1話(1/2)「愚者の旅立ち」
とある時代の、とある国に、とても美しいエルフの男がおりました。
最強の魔術師「アルドリリア」は、自分のながーい人生を捧げられる女性を探していたのです。
しかし、どこにも理想の女性は見つからず。
これ以上賢くなることもなく、これ以上強くなることもなくなったアルドリリアは退屈な毎日を送っていました。
ある時、アルドリリアは空から降ってきた少女に出会います。
それからというもの、アルドリリアの生活は賑やかで楽しくなりました。
しかし……ある夜に、少女は何者かに殺され、命を落としてしまいます。
アルドリリアは、100年ぶりに涙を流しました。
そして失ってから気付くのです、「ああ、この子がぼくの理想の女性だったのだ」と。
★ ★ ★ ★
「こんの……!キラキラエルフジジイ!」
私「小田真希」は、深く深く息を吸った後にそう怒鳴りつける。
窓越しに見えた私の長い黒髪は逆立ち、赤みがかった茶色の目は心做しか怒りの色で燃えていた。
ここは高名な魔術師「アルドリリア」の屋敷……だったもの。
私の目の前にいる白緑色の翡翠を思わせる髪に月のような薄い金色の瞳を持つ男「アルドリリア」は、椅子の背もたれに肘をつきながら不貞腐れていた。
屋敷の壁は焼け焦げ、床のタイルは禿げていて、屋根は半分無くなっている。
「何度屋敷を破壊されたら気が済むのかな!既婚者を口説くなってあれほど言っただろ!」
「うるさいな、弟子の癖に師匠に指を指すんじゃないよ。」
そう、このアルドリリアという男は私の師匠であり……魔術師としては尊敬できるものの、男としては信用ならない人物でもある。
師匠は何事も無ければこの先800年はあろう人生において、「たった1人しか愛さない」と決めているらしい。
そして「理想の花嫁探し」にかこつけて手当り次第女を口説くので、たまにこうして怒りの鉄槌を下されるのだ。
「魔法で直せる?今回は結構被害甚大だけども。」
「えー……めんどくさいよー……修復魔法得意じゃないんだもん。」
師匠が項垂れていると、部屋の奥から肩につかないくらいのマゼンタ色の髪にアメジストのような紫の瞳をした少女が部屋に入ってきた。
「私が直します。」
彼女は「アンジェラ・ド・ラクロワ」、私は「アン」と呼んでいる。
私の妹弟子にして、半年前師匠との稽古中に空から降ってきた不思議な少女だ。
アンはおもむろに杖で魔法陣を描くと、静かに詠唱を始める。
すると割れたタイルはあるべき場所に戻り、粉微塵になった屋根は再び瓦となって宙に浮き、焼かれた壁は元の曇りない色に戻っていく。
修復魔法や回復を得意とするアンは、こうして襲撃を受ける度屋敷を直してくれていた。
「あー!凄いよアン!やっぱりうるさいだけで色気のないマキと違って君は出来がいい!」
「……」
師匠は言いながらアンに抱きつく。
私はそれをしらーっとした顔で見つめていた。
アンも嫌がればいいものを、満更でも無さそうに頬を染めている。
……それもそのはず、私はこの2人が相思相愛であるのを知っていた。
何故そんなことがわかるのかと言えば、少し身の上話をする必要がある。
――――
――
私は、元はと言えばこんなキラキラした魔法世界の住人ではない。
3年前までは日本に住むごく普通の中学生だった。
4年前に姉が行方不明となり……
遠くに住む親戚のおじさんにお世話になっていたのだが、月に1度は姉と住んでいた部屋に帰り、姉に想いを馳せるのが恒例となっていた。
そんな時、事は起こったのである。
いつものように扉に鍵を通し玄関に入ると、部屋の中に金色の髪をした少女が本を持って立っていた。
少女の手の中にあったのは、なくしてしまったと思っていた思い出の本「22人のアルカナ」だった。
その『星のような金色の髪に、金色の瞳』を見て私は「星の魔女ミモザ」を思い出す。
物語の登場人物を思わせるその容姿に、不法侵入者への警戒よりも好奇心の方を掻き立てられた。
少女はこちらを見ると本を手渡して一言だけ
「22人の物語を集めた時、君の願いが叶う」
と言い放つ。
それは「22人のアルカナ」のあとがきに書かれた言葉と同じだった。
……姉との、思い出の本。
なくしてから暫く経ってもう一度読もうと探し回ったが、通販にも図書館にも置いていなかった本。
本当ならば不法侵入者が手渡してきたものなど受け取るべきじゃない、そう思いながらも……手は本に伸び、触れてしまった。
……そこから先の記憶は曖昧だが、気が付けばキラキラ魔法世界に身を置いていた、というわけだ。
―――
私はその後運良く師匠に拾われた訳だが、彼の名前を聞いた時は本当に驚いた。
何故なら師匠もまた「22人のアルカナ」の登場人物だったからだ。
昔本で読み聞かせられたお話の1つ「最強の魔術師アルドリリア」は、きっとアンと師匠のことを伝えている。
つまり……アンには、何者かに殺されてしまう未来が待っているのだ。
「22人の物語を集める」という行為が果たしてどのようなものを指すのかはわからないが、静観する気はなかった。
私はアンも師匠も大事な家族のように思っている、殺させたりなんかしない。
魔術師として力を付けて、必ずアンを守ってみせる。
私は2人の仲睦まじい様子を見ながら拳を握った。
「そういえば、明後日にマキの2級魔術師試験があるんだけど……忘れてないよね?」
アンと話していた師匠が、思い出したかのように口にする。
「2級!?もうそんなところまで……固有魔法を持たない人間がそこまでになるのは異例では?」
「……本来であれば、1級の受験資格も貰える筈だったんだけどね。」
そう、私には意外にも魔術の才能があった。
知らないことはとにかく調べたがる性分からして、この未知のトンデモ科学は私の興味を掻き立てるのに十分すぎたのである。
……一方で、私はこの世界の住民に必須の固有魔法を持たない。
これはこの世界で忌み嫌われる要素になり得る。
だから私は、「2級以上にはなれない」
しかし十分だ。2級魔術師になればどこへ行っても煙たがれたりすることはない。
この世界では、魔法こそ全て、魔力こそ正義。
だからこそ師匠は私を育ててくれた。
顔をつき合わせれば言い合いばかりだが、本当に感謝している。
「忘れてないってば……それ昨日も一昨日も言ってたよね。」
呆れたように言うと、師匠はこちらに歩いてきて
「久しぶりにゆっくり話そうか」
と言って私の手を引く。
アンはそれを、呆然と見つめていた。
……
師匠に連れられやって来たのは、屋敷のすぐ近くにある森だった。
「君と初めて会ったのもこの場所だったね」
師匠はどこか優しい声で言う。
その目は森の景色を見ているようで、過ぎた過去を思い出しているようだった。
師匠の出会いは、はっきりと覚えている。
……あれは、この世界に来てすぐのことだった。




