第4章:遠ざかる声、近づく想い
【プロローグ:揺れる心音】
秋晴れの空の下、校舎の窓から風が吹き抜ける。
文化祭の本番を三週間後に控え、校内は少しずつ熱を帯び始めていた。
だが、その熱とは裏腹に、夢翔の心にはどこか冷たい風が吹いていた。
花音と過ごす時間は確かに増えている。
彼女の夢に寄り添えている実感もある。
だが、それでも――
近づいたはずの距離の中に、微かな違和感が混ざっていた。
【準備室:演出という名の壁】
「ここ、もう少し照明落としてもいいんじゃないか?」
夢翔は脚本とにらめっこしながら、照明の担当者と話していた。
「うん、でも演出は結城が一任されてるから、一度確認したほうがいいかも」
「……そうか」
その名を聞いた瞬間、夢翔の中に、チクリとした感情が走った。
結城涼真――あの朗読会の提案者であり、文化祭での朗読劇企画の発起人。
そして最近、花音と並んで打ち合わせする機会がやたらと増えている男。
別に、何があるわけじゃない。
けれど、ふとした拍子に目が合って笑い合うふたりの姿が、どうしようもなく胸を締め付けた。
【放課後:花音の笑顔】
「ねえ夢翔くん、ちょっと手伝ってくれる?」
演劇部の倉庫で使えそうな衣装を探していた花音が、笑顔で声をかけてきた。
その笑顔を見た瞬間、胸のもやもやは霧のように晴れていく。
「……うん、もちろん」
衣装室で一緒に探しながら、夢翔は自然と問いかけた。
「最近、涼真と仲いいよな」
花音は少し驚いたように瞬きをして、首を傾げた。
「うん……彼、演出にも音響にも詳しいから、頼りにしてる」
そう言う表情は、純粋だった。
でも、その「頼りにしてる」という言葉に、夢翔は言いようのない焦燥感を抱いた。
「そっか。……なんか、ちょっと妬いてるかも」
ぽつりとこぼしたその一言に、花音は一瞬目を見開いた後、くすりと笑った。
「そういうこと、言うんだね」
笑ってはいるのに、その声の奥には、少しだけ戸惑いが混ざっていた。
【家庭の不協和音】
その夜、夢翔の家では、珍しく祖父・銀次郎が早めに帰宅していた。
「文化祭か。昔は文化展って言ってな、模型やら農作物を展示してたもんだ」
「今は劇とかダンスとかが主流だよ。うちのクラス、朗読劇やるんだ」
銀次郎はうなずきながら、ビールの缶を置いた。
「で、お前は“応援”する側か。そろそろ、自分のやりたいことも見つけねばならんぞ」
「……わかってるよ」
それでも、いまは――彼女の夢を守りたい。
それだけが、自分の“夢”だった。
【クライマックス前:ひび割れる関係】
文化祭まであと一週間というある日、練習後にふたりで歩く帰り道。
夢翔は、花音の様子に何かを感じ取っていた。
「最近、元気ないように見えるけど……大丈夫?」
「……うん、ちょっと疲れちゃってるだけ。台本の読み込みとか、色々あって」
「無理すんなよ。俺、代われることがあったら、なんでもするから」
「ありがとう……夢翔くんって、ほんと優しいよね」
その「優しい」という言葉に、また、何かが引っかかった。
自分は彼女にとって、“恋人候補”ではなく、“応援してくれる優しい友達”でしかないのか――
その疑念が、言葉にならずに、心に溜まっていった。
【転機:涼真の告白】
文化祭の前日、夕暮れの屋上。
夢翔は偶然、涼真と花音が話している場面に出くわした。
「七瀬、俺、ずっと前から思ってた。お前の声、誰よりも好きだ」
花音は驚いたように、言葉を失っていた。
「……夢翔と、仲いいのは知ってる。でも、俺は俺で、お前のそばにいたいって思ってる」
その言葉を、夢翔は物陰から聞いてしまっていた。
何も言えず、その場をそっと離れるしかなかった。
【章のクライマックス:本番前夜】
夜、自宅のベランダで夢翔は空を見上げる。
この数週間、自分は彼女に何を届けられたのか。
声を、夢を、支えたいと願ったのに、自分の気持ちは伝わっていないのではないか。
祖父・銀次郎がそっとやってくる。
「どうした。空見上げて、恋でもしたか」
「……うん。たぶん、そうだと思う」
「だったら、一歩踏み出すしかなかろう。夢ってのは、黙ってちゃ伝わらんもんだ。恋もまた然りだ」
銀次郎の言葉は、胸に刺さった。
そうだ。彼女の夢を支えるだけじゃなく、自分の想いも、ちゃんと届けなきゃ――
【章末:文化祭の朝】
文化祭当日、校門前。
夢翔はポケットに、あの夢ノートをしまい込んだ。
彼の中で、ひとつの決意が生まれていた。
今日は、朗読劇。
そして、想いを伝える日でもある。
《この声が、君に届きますように――》