夢見るロゼ
加筆部分はラストのみです。
【池淵】でお読みの方は飛ばしても大丈夫です。
いつもだったら嬉しい金曜の夜。心乃美は重い足取りで帰路に就く。
幸せそうなふたりの顔と、囲む皆の祝福と。乾いた笑みを貼りつけておめでとうございますと言った自分の声が、いつまでも消えない。
ようやく最寄り駅に着き、あとは徒歩。気が抜けたのか、油断をすると零れそうになる涙を必死に堪える。
明日と明後日は仕事も休み。家にさえ帰れば今日と明日くらい泣いて過ごしても構わない。
途中、聞こえた通知音に握りしめていたスマホを見ると、友人の桐華からの返信だった。
電車の中から入れたメッセージへの返信。我慢していた涙が零れる。
『すぐ行くから!』
滲む画面には、力強い言葉が記されていた。
心乃美が帰宅してから半時間ほどして桐華がやってきた。
「……っりが、と」
「ひっどい顔」
タオルで顔を半分隠して迎えた心乃美に、桐華は開口一番そう言い放つ。遠慮のない高校時代の友人に、心乃美はだってとぼやいた。
「ご飯まだでしょ? 用意するからシャワー浴びといで」
帰ってきてからずっと泣いていたことは見透かされているようで。
言い訳すらできずに追い立てられ、心乃美はノロノロと準備をし、バスルームへ向かった。
うつむき頭からシャワーを浴びる。頬を流れるのは涙なのかシャワーなのか。ぼんやりそんなことを考えるうちに、いつの間にか涙は止まっていた。
温まり少し落ち着いた心乃美が部屋に戻ると、ローテーブルの上には既にいくつか皿が並んでいた。
「もうちょっとだから座ってて」
パタパタと忙しなく動きながらの桐華の声に、心乃美は素直にテーブルの前に座る。
サニーレタスとハムのサラダ。粒マスタードが添えられたボイルウインナー。買った覚えのないモツァレラチーズとトマトは桐華が持ってきてくれたのだろう。チルド室のレーズンバターも見つかってしまったらしく、チーズとクラッカーとともに並んでいる。
「先にこれ」
桐華が心乃美の前に深皿を置いた。キャベツと玉ねぎが入った透き通る黄金色のスープ。向かい側にも同じものを置き、桐華も座る。
「食べよ」
「ありがと、桐華」
礼を言い、スプーンを入れ一口啜った。僅かな燻製香と野菜の甘さを感じるコンソメスープが、泣きすぎて重い身体に染み渡り温めていく。
ほぅ、と息を吐き。先程までとはまた違う理由で込み上げる涙を拭った。
「……美味しいよ」
「そう。よかった」
互いに再び黙り込み。
スープを飲み切る頃には、心乃美の中に次々打ち寄せる感情の波は少し凪いでいた。
食べ終わったスープの皿を下げた桐華がグラスふたつと栓を抜いたワインの瓶を持ってくる。
ずんぐりとした透明なグラスに鮮やかなルビー色のワインが注がれた。
「じゃあ洗いざらい吐きなさいよ」
「何その言い方……」
拗ねてぼやく心乃美に、桐華は表情を変えずグラスを手に取った。
「聞くだけだったらいくらでもしてあげるから」
分厚いグラスがカチンと少々鈍い音を立てて合わさる。
仕方なさそうな顔をしながらも、桐華は自分が気負わず話せるようにこういう言い方をしているのだとわかっていた。
せめて話し終わるまでは泣かずに済むように。余すところなく話しきれるように。高校生の頃から何度もこんな自分の相手をしてきている桐華。扱いだって手慣れたものだ。
頼もしさ半分、もう少し優しくしてほしさ半分で、心乃美はグラスに口をつける。
口に含んだ赤ワインは渋みが少なく、飲み込むとほんのりとした甘さが残った。
ずっと気になっていた。
とても優しい会社の先輩。困っているといつもさり気なく助けてくれる。
誰かの陰口を叩いたり、自分勝手な行動をしたり。そんなところは見たことがなく。いつも穏やかに笑っていて、皆のことを気にかけているような人。
何度も教えてもらい助けてもらい。いい人だなぁと思うようになって。いつも外食の先輩と外へと出るのが同じタイミングになり、一緒にお昼を食べたこともある。
だんだん惹かれて。だんだん好きになっていった。
誰にでも優しいけど、自分にも優しいから。気付けずにいた。
外でお昼を食べる回数が減ってきていたこと。
先輩の同僚のあの人と一緒にいるところをよく見かけるようになっていたこと。
思い返せば予兆はあった。
ただ自分がちゃんと気付こうとしなかっただけなのだ。
暫く何も言わないまま、こくりともう一口ワインを飲んで。
「……先輩、結婚、するんだって」
言葉にするとますます事実が染み込んでくる。グラスを置き、うなだれる。
「先輩って、あんたが気になるって言ってた人?」
下を向いたまま頷く心乃美に、桐華はふぅんと感情の籠らない呟きを返した。
「あんた、そんなに泣くほど好きだったの?」
「好きだったもん!!」
容赦ない言葉に思わず言い返してから、己の中の違和感に気付く。
自分は先輩を好き。その気持ちは間違いないが。
「……好き、だったんだもん……」
尻窄みの声は、その先の言葉を認めるものだった。
好きな人がいる日常。
その人に会えるのが嬉しくて。
その人と話せるのが嬉しくて。
その人がいてくれるのが嬉しくて。
周りがキラキラして見えるような、そんな気持ち。
毎日ふわふわと幸せな気持ち。
ほんの些細なことに舞い上がって。
明日の笑顔を胸に描いて。
そんな幸せが、自分の日常――。
またグラスを手に取り、また一口飲む。
先程までの甘さはもう感じない。
天井のライトの光が映り込み、赤い水面で白く揺らめく。華やかな赤、煌めく白。混ざり合わない赤と白。
二口、三口と飲み進める心乃美の瞳が潤んでいく。
ぼやける水面、しかし光はワインに溶け込まない。
惹かれていたのも、好きだったのも、本当。
しかし自分が浸っていたのは、ただの好きな人がいる日常。
キラキラふわふわした、柔らかい日常。
赤と白が混ざってしまった、淡いピンクの日常。
持て余すような焦れも泣きたいほどの寂しさもない、生温い気持ち。
相反して混ざり合わない、熱も凍えも覚えぬままで。
その人を希う必死さなど、欠片もなかった。
心乃美が空になったグラスをテーブルに置いた。少し飲んだだけで動きを止めて見守っていた桐華も同じくグラスを置く。
ぐい、と涙を拭った心乃美が桐華を見つめた。
きつい物言いもこちらを思えばのもの。恋に恋する自分をよく知るからこその、気付きへと導く言葉なのだ。
じっと見ていると、少し笑って息をつかれる。
こんなところまで見透かされているのかと心乃美も苦笑う。
こうして自分をわかってくれる友がいる。そのことが嬉しかった。
「……ふたりとも、嬉しそうに笑ってた……」
未だ消えぬ記憶の中。それでも見え方が少し変わった。
ふたり並んで。照れたように笑って。
先輩のあんな幸せそうな笑顔は見たことがなかった。
きっとふたりは自分とは違い、キラキラでもふわふわでもない気持ちすら受け止めたのだろう。
「………いいなぁ……」
零れた言葉にくすりと笑ってから、桐華が心乃美のグラスにワインを注ぐ。
「どっちの意味?」
「どっちも!!」
グラスを掴み、心乃美は桐華の前へと突きつけた。
「今日は飲むよ!」
自分のグラスを取り、桐華がカチリと合わせてくる。
「あんたの好きな甘いのもちゃんと冷やしてるから」
「え? そっち飲みたい」
「食べてからよ」
笑う桐華に一度頬を膨らませてみせてから、注がれたワインを飲む。
すっきりと軽い赤ワイン。後味は、少し甘い。
「いっぱい用意してくれてありがとね、桐華」
「急だったから簡単なものしかないからね」
「十分だって!」
調子いいんだから、と笑う桐華に笑みを返して。心乃美は箸を手に取り、いただきますと告げた。
大いに飲み、食べ、語り合ったあと。
片付けておくからと心乃美に言われ、桐華はバスルームへと向かう。
腹が満たされるに従い心乃美も少しは落ち着いてきたようで。ワインの瓶が空く頃には、暫く恋なんてしない、などと宣っていた。
そんなわけないだろうと、桐華はひとり笑う。
知り合った高校時代から心乃美は本当に恋多き女子だった。それも決まって片想いで、少し離れたところから眺めるだけで十分だと言わんばかりの奥手振り。
傍目には本気で好きなのかと疑いたくなるものの、本人は毎回真剣であるらしく。想いを告げぬまま失恋しては泣いていた。
社会人になっても変わらぬ様子に、呆れと少しの安堵を覚える。
心乃美が恋を成就させればきっとそちらばかりになり、自分のことなんて二の次になってしまうだろう。
泣く親友を見たくはない。しかし、疎遠になってしまうのは寂しい。
狭小な己の心に苦笑いしながら、桐華はバスルームに入った。
シャワーを浴びて出てくると、心乃美は片付けを終えてお茶を淹れてくれていた。
ゆっくり飲んだとはいえ、ふたりでワイン一本。それなりに飲んでいるのでお茶はありがたい。
熱いルイボスティーを前に、また元のようにふたり向かい合って座り、今度は何を話すでもなく無言のままお茶を飲んでいた。
身体に広がる温かさが気を静め、独特の清涼感が纏わりつくように身体に残るアルコールを流してくれるような気がする。
「……ありがと、桐華」
両手で包んだカップを見ながら、心乃美がポツリと呟く。
「ごめんね」
曖昧なごめんねは何かに対してのものでもあり、ただ零れただけかもしれないが。
うつむくその姿に、桐華は軽く息を洩らした。
「そんなこと、気にしないでいいから」
「……うん。ありがと」
顔を上げずに少し笑う心乃美。
食べ始めてからは比較的明るく話していたのだが、ふと言葉に詰まったり、じわりと涙が浮かんだりと、まだ揺れ動く様子を見せていた。恋に恋した結果とはいえ、もちろん心乃美にとっては失恋には違いない。
しかし毎度それから立ち上がる心乃美は、桐華からしてみれば十分強いと思えた。
ちくりと胸を刺す痛みに、桐華は心乃美から目線を外す。
自分が心乃美に対して抱く羨望と罪悪感。
口にできぬ弱い自分が情けなかった。
大学生の時に告白され、付き合うことになった人がいた。
好きか嫌いかと言われると、もちろん好きではあった。だから付き合った。
自分なりに相手のことは大切にしていたつもりだった。あまりベタベタするのが好きではなく、話し方も女子にしてはぶっきらぼうな自分だが、相手だってそれをわかってくれていると思っていた。しかし日が経つにつれ相手の態度が変わってきて、気が付いたときには二股をかけられていた。
どうしてと問う自分に、相手は悪びれもせず『桐華は俺のこと好きじゃないだろ』と言い、その場で別れを告げられた。
こんなかわいげのない女だとは思わなかった。
最後に投げつけられた言葉が、今でも重く。それから恋愛には臆病になっている。
そしてそのことを、自分は心乃美に話せないままなのだ。
素直に人を好きだと思い、恋破れてもひねくれず前を向いたまま進む心乃美。そんな彼女にいつも偉そうなことを言うくせに、その強さは自分にはない。
そのことを心乃美が知ったらどう思うのか。
今となっては、それも怖かった。
「ね、アレも飲もうよ」
カップが空になったところで心乃美が期待に満ちた眼差しでそう聞いてきた。
「アレ?」
「白ワイン! 桐華が持ってきてくれたやつ!」
「こんな時間に?」
食後にと言いつつ開けていなかったなと思い出したものの、仕事を終えてからここへ来てゆっくり話しながら食べていたので、もうそれなりにいい時間だ。
時計を見ながらそう言うと、心乃美がだってとむくれて呟く。
「気になるんだもん。明日お休みだし、ね?」
「……まぁあんたに持ってきたんだしね」
やったぁ、と喜ぶ心乃美に笑ってから、桐華はカップを持って立ち上がった。
カップを洗うのは心乃美に任せ、冷蔵庫で冷やしていたワインを取り出す。
磨り硝子のワイン瓶の栓を抜き、グラスとともにテーブルに持っていった。
「ナッツでも出す?」
「なくて大丈夫だと思う」
答えながらグラスに半分弱ずつ注いで、互いの前に置いた。
「ケチ」
明らかに空白の方が多いグラスに心乃美がぼそりと呟く。
「飲んでから言いなよ」
再栓しながら苦笑する桐華。
「本気で甘いから」
「そんな風には見えないけど」
少しも黄色味を帯びない透明なワインを明かりにかざし、心乃美は怪訝そうに眺めていた。
今日何度目かの乾杯をして、桐華はグラスのワインを口に含む。
凍ったぶどうで作られたワイン。どこまでも透明なその見た目に反して少しとろりと感じるのは、やはりその濃い甘さのせいだろう。砂糖の甘さとはまた違う、凝縮した果実の甘みと僅かな酸味。しかし飲み込むとすっと引き、残る香りが鼻を抜ける。
その一口を味わいながら心乃美を見ると、驚いたようにこちらを見ていた。
鳩が豆鉄砲を食らったよう。そんな言葉が頭に浮かび、思わず笑う。
どうやら気に入ったらしい。
「そこそこ度数あるから。がぶ飲みしないでよ?」
甘く飲みやすくともワインはワイン。ストロングの缶チューハイよりアルコール度数は高い。
「わかってるしなんかもったいないからできないよ」
少し興奮したように早口でまくし立て、心乃美は再びグラスに口をつける。少し飲み、考え込むように宙を見据えてから。
「わかった! ワインなのにジュースだけどワイン」
「何よそれ」
得意げに言い放った心乃美に呆れ顔を向けながら、桐華は自分もゆっくりとワインを飲んだ。
お茶を飲み少し酔いも醒めたのも束の間、またへにゃりと緩んだ笑顔でこちらを見る心乃美。空のグラスを握ったまま、こちらをじっと見ている。
「なに?」
「ん〜ん。なんでもなぁい」
少しとろけたその顔は同性の自分から見てもかわいらしく。きっと少し積極的になればすぐ彼氏もできるのだろうなと思う。
そうなればきっとこうして自分が呼ばれることはなくなるのだろう、と。いつもより寂しく思うのは、回るアルコールと更ける夜のせい。
桐華がそっと息をつき、お茶を飲もうと立ち上がろうとした時。
「……桐華がいてくれて嬉しいよ」
小さな呟きに、桐華が動きを止めた。
そんな桐華を微笑んだまま見つめる心乃美。本当に嬉しそうなその表情に、さっき覚えた寂しさがするりと解けていく。
(……彼氏ができても、変わらないでいてくれるかな)
こうして時に集まって。他愛ないことを言って笑って。
これからもずっと、そんな友達でいられるだろうか。
私も、と口を開きかけた桐華よりもほんの少し早く、だから、と心乃美が続ける。
「……ワイン、もう一杯ちょうだい?」
ニンマリ笑う心乃美を見、開いた口を一度閉じてから。
「だめ」
「なんでぇ?」
不服そうな心乃美にくすりと笑い、桐華は心乃美のグラスも取り上げた。
「コンビニのだけど、ガトーショコラ買ってきてるから。その分残しとかないと」
「ワインと一緒に食べるの??」
「そうそう。合うんだから」
さすがにそれは明日にね、と言いくるめて。
「……代わりに、ちょっと話、聞いてくれる?」
回るアルコールと、更ける夜と、変わらぬ友に。
いつもより少しだけ口が軽くなれるかもしれない。
一瞬きょとんと見返してからもちろんと頷く心乃美。頼もしい笑みにありがとうと返し、桐華はお茶を淹れにキッチンへ向かった。
遅くまで話し込んでいたため、翌日は揃ってお昼前に起きてきたふたり。
昨夜は泣いて怒って励ましてと忙しかった心乃美も、長年抱えていた荷を下ろすことができた桐華も、一晩眠れば落ち着いて。
互いに寝すぎたねと言いながら、朝昼兼用の食事を取る。
「明日も休みでしょ? このまま今日も泊まっていってよ」
「着替え持ってきてないし、洗濯もしておきたいから帰る」
あっさり断られ、少し寂しそうな顔を見せる心乃美。
「夕方までにまた来るから。一緒にガトーショコラ食べよう」
桐華が予想通りの反応に笑って続けると、心乃美はからかわれたことに気付き頬を膨らませる。しかしすぐに気を取り直し、楽しみだと笑った。
桐華が戻ってきたのは三時を少し過ぎた頃。せっかくだから買い直してきたと、ケーキの箱を差し出す。
中はもちろんガトーショコラ。
お茶の代わりに昨夜残しておいた白ワインを注いで、ローテーブルに並べた。
「「いただきます!」」
まずは白ワインを一口。
ワインだと思って口に含むせいか、その甘みを強く感じる。
口内を満たす甘い香りを楽しんでから、ふたりはガトーショコラを口に入れた。
白ワインとはまた違ったベクトルに濃厚な甘みが広がる。
濃いチョコレートの香りと後味が残るうちに白ワインを飲むと、先程はほのかだった酸味が際立ち、いかにもワインといった味わいになった。
二口、三口と飲んでから、心乃美が考え込むように首を傾げる。
「合うのはわかるんだけど。私はそのまま飲むほうが好きかなぁ」
アルコール感と果実味は増すような気がするが、その分特徴的なとろりとした甘みが薄れるようだった。
「心乃美は甘いワイン好きだもんね」
繰り返し飲むとチョコレートの甘さから果物が凝縮した甘さへの変化を感じることができるが、それよりは甘いまま飲んでいたいのだろう。
「じゃあそれ飲んでから。あとでお茶入れて食べたら?」
どうせ少し酔いを醒まさねば夕食を作るのが億劫になる。
この瓶と入れ替わりに、冷蔵庫にはロゼのスパークリングワインが入っている。心乃美好みの甘口ワインを楽しむために、夕食も少しは手を掛け、ゆっくり時間を取りたい。
休日かつ休前日であるからこその贅沢。
気心知れた相手とこうしてのんびり過ごすこともまた、これ以上ない贅沢だろう。
ぱあっと瞳を輝かせ、心乃美が嬉しそうに頷く。
「桐華もお茶は飲むでしょ?」
「もちろん。晩御飯何作るか相談しよう」
笑いながらグラスを上げる桐華に、心乃美も己のグラスを合わせた。
「ねぇ桐華」
甘いワインにとろけるような笑みを浮かべながら、ぽつりと心乃美が呟く。
「好きな人、見つけてね」
一瞬瞠目してから、桐華は綻ぶように緊張を解いていく。
あの日に凍りついた恋心がすぐに動き出すとは思えない。
それでも、一緒に泣いて怒って励ましてくれた目の前の親友が、その氷を解かしてくれたから。
きっと今までよりも自然に、周りを見ることができるだろう。
「あんたは暫くやめときなさいよ」
「わかってるもん!」
素直に言えないありがとうは、そんな言葉に変わってしまったが。
それでも嬉しそうに笑う心乃美のグラスに、桐華は白ワインを注ぎ足した。
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