第5章:夢の舞台、そして告白
【プロローグ:開演のベル】
文化祭の朝――。
秋空のもと、校門にはカラフルな飾り付けと、にぎやかな笑い声が広がっていた。
校舎内の一室、3年A組の教室が臨時のステージに変わっていた。
黒布に覆われた舞台、教卓を改造した音響ブース、並べられた簡易椅子。
手作り感満載ながら、そこにはひとつの“物語”が始まる予感が満ちていた。
「いよいよ、今日だな」
夢翔は、袖の後ろで深呼吸した。
ふと横を見ると、花音が目を閉じてマイクにそっと手を当てている。
「緊張してる?」
「……少し。でも、楽しみでもある」
その言葉とともに、ふたりは軽く拳を合わせた。
まるで、約束のように。
【第一幕:語られる物語】
開演の合図とともに、暗がりの教室に静けさが降りる。
照明がゆっくりと灯り、舞台の中心――花音が立つ。
彼女の口から語られるのは、オリジナルの朗読劇『星を旅する少年』。
夢に向かって歩き出す一人の少年と、彼を導く“声”との出会いと別れ。
幻想的で、どこか切ない物語。
花音の声は、空気を震わせた。
まるで、舞台にいない登場人物までもがそこに“いる”かのように――
観客の誰もが、息をのんだ。
夢翔は照明の調整をしながら、時折ステージを見つめる。
その表情は真剣で、そして誇らしげだった。
(やっぱり……すごいな、花音)
心の中で呟きながら、彼はそっと、ポケットの中の“夢ノート”を握りしめていた。
【第二幕:舞台裏のささやき】
第一幕が終わり、舞台袖へ戻った花音は、緊張から一転、ほんの少し顔を曇らせていた。
「……ねえ、夢翔くん。さっきのお客さんの中に……お父さん、いた気がするの」
「え?」
「でも、たぶん……わたしに声をかけずに、帰っちゃった」
彼女の父は、数年前に家を出て以来、ほとんど連絡がなかったという。
そんな父が、今日の朗読劇に足を運んでいた――
その事実だけで、花音の心は乱されていた。
「今、会えなくても……伝わったと思うよ。花音の声は、誰かの心を動かす力がある」
その言葉に、花音は小さくうなずいた。
涙をこぼさないよう、静かに瞬きをしながら。
【第三幕:星降るクライマックス】
物語は終盤に差し掛かる。
少年は、旅の果てに“声の源”と再会する。
だが、その声はもうすぐ消えてしまう運命にあると告げられる。
――「でも、君の言葉があれば、私は存在し続けられる」
――「君が、わたしのことを“忘れない”限り」
そのシーンに、花音の声が震えた。
けれどそれは、演技の震えではなかった。
花音自身が、夢翔のことを思い浮かべていた。
彼がそばにいてくれたこと、言葉をくれたこと、それがどれほど自分を支えてくれたか。
マイク越しに、彼女は語る。
「あなたの声が、わたしを照らしてくれた。だから、わたしも……あなたの夢に、なりたい」
それは、物語のセリフでありながら、彼女の“本当の気持ち”でもあった。
ステージが暗転し、朗読劇は静かに幕を閉じた。
【第四幕:告白のタイミング】
拍手が鳴りやまない中、花音と夢翔は舞台袖で静かに見つめ合っていた。
誰にも聞こえない距離で、夢翔が口を開く。
「……今日の花音、最高だった」
「ありがとう。夢翔くんのおかげだよ」
その沈黙のあと、花音が小さく声を落とす。
「涼真くんに……告白されたの。夢翔くん、知ってた?」
夢翔は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。
「うん。聞いた。……でも、花音が誰を見てるのか、ちゃんと知ってるつもりだ」
「わたしが見てたのは、ずっと……あなた、だよ」
その言葉に、夢翔はゆっくりとポケットからノートを取り出した。
表紙には、彼自身の書いた言葉があった。
《夢は、きっと二人で見るものだ》
「これ、君の“夢ノート”を見て、自分でも書き始めたんだ。君の声に触れて、俺も何かを残したくなった」
花音はそっとそれを受け取り、ページをめくる。
そこには、彼女の朗読の感想や、印象に残った言葉、そして――
《君の夢を支えるのが、俺の夢だった》
《でも今は――君と同じ夢を見たいと思ってる》
「夢翔くん……」
花音の頬に、涙が一粒こぼれ落ちた。
でも、それは哀しみの涙ではなく、夢のように温かい涙だった。
「……好き。ずっと伝えたかった」
「俺も、君のことが好きだ。声だけじゃなくて、人として――全部」
【エピローグ:交差する未来】
文化祭が終わり、夕焼けの教室には誰もいない。
ふたりだけが、最後まで片付けを残っていた。
「来年の今ごろ、何してるかな」
「うーん……大学かな。もしかしたら、花音はもうプロの声優かも」
「ふふ、夢はでっかく、ね。でもね――もし夢に迷っても、またこの“ポケット”に詰め直して、君と一緒に歩けたら、それでいいな」
「ポケットに夢と、君の声を詰めて。ずっと持ち歩くよ」
そんな約束を交わしながら、夕焼けに照らされたふたりの影は、少しずつ重なっていった。