8話 修復魔法
「アルドリリアの家には、高度な建築魔法が組み込まれている。このような紋様を目にしたことはないか。」
リンドバーグはメモに紋様を描いて私に見せる。
「ああ!あります!似たようなものが……!家具の裏とか、天井とかに……!」
「この紋様と木材やら漆喰やらを魔法で紐づけることによって壊れてもその位置関係に戻すことができる。
修復魔法を使えば、比較的簡単に元の状態に戻すことが可能だ。
といっても、回復修復を苦手とする魔法使いもいるから、アルドリリアみたいな野蛮な魔術師は苦労するだろうが。」
(なるほど……そういう仕組みになってたんだ。)
「いや、すぐに直せるとか関係ないですから!やめて下さいね!」
少し考えてから、私はリンドバーグにつっこみを入れる。
彼は呑気にあっはっはと大笑いしていた。
……伝説の魔法使い系統は、こんな変人ばかりなのだろうか。
★ ★ ★ ★
リンドバーグの屋敷を後にした後、私は暫し考えごとをしていた。
リンドバーグに説明された、屋敷の仕組みについて思うところがあったのである。
「1番弟子殿、一体何を悩まれているのか。」
「修復魔法の仕組みって……めちゃくちゃ面白いよなって、考えてた。」
リカルドの問いに、私は難しい顔をしながら答える。
すると姉は呆れたように首を振ってから「始まった」と呟いた。
「修復魔法の仕組み?……自身が殺された事件のことではなく。」
「いやそれとも関係あるような、ないような……位置関係を紐づけることでその場に戻っていく……って、めちゃくちゃ応用が効く魔法だなって思ったんだよ。
それこそ、何か攻撃とかにも使えそうな……」
私ははっとして、目を輝かせる。
「ねえ!リカルドかお姉ちゃん、修復魔法使えたりしない!?」
「……真希、今それ、事件と関係ないんじゃない?」
「あるかもしれないから!ねーお願い!」
懇願すると、リカルドと姉は顔を見合わせた後で
「美希は拘束中で今魔法を使えない。吾輩がやらなくもないが……」
と、リカルドが渋々申し出た。
「ああそっか。リカルド、修復魔法を使いなさい。」
言うと、リカルドは満足気に「あいわかった」と返事をした。
……
「修復魔法は、主にこのような魔法陣を利用する。
大抵持ち歩くよりは、戻る側か戻される側に魔法陣が描かれていることが多い。
ここに、2本の組木を作り魔法で位置関係を記憶してから魔法陣を書き起こす。」
近くの公園に寄り道すると、リカルドは近くに落ちていた木の枝で簡単に十字型の組木を作ると紙に魔法陣を描く。
「そして、崩れた時。紙に描いた魔法陣を地面に描くと……」
十字を崩し、枝の1本を地面に捨てたあと、リカルドは地面に魔法陣描く。
すると、みるみるうちに捨てられた枝の1本が戻ってきて、十字型に戻った。
「おおー……!」
目を輝かせながら、私は感嘆する。
「ねえねえ、例えば、例えばだよ!?私がこんな感じで木と木の間に挟まってたらどうなる!?」
「そんなの、ぶつかっちゃうに決まってるでしょ。」
姉が呆れたように言う。
「一応、見えてる範囲なら避けることも可能だ。戻っていくポイントは同じだけどね。」
興味深く枝を観察していると、ふと頭の中に疑問が湧く。
そして私はおもむろにお守りを拾い上げると、中を解体し始めた。
「何してるの?それ、大事な物なんじゃ……」
「いいの。」
中にはサテンのリボンと、香りを出すためのハーブ類が入っており……
巾着の内側が2重になっていることに気付く。
「リカルド、これ。」
中をリカルドに見せようとすると、彼は香りに過剰反応してむせる。
「あ……ごめん、そんなに臭った……?」
「失礼、問題ないよ。……ああ、刺繍がしてあるな、それこそ何かの魔法陣が……」
鼻をつまみながらリカルドがそう口にした。
「でも魔法陣って色んな所に使うから、必ずしも修復魔法に使うわけじゃないんだよ。
お守りに縫ってあるんだとしたら防御魔法とか護身用の攻撃魔法が一般的だと思うけど……」
心配そうに見つめる姉に「まあまあ」と返事をすると、私は刺繍の魔法陣を淡々描き移す。
「……リカルド。」
「何か?」
「疑わなければ身の潔白も証明できないって、いい持論だよね。
信じたい時程厳しく疑うことが大事って、とっても理にかなってるなと思ったの。」
言うと、リカルドは何かを察したように
「屋敷に戻るのかい?」と尋ねてくる。
「うん、そうしようか。」
私は少し寂しげに笑うと、そう言って立ち上がった。
「……あ、その前に寄りたいとこがあるんだけど、いい?」
「……?」
リカルドと姉は不思議そうに目を瞬かせた。
★ ★ ★ ★
私たちが屋敷に帰ると、アンが笑顔で迎えてくれる。
「お帰りなさい!何か分かりましたか?」
こちらに駆け寄りながら尋ねてくるアンに、私は「うーん、まだ全然。これから検証とかしようかなって思ってたとこ。師匠は自室かな?」
と答える。
「はい、仕事があと4日分はあるようでして。
あ……の……リカルド様が持っているその袋は一体……」
リカルドが手にぶら下げているポリ袋を目にしながら、アンが尋ねる。
「ああ、凶器に使われた木の杭だ。……血まみれでショッキング故、取り出せはしないが。」
「まあ、なんて恐ろしい……」
アンは口を覆いながら、震えていた。
「そうだアン、見てよこれー!移動中にほうきが折れちゃったの!」
言いながら、真っ二つになったほうきをアンに見せる。
「あら大変……」
「修復前に魔法陣に形状をメモしておいて良かったー!これがあれば修復魔法で直せるんだよね。」
「ええ。それなら、私がお姉様のほうきを直しますわ。」
「ありがとう!流石はアンだね!……じゃ、この魔法陣でお願い。」
私はそう言ってアンに先程描き写した魔法陣を見せる。
すると、アンの眉がピクりと動いたのが解った。
「……どしたの?」
「あ、ああいえ!すぐにやります!」
「そうだ、せっかくだからお守り貸してあげる!さ、早く直して!」
私がアンにお守りをかけると、アンは大きく目を見開いて硬直する。
「……何で動かなくなっちゃった?汗凄いよ。」
アンは次第に震えながら、息を荒くする。
「アン……どうして……修復魔法を使えないの?」
私は震えるアンに、静かに問いかけた。




