筈。


……姉は、恐らくこの世界で生きている。

そして、まるで「星の魔女ミモザ」のように命を削って私を救ってくれたのだ。


 歳が離れていて、母親の代わりに私を見てくれていた姉。

私に無償の愛を注いでくれた姉。


会いたい……会って、話がしたい。


胸に手を当てながら、目を涙で滲ませる。


 今すぐに、探し出して会いに行きたい。

その為には早く2級魔術師になって独り立ちしなければ。


……ん?2級魔術師……


「試験!」


 私は師匠から慌てて離れると、時計を見る。

朝の6時……!まだ間に合う!


「私、試験に行ってくる!」


そう言って走り出そうとした私の腕を、師匠が掴む。


「待て、無理だよ、諦めろ。」


「何で!私すっごい元気だから!もういつも通り動けるから!」


「そうじゃなくて!」


 師匠はそう大声を上げた後、少し躊躇うように目を伏せ

「……試験は、1週間前に終わったんだ。」

と静かに呟いた。


1週間前……?


嘘だ……そんな長い間、私は寝ていたのか……?


「また半期後に再試験がある。それに向けて頑張ればいいだろ?

それより今はゆっくりしてな。魔術も完全に定着している訳じゃない、無理するとまた死ぬぞ。」


 師匠はそう言うとふいに私を抱き抱えてベッドに寝かせる。


 少し乱れて朝日に反射した師匠の髪は、金色に輝いているように見えた。


……心臓の鼓動が、少しだけ早くなる。


不整脈……不整脈だ、大人しく寝ておこう。


 仰向けになりながら掛け布団をぎゅっと握って目を瞑った時、玄関の方角からアンの悲鳴が聞こえる。


「……アン!」


 居てもたっても居られずにベッドから飛び出すと、玄関へと走る。

アンの目の前には、黒いローブを着た人間が立っていた。


……私が見た人物とは背丈が違う、男だろうか?

まさか、あの夜アンが見た不審者の正体なんじゃ……!


 私は男が動こうとしているのを察して、遠くから「動くな!」と声を上げる。


 呆然と立ち尽くすアンから杖を奪い男に突きつけるも、男は涼しい顔でこちらを見つめるのみだ。


 三つ編みの混じる黒い髪に、黒い肌。

冷たく私を見下ろすオレンジ色の瞳からは、猛禽類を思わせる野性味を感じた。


「……君がリリーの1番弟子か、お噂はかねがね。」


男は低い声で言うと、静かに頭を下げる。


「え、いやまあ、そうだけど……」


 困惑していると、男は少し目を見開いた後

「君……別人の命が入っているのか。」

と呟く。


 ハシビロコウのように動じない表情に焦りの色が見えたかと思えば、男はふいに私の胸に手を伸ばす。


「え……!?ちょっと……!」


「リッキー、ステイ!それセクハラだよ、解ってるの?」


刹那、玄関に師匠の声が響いて男の手は止まった。


「リリー、久しぶりだね……相変わらず君は美しい。」


 それまで冷たかったローブの男の顔は、師匠を見た瞬間にまるで花が咲いたかのように綻ぶ。


「あ……もしかして、知り合い?」


 私は咄嗟に男に構えた杖を背中に隠すと、口元を引き攣らせながら尋ねたのだった。

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