鳩の恩返し
真夏の晴天の中、鳥飼司は池のある美しい公園のベンチで涼しくも心地いい風を感じながら読書に耽っていた。
気温30度を超える不快の気温だが、木陰と池からくる風により案外長時間外にいても苦ではない場所だと、司は最近ここに通うようになった。
白のオーバーサイズの半袖と黒のサルエルパンツが風に靡くのを感じながら目の前の推理小説を耽読する。
はずだった。
「なんなんだこいつ」
ベンチの目の前には池に入れないようにする柵がある。
その上に1羽の鳩が司の事を長い時間見つめていた。
司は最初は気に留めていなかったが、あまりにも長い時間見つめられているため、どうしてもその鳩が気になり始めた。
推理小説では最初の殺人が起き、ここから物語が動く重要なシーンのため司は集中して本を読みたいのだがどうも視界の端でその鳩を捉えてしまったのが運の尽きだった。
「なんだよ」
あたりを見渡し、人がいないのを確認した司は独り言を呟く。
大方、過去にこのベンチに座った人が餌やりでもしたのだろうと検討をつけて放置していたのだがいくら経っても柵の上から移動しない鳩に司は違和感を覚え始めた。
(そう言えば、鳩ってバカのイメージがあったがこいつらエサをもらえた場所なんて覚えてられるのか?)
昔に司が見た動画で、鳩専用の罠にかかった鳩が撮影者に助けられて数秒後にまた同じ罠にかかるっと言った動画がバズってたのを思い出した。
それから司は鳩の記憶力が低いイメージが植えついけられている。
(鳩の記憶力っと)
司はスマホ取り出し、ネットで検索をかける。
イメージとは裏腹に、どうやら人の顔を認識も出来れば、一度通った場所も記憶できるとネットの記事で書かれている。
(意外だな)
再び鳩に視線を戻すと、何やら動きが変なことに気がついた。
司を見る、池の向こう岸を見る、それを繰り返す。
まるでロボットのように静と動がハッキリとした動きを行っている。
(何かがおかしい、、、のか?)
司が池の向こうに視線をやると鳩がそれに呼応するように飛んでいった。
司はしばらく池の向こう側を見つめたが本来の目的である読書を思い出し本を広げる。
(餌をやっていた人間と誤認されたのか?だが、おかしな部分がある)
文字を読んでいるが司の頭はあの奇妙な鳩でいっぱいになった、舌打ちをしながら本をパタリと閉じて腕を組み池の向こう側を見やる。
池の向こうでは年配の男がごみ収集をしている、その光景を上の空で見つめながら司は思考を続けた。
(一度確かめるか)
司は心の声でそう呟くと本をショルダーバッグに入れる。
それと同時に足先が日光に当たりとても暑く感じた。
(この時間くらいから日向になるのか)
大部分はまだ木の葉に隠れているがあと数十分もすれば太陽と葉っぱの皆既日食が終わり、完全に陽の光を浴びることになる場所だ。
(暑くなるだろうからこの辺で帰るか)
そして、司はそのベンチを後にした。
翌朝、司は眠い目をこすりながらコンビニのレジに並んでいた。
缶コーヒーを買い、徐々に気温が上がり始める世界に飛び込む。
少し北に歩みを進んだ所の公園に入ると小学生らしき子供たちがラジオ体操を行っている、懐かしいリズムを聴きながら公園内のベンチに腰掛けた。
蝉の声を聴きながらたまに吹くそよ風を浴びて公園内をぼんやり眺めた。
いつしかラジオ体操も終わり子供たちはそれぞれの家に朝食を食べに帰って行くのを見送りながらも温度の上がる不快感に耐えながら司はジッと待つ。
すると、1人の老人が公園に入ってきた。
手には袋を持っており、公園の端へ赴いて行く。
すると、どこからか複数の鳩たちが老人の近くに着陸し彼の周りを取り囲んだ。
それを見た司は缶コーヒーを一気に流し込み、公園内のゴミ箱に投げ入れたのだった。
時は流れ4日後、司はあのベンチに歩みを進めていた。
快活な足取りで池の美しい公園を歩いた。
(随分と変な体験だったけど、予想があたればそれももう終わりだろう)
内心そう呟いてベンチの手前で歩みを止めた。
目的のベンチに1人、美しい黒髪の女性が池を見つめていた。
「すみません」
一呼吸置き、緊張混じりの声で司は話しかけた。
上の空で池を見つめていた女性は突然のことで少し驚いていたが、すぐに司の方に視線を向ける。
「なにか」
どこか不快感を滲んだ返事だった。
「この服装に似た人物について知ってますか?」
服をつまんで揺らすと白のオーバーサイズの半袖の内側に湿った空気が流れ込む。
「知らないわね」
そう言って女性は目を細めた。
「水曜日のこの時間、そのベンチは木陰に隠れ、とても気持ちのいいスポットになるんですよ」
司はベンチを指さして呟いた。
数刻の沈黙の後、司は対岸の方へと視線をやり、手を挙げる。
それに呼応するように向こう岸にいた老人が手を挙げ返した。
「あの人は清掃のおじさんです、ここの公園の清掃は月曜、水曜、金曜に行われるそうです。彼に聞いたんですよ、この服装に似た人が毎週水曜にこのベンチで腰掛けているのを、そしてその隣にあなたに似た特徴の女性も」
司に呼応するように女性も対岸を見つめて、少しため息をついた。
「それで、私に何か用で?探偵気取りさん」
司の推理ショーを聞き終えた女性はさらに嫌悪の視線を強める。
しかし、司は気にしないそぶりを続けながらショルダーバッグに手を入れ、何かを探し始める。
「これを、渡して欲しくて」
それは一枚の写真だった。
「鳥の、、、巣?」
写真を受け取った女性は一瞥するとそう呟いた。
「事情は、、、あぁ、ちょうどいいですね、こいつにでも聞いてください」
どこからか1羽の鳩が池への転落防止の柵の上に止まる。
それを見た女性は目を丸くした。
「この子は、、そう、、、」
鳩を見た女性は声が震え、目に涙を滲ませる。
力が抜けたのか、ふらりとベンチに倒れ込んだ。
「2日前の月曜日、こいつが案内してくれました、見せる相手は違いましたが」
司は女性の反応を見て、それ以上何も言わずに踵を返す。
その時ふと女性はつぶやいた。
「ありがとう、あの人は本当に優しかった、そんな人だった」
司は背中越しに涙混じりの呟きを聞いた後、帰路へと足を踏み出す。
帰り道はよく鳩の声が聞こえた気がした。




