表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/16

1話(2/2)愚者の旅立ち

この世界に来てすぐの頃、私はトロールに追われて木の上で震えているところを師匠に助けられ、今に至る。


「面白かったなあ、木から落ちてくる謎の女。

美しい姫かと期待したのに、まさかこんな野蛮な奴だったとは。」


師匠は思い出したかのように腹を抱えて笑う。


「はは、骨折り損だったね。」


皮肉混じりに返すと師匠は「そうでもないよ」と呟く。


「君は本当に変な奴だ。僕に媚びもしないし、やかましくて……でも、歴代のどの弟子よりも成長が早い。

……2級になったら、どうするの?王都に就職?それとも、学校の教師にでもなるかい?」


師匠は木漏れ日の差す道をゆっくりと歩きながら尋ねてくる。


「アルカナを……探しに行く。」


「ああ、君が持ってた妙な本に書いてあったやつ?

僕もその中にいるんだっけか。」


「そう……あと20人と会わなくちゃいけないんだ。」


「20人?21人じゃなくて?」


「あの本の中では読者が『0番の愚者』ってことになってるの、つまり私のこと。

だからあと20人に会いにいく予定!

それにほら!あに様にも会いたいし。」


「……仲が良かったもんね、君たち。」


 私は、この世界にずっと居座るつもりはない。

20人のアルカナに出会えさえすれば元の世界に帰れるのだろうと勝手に解釈しているが、

アルカナに会ったからと言って「物語を集める」ことになるかどうかは怪しい。


少女から与えられた定義の曖昧な課題に、以前から頭を悩ませていた。


「2級魔術師になれば、どこに誰がいようと会いに行けるさ。固有魔法が無くてもね。」


 少し寂しそうな顔で師匠が言うと、暫し2人は黙り込む。

そして、彼はもう一度口を開き

「……そうだ、僕の助手になるのはどう?一緒にアルカナを探す旅に出るとか!」

と提案する。


 しかし、私はすぐにそれが戯言(ざれごと)であると理解した。

師匠は今住んでいるこの場所……「リトリス国」お抱えの魔法使い。

自由に旅などができるご身分ではないのだ。


「何言ってんの、国の守護があるくせに。」


 私が笑顔でそう答えると、師匠は「勿論冗談さ」と笑った。


★ ★ ★ ★


 屋敷に戻ると、アンが何かを修復しているのが目に入る。


「アン、家具を直してるの?」


 見れば、椅子を魔法で直してくれているようだった。


「はい!先程の術では家具まで直せませんでしたので。」


「偉いねー、私が出て行ったらアンは師匠と2人になるのかあ。

変なことされたらすぐに文を出すんだよ。」


私はアンに後ろから抱きつきながら頭を撫でる。


「ふふ、お姉様ったら……そういえば先程はアルドリリア様と何を話されていたのですか?」


「え?いや……ただの世間話。最近昔話が多くなったよね、師匠。」


 私が茶化し気味に言うと、アンはこちらを一切見ずに「寂しいのかも知れませんよ、私と同じで。」と呟いた。


「えー?もー、可愛いこと言ってくれちゃってー!」


 アンの柔らかい髪をわしゃわしゃと掻き回すと、私はアンを強く抱き締めた。


「大丈夫、また会いにくるから。」


 それを聞いてアンは笑顔で振り返ると、「はい!」と元気よく返事をした。


「しっかし、修復魔法って見てて気持ちがいいよね!無害だし。」


「そうでもありません、失敗すると結構危ないんですよ。例えば術が完全じゃなくて建物が崩れてしまったり、こうして釘を1本刺し忘れたり、とか。」


 アンは言いながら釘に手をかざすと、宙に浮かせながらあるべき場所に刺し込んだ。


「いけない、座った人が怪我をする所でした。」


 舌を出しながらおどけるアンがあまりにも可愛らしくて、私は思わず声を出して笑ってしまった。


アンも私に釣られ、私たちは暫し笑い合う。


「……そうだ、お姉様!これを」


アンはふいに、私に何かを差し出した。


「何これ……巾着袋?」


「お守りです。首から下げると無事になれる……と、いうお呪いの類ですが、現実的にはただの香り袋です。」


香ってみると、微かに薔薇の匂いがする。

さっそくそれを首にかけてみると、アンは嬉しそうに微笑んだ。


 癖はあるけど強い師匠に、可愛い妹弟子。

あまりにも居心地が良くて、私はここを離れたくないと感じてしまっていた。


★ ★ ★ ★


―― 翌日、2級試験の前夜。

私は明日の荷物を確認していた。


「よし、忘れ物はなさそう!」


安堵していると、何者かが扉をノックする。


「はーい!」


扉を開けると、そこにはアンが青い顔をして震えていた。


「……どうしたの?大丈夫?」


「お姉様、先程窓の向こうに怪しい人影を見たのです。

黒いケープを被り……何やら儀式の道具のようなものを持っておりました。」


(儀式……もしかして……!アンを殺しにきたのか!?)


 この屋敷には結界が張られており、常人では許可なく近付くこともできない。

なので、もしこの屋敷に住む者に危害を加えたければ「黒魔術」を用いるのが手っ取り早いだろう。


 黒魔術には長時間に渡る儀式が必須であり、アンの「儀式の道具を持っている」という証言とも一致する。


私は息を呑むと、

「アンは師匠の部屋にいて!私が様子を見に行くから!そいつ、どっちへ向かっていった!?」

とアンに尋ねる。


「も、森の方角に消えて行きました。」


アンが言うと、私は急いで森へ向かった。


……


 杖の先に光を灯しながら辺りを見渡すも、森には獣もおらず不気味に思っていた。


……すると、少し先に黒いローブを着た人影を見つけゆっくりと近付く。


 息を殺しながらその人物に近付いたその時、

私の胸に、鈍い痛みが走った。


「え……?」


 痛みを中心に熱く広がるそれは、血の匂いを漂わせている。


 胸には木の杭が深く刺さっており……心臓が鼓動する度、どんどん体から血が抜けていくのを感じた。


 ドサッと地面に倒れ込むと、ローブを着た人物はこちらに振り返る。


(あれ……この人の術じゃないの?……どうして、そんなに驚いて……)


 ローブを着た人物はこちらに走り寄り、必死に声をかけているようだった。


……この、声……知ってる……


 私は大好きだったあの声を聞きながら、眠るように目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ