10話 吸血鬼
リカルドが聖典を取り出すと、何か呪文のようなものを唱えてから光の矢をアンに放つ。
しかし、アンにそれは効かず、羽ばたき1つでそれを簡単に跳ね除けた。
「……あの吸血鬼、かなり長い間生きてると思うの……普段の姿じゃ吸血鬼だなんて全然分からなかったし、普通ならもっと血や魔力を欲して暴れ回るものなのに少量の食事で生きていたみたいだから。」
姉が小声でそう口にする。
そして、私に「下がってて」と言うと聖典を持って前に出た。
「緊急の場合なら、拘束中でも魔法使っていいんだよね!?」
リカルドに並びながら姉が尋ねると、彼は「助かる」と答えた。
「私の固有魔法で吸血鬼を黙らせ……あれ。」
「どうした。」
「固有魔法が……出ない。」
「何!?」
2人が気を取られている隙を狙い、アンがリカルドと姉にティーカップを投げる。
彼らは焦りながらもなんとかそれを避け、応戦を続けた。
私はただ呆然としながら2人とアンの戦闘を眺めることしかできない。
2人は見るからに苦戦を強いられていて、彼らからの攻撃が一切アンに通用していないように見える。
「吾輩の固有は開けた場所では使いにくい、外に誘導しよう。」
リカルドが提案したところで、アンが姉の身体を羽で弾き飛ばすと、姉に掴みかかろうとした。
(噛もうとしてる!)
私が咄嗟に杖を構えたところで、
師匠の「鏡に帰れ」と言う声が響く。
すると、アンの身体がまるで煙のように溶け、どこかに吸い寄せられていった。
何が起こったのかと思い部屋の奥を見やると、そこには手鏡を持ちながら複雑そうな顔をした師匠が立っている。
……聞いたことがある、師匠の固有魔法は鏡に関係すると。
まさか、これがその能力?
「……騒がしいと思えば、とんでもないことになってたみたいだね。」
鏡を覗き込みながら、師匠が呆れたように言う。
「……リリー……すまない、君の屋敷で……」
「いいよ、緊急だったんだろ?……それより、まさか弟子の1人が吸血鬼だったとは……
全然分からなかった。」
首を振りながら師匠はため息を漏らした。
「見分けらなくとも仕方がない、彼女はあまりに長い間生きている個体のようだから……恐らくは食事もかなりの少量で済むくらいには歴が長いと思われる。」
「この子、どうするの?このままフラベリアに連行かな。」
師匠がリカルドに鏡を手渡しながら尋ねる。
「そうなるね。このままお借りしても?」
「……勿論いいよ。悪い子じゃなければ庇い立てていたところだったが……君たちと揉めてるってことは、何かあったんだろ?」
心苦しそうに顔を歪める師匠に対し、リカルドが何かを言いにくそうに押し黙る。
「その吸血鬼、妹を殺した犯人なんです。」
姉が怪訝な様子で言うと師匠は「それならば仕方ない、ゆっくりみっちり供養されておいで。」と鏡に向かって言い放った。
……
屋敷の前で師匠と共に、私はリカルドと姉を見送っていた。
「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?一泊してからここを出ちゃいけない?」
尋ねると、姉は困ったように笑いながら
「ごめんね、私は罪人だからすぐに国に戻らないといけないの。」
と言って私の頭を撫でた。
せっかく出会えたのにこのままゆっくり話す間もなくお別れとは、味気ない。
「大丈夫。お互い生きてるんだから、また会えるよ。」
姉は私の両肩をぽんぽん叩くと、そのまま立ち去ろうと身を翻した。
すると、どこからともなく
「ここにいたか」
と低い声が響く。
振り返るとそこには、リンドバーグの姿があった。
「うっわ」
師匠は彼の顔を見るなり、掠れた声を上げる。
「どうやら事件は一件落着したようだね。」
リンドバーグがこちらに歩いてくると、言いながら微笑む。
「はい、お陰様で……何か御用でしたか?」
尋ねると、リンドバーグは私を見て
「君は一週間前に何者かに襲われたと言っていたが……一番弟子殿が帰ってから思い出したのだ、そういえば丁度1週間前に2級魔術師の試験があったが、もしや出席できなかったのではないかと。」
「はい、まさしく……受験時期を逃しました。」
肩を落としながら答えると、リンドバーグは豪快に笑ったあと
「また半期、待つつもりかな?」
と言う。
「まあ……それしかありませんかね。」
「待たずとも、来月には受けられると言ったら君はどうする?受けに来るかい?」
「え!?」
一体どういうことだろう?いくらリンドバーグ程高名で権力があっても、試験をもう一度実施させるなんてことはできるはずが無い。
「構えずともよい、なに、簡単なことだ。
来年の4月に私が校長を務める『ウィザーアカデミー』が再び開校する。
しかし遠方から来る者もおるでな、1月から寮自体は開くのだ。
そして、ウィザーアカデミーでは独自に、生徒達の成長を促す為に魔法試験の受験を推奨している。」
ということは……
「生徒になれば試験が受けられる!?」
「しかも、無償でな。」
願ってもないことだ。半期も待たなくて良くなるなんて……!
「そしてもうひとつ……そこの者、ちょっと来なさい。」
リンドバーグはリカルドを見て手招きする。
「いやあ驚いた。君はその筋じゃかなりの有名人らしいじゃないか。
この老いぼれは世相に疎くて、失礼した。」
「……いえ、吾輩は別に……数年前までしがない王室専門の家庭教師でして、そこまでエクソシストとして歴がある訳ではないのです。」
王室専門の家庭教師……!?そこから国家公務員に転向って、どれだけ優秀なのだこの男……!
「魔物退治を教える教師に空きが出てね……君に頼めないだろうか?謝礼は弾むぞ。」
「はっ……いやしかし、吾輩はもう教師を引退しておりまして……」
「リンドバーグ様違いますよ、彼にものを頼む時は命令形にしないと。」
「ウィザーアカデミーで教師をやりなさい。」
「かしこまりました。」
言い切った所で、リカルドは後悔したように青ざめて口を押さえる。
「吾輩は一体何を……!?」
「リカルド君……その癖いい加減治した方がいいかもよ。」
姉が呆れて言うと、リンドバーグはスマートフォンを取り出して画面を私に向ける。
「……まあ、詳しい話はおいおい。私の番号だ、今日は色々あったろうから明日にでもかけてくれ。」
私は電話番号を念入りにメモすると、「ありがとうございます」とお礼を言った。
そして、リンドバーグは静かに去っていったのだった。
「……場を乱すだけ乱して帰って行ったな。」
師匠はリンドバーグを見送りながら悪態を付く。
「そ、それじゃあ今度こそ私たちは失礼しますね。」
姉が言うと、私の体が咄嗟に動き姉に思い切り抱きつく。
「わっ……!?ちょっと何!」
「……絶対、また会おうね。」
涙声に言う私に、姉は困惑しながらも笑みを零す。
「うん、また会おう。」
「……命、大事にするから。」
「ありがとう、お姉ちゃんもそうしてくれると嬉しい。」
そんな短いやり取りをしたあと、姉は私から離れ、リカルドのバイクに乗る。
「またね!」
私は、姉が見えなくなるまでずっと……ずっと、手を振っていたのだった。
調べてみたら、恐らくジャンルがローファンタジーに近いようなので変更しました。
私の認識の境が甘くて申し訳ございません。




