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12話 新しい一歩

「おい、杖忘れてるぞ。」


「あーごめん!」


私はわたわたと忙しなく屋敷を走り回りながら身支度をする。

今日は、ウィザーアカデミーの寮に入る日。


朝一番に出れば夕方にはあちらに着くということで、慣れない中5時に起床し準備をしていた。


「……やっぱり、やめとこうかな。」


師匠から杖を受け取ると、被っていた帽子を深く被りながら言う。


「馬鹿なこと言わないの、決めたんだろ。」


師匠はそう言って、少し寂しそうに笑った。


「……師匠、これ、私からの餞別!」


私は師匠の顔を見ながら、小さな箱を差し出す。


「何これ……?」


師匠が箱を開けると、そこには文明の利器、スマートフォンが入っていた。


「これで私に毎日電話していいんだよ!写真も送って!」


「いやでも使い方が」


「それは流石に調べろ。」


容赦なく言い捨てた後、「そろそろ行かなくちゃ」と呟く。


「達者でね。」


「……師匠、ちょっと屈んで。」


頼むと、師匠は素直に屈む。

少し躊躇ったあと、私は師匠の頬にキスをした。

ふいにキスされた師匠の白い顔はみるみる赤く染まっていく。


「……行ってきます。」


私は離れた後、静かに言う。

師匠は頬を押さえながら、呆然とした様子で手を振っていた。


★ ★ ★ ★


フラベリア行きの汽車に乗り込むと、大勢の学生らしき少年少女達が乗り込んでいるのが解った。

私はなんとはなしに空いてる一室に腰を下ろす。


(そうだ……『22人のアルカナ』を見返しておこう。

学校でもこの中の登場人物に出会うかもしれないし。)


本を取り出した所で、誰かがふいに「ごめん!ここ入れて!」と言いながら入ってくる。


「あ、うん……どうぞ。」


見ると、黒くてツヤのある長い髪に、潤んだ黒い瞳……泣きぼくろが少し大人びた魅力も感じさせる、とても端正な顔立ちの美少女が息を切らしながら入ってきた。


「あれー!?どこ行ったの!?」


数名の男子達の声がして美少女は体を強ばらせる。

私は何かを察すると、彼女に帽子を渡し、被った所で認識阻害の魔法をかけてあげた。


「おかしいなー……どこいったんだろ。」


男子たちは私と美少女のいる席を素通りし、どこかに消えていった。


「……ありがとう……さっきの魔法、何かけてたの?」


「認識阻害の魔法だよ、かけると目立ちにくくなるの。それ被ってる間はあの男子達に見つからないと思う。」


言うと、美少女は目を輝かせる。


「そんなことできるんだ!凄いね……えっと」


「私は小田真希。ウィザーアカデミーの1年生として入学する予定なの。あなたは?」


「エリ・ルハート……」


エリは、どこか気まずそうに名乗る。

もしかして有名人なのだろうか?

これだけ可愛いのだから、芸能人なのかもしれない。


「そっかエリ!仲良くしてね。」


「……私のこと、もしかして……知らない?」


おどおどとした様子で尋ねてくるエリ。


「ごめん、全然知らない。私ちょっと閉鎖した所で修行してたからさ。」


答えると、エリはどこか安心したように胸を撫で下ろした。


「ならいいの。仲よくしようっ……て言いたいところだけど、私には関わらない方がいいかも。勝手に滑り込んでおいて、言うことじゃないかも知れないけど……」


エリは口ごもりながら言う。

関わらない方がいい?一見美少女過ぎる以外は普通の女の子のように見えるし、悪い子では無さそうなのに。


「……あ、ごめん!もしかして読者中だった?」


エリが本に目線を落とす。


「ああ、別に気にしないで!暇だから読もうかなって思ってただけ。」


それにしても……エリは本当に美人だ。

見れば見るほど美しい……


「あの……?近い近い、マキ?おーい……やばいこれ、いつものやつだ……!」


私はエリに吸い寄せられるかのように近づいていく。

そして、顔と顔が接触しそうになった所で、エリと私の顔の間に1冊の厚い本が挟まった。


「マリスト」


低い声で放たれた呪文を耳にした途端、私はハッと我に帰る。


よく見ると、厚い本は見たことのある聖典だった。


「リカルド!?」


私は笑顔で声のした方向を向く。

そこには、黒い髪に黒い肌の男が無表情で立っていた。


「そっか、リカルドも教師になるんだもんね!」


「理解しているならばリカルド『先生』と呼んでくれ。」


リカルドはそう口にすると私の隣に静かに座る。


「そっかごめん!……あ、もしかして私に会いに来たの!?」


知り合いに会えたのが嬉しくて、私はテンション高めに質問する。


「……残念ながら、偶然だ。

吾輩が見張りを頼まれたのはルハート君の方だからね。」


リカルドがそう言ってエリを見やると、彼女はバツが悪そうに帽子のつばを握りしめ俯いてしまった。


「そういえば……さっきの、何だったの?エリを見てたら吸い込まれるみたいになったんだけど。」


「『魅了』だ。ルハート君の固有魔術は魅了で、制御が出来ないので微量ながら常に漏れ続けている。」


つまり……そこにいるだけでモテてしまうということか。

なんとも羨ましい能力である。


「洗脳の類は解除が難しいから、上から見張っておくよう頼まれたのだ。

どうぞ吾輩のことは壁か何かとでも思って、恋バナに花でも咲かせるといい。」


「いや流石に無理だろ……」


呆れていると、リカルドも私の持っていた本に興味を示す。


「それは一体何の本だ?」


「ああ……私の故郷にあった本なんだ。魔法使いの童話が載ってるの。」


ページをめくると、私はページの1部がカラーになっていることに気付く。


「あれ!?変わってる!」


……それは、師匠のことが書かれているページだった。


挿絵が色付き、お話の最後に知らない文言が追加されている。


「アルドリリアの涙が落ちると、少女は目を覚ましました。

アルドリリアはこの奇跡に喜び、いつか理想の女性が見つかった時に渡そうとしていた、大事な指輪を少女に贈ったのです。

そして、そのお礼にキスをしてもらい、幸せになりましたとさ。めでたしめでたし。」


完結……してる……!


そうか、他の話も全て、めでたしめでたしでは終わっていない。

この「22人のアルカナ」は、全て未完の物語だったんだ!


「お話を集める」というのは、物語の完結を指しているのでは……!?


「ふむ、内容が変わるタイプの仕掛け絵本などは聞いたことがあるが……それにしても異様な魔力の匂いがその本からするな。」


リカルドは本を見ながら呟く。

やはりこの本は普通の本では無いようだ。


本を閉じた後で、私の口元がふいに緩む。


「どうしたの?なんか嬉しそう。」


エリが言うと、「ちょっとね。」と言いながら指輪を右手の人差し指から左手の薬指に付け替えてみる。


(少女は私のことだったんだし、つまり……こういうことだもんね、間違ってないよね?)


またいつか絶対、師匠に会いに行こう。


私はそう心に決めながら、薬指で輝く指輪を眺めていたのだった。

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