9話 疑惑
アンは青い顔をしながら、硬直している。
「えっ何?どういうこと……?」
リカルドの後ろで、姉が混乱したように言う。
「アンは、お守りに入ったリボンと木の杭を使って私の胸を貫いたんじゃないか、という……疑惑。」
「疑惑……?」
「まだ疑ってるだけだから。」
言い切ると、私は鞄から枝とリボンを取り出す。
「アンがやったことを推理すると、こう。まずは地面に埋まってる木の杭に、リボンを通す。」
言いながら、窓辺から持ってきた鉢植えに木の棒を刺し、そこにリボンを通してみせる。
「そして、位置関係を紐付け、魔法陣を作る。」
私はリカルドに教えてもらったとおりに、魔法陣を書き起こした。
「これで木の棒を抜いても、必ずリボンの中に帰ってくるようになったよね。」
木の棒を床に捨てた後で、私は机に魔法陣を書いて木の棒を元の位置に戻してみせる。
「本当だ。そんな風に使うことも出来るんだ。」
姉は納得したように頷いた。
「そしてここからが本題。リカルド、このリボンを首から下げろ」
「喜んで」
私はリカルドに、木の棒を通したリボンを差し出す。
リカルドは素直にそれを首にかけた。
「この状態で修復魔法を使ったら……どうなると思う?」
「そりゃ……リボンの位置に木の棒が通るようになるから……あ、リカルド君の頭の上に棒が降る?」
「正解」と言いながら、リカルドの頭上に木の棒を落とす。
リカルドはそれを無表情でキャッチしてみせた。
「中々興味深い。」
「例えばこれを……くしゃくしゃにして。
リカルドの胸ポケットに入れたとする。」
リカルドの首からリボンを取り上げ、彼の胸ポケットにねじ込む。
「この状態で修復魔法を使った場合……木の棒は、無理にでもリボンの中に入ろうとして……引っかかるはず。」
実際に試してみると、枝はリカルドのポケットの前で止まってしまった。
「勿論これは私が寸止めしてるだけ、やろうと思えばもっと深く突き刺せる。
修復魔法は建築物だって直せるんだから、木に釘を差し込むくらいの威力は出せるはず。
強さとしては申し分ないよね。」
「そんな……恐ろしいことを、私がやったと……お姉様はそう仰りたいのですか!?
朝話していたではありませんか、私はお姉様が殺害された時屋敷にいたのです!
なのにこんなことが実行できるわけないですわ!」
アンは震えながら、目に涙を滲ませて言う。
心は痛むが……もしアンが潔白ならば、ここで疑って、疑いきってやっと……アンの無実が証明できる筈なんだ。
「いや?この方法なら屋敷にいてもできるよ。だって見なくても勝手に木の杭がリボンの中に戻っていくし。
強いて言うなら、魔法陣を書く場所と余裕が必要だけど……これは簡単にクリアできる。
師匠を呼びに行くタイミングはアンが決められるし、警察が調べたのは森とその周辺のみで、屋敷の中には捜査が入っていない。
自分の部屋に書いて、あとからゆっくり消せば証拠も残らないよね。」
言うと、アンは黙り込んでしまう。
「で、実際にお守りの中にはリボンと魔法陣が入ってた。そんで何よりの証拠は……アンが今、修復魔法を使えないこと。
ほら、怪しくないって言うなら使ってみせて?
一体……何を警戒してるのかな。」
アンは諦めたように項垂れると、「……申し訳ございません、私が……お姉様を殺しました。」と静かに呟いた。
覚悟は決めていたものの、いざその言葉がアンから出ると中々堪えるものがある。
「なんでそんなことしちゃったの?……理由があったんだよね。
そうだ、何か勘違いがあったとか……!」
縋るように尋ねると、アンはゆっくり顔を上げ
「アルドリリア様の為ですわ。」
と無表情で答えた。
「師匠……の……?」
「私は長年、あの方の事を遠くから観察し続けておりました。
高貴な所作、聡明な性格、身体の芯を温めるような声。
……どれをとっても、最高の存在、最高の生物……それがアルドリリア様でした。」
語り出したアンの異様さに、リカルドが私を庇うように前に出る。
「……ですが、どうでしょう。お姉様がアルドリリア様の前に現れてからというもの……彼は、『汚されてしまった』」
「汚された……?」
「よく笑うようになり、酒場では『空から降ってきた弟子』だとお前の話ばかりするようになったのです。
顔だって並かそれより少し上程度、固有魔法も持たない……雑魚の癖に。」
アンの人形のような美しい顔はくしゃりと歪み、拳は握られている。
私は、初めて見る妹弟子の豹変ぶりに声を失ってしまった。
「だから私が同じように現れて、アルドリリア様を正しい方向に上書きしようとした!
なのにアルドリリア様はお前しか見ていない!
彼はお前が2級試験に合格して巣立つことを恐れていた、私の目から見ても『追いかけたいのだろう』と察する程に……!
だから殺したのだ、アルドリリア様を奪われない為に!」
アンの語りが激しくなる程に風の音が騒がしくなる。
そして、言い切ったところで電球が点滅し、アンの背中から蝙蝠のような羽が現れた。
「え……!」
「下がって、吸血鬼だ!」
リカルドは言いながら私を姉の元へと押し出す。
「吸血鬼……?アンが……!?」
アンの瞳孔はまるで猫のように尖り、悔しそうに歪んだ口元には鋭い牙が覗いていた。
「嘘…………」
私は変わり果てたアンの姿を見て、そう呟いた。




