7話 精鋭騎士ルナの場合 - 7
「――それでこの娘ったら一時期、うちに帰ってきてもしばらく魔法の練習ばっかりするようになってしまいまして。私たちには種族柄向いていないっていうのに」
「ははは、そんなことがあったんですね。たしかにずいぶん昔、しばらく魔法のことをよく聞いてくる時期があるとは思っていましたが」
俺たちはディアナさんが用意した食事を楽しみながら、ルナの昔話で盛り上がる。
なんでも、ルナの当時の上司がえらくかっこよく魔法を使うものだから、それに憧れて彼女も、だとか。まったく、かわいいやつめ……。
俺たちがそんな話ばかりするものだから、最初はいちいちディアナさんに突っ込みをいれていたルナも、いまや諦めて双子の兄弟と何やら話している。それでもやはり気になるのか、ときおりこちらをちらりと見て、なにやらもの言いたげな視線をぶつけてくるその様子に、俺は苦笑いを浮かべた。
加えて、ディアナさんはそんな俺たちの様子を見るたび、「あら、通じ合ってるのね」などとルナをからうかうような言葉を投げるものだから、そのうちルナが切れないか心配である。
「でも、ルナの話で聞くような上司がほんとうにいるのかちょっぴり疑っていたんですけれど、話の通りで……。ルナはとっても人に恵まれたんですね」
「いえ、そんな。突然押し掛けた私に良くしてくれて、むしろディアナさんたちの方がよほどご立派だと、頭が下がります」
「うふふ、そんなことはないですよ。娘の大事なひとだもの、これくらい何てことありませんから」
そう言って笑うディアナさんに、恐縮することしきりである。実際、会ったことのない人物が突然家族の団らんに横入りしてきたというのに、できた家族だ。
ただ、ひとつ気になることがあるなら……。
――なんか、ちょいちょい言い回しが引っかかるんだよな。ルナの大事なひとって、そんなのふつう恋人か夫かにしか言わんだろ。それか、犬獣人特有の概念――主とやらが、その大事なひとになるのか……?
いったい俺のことをどう伝えていたんだと、コユキちゃんやヨルくんと話すルナを横目で見る。しっかりそのことに気づいたルナは、頭の上の耳をぴくんと跳ねさせ、さっと目を逸らす。
おーい、なんでそっち向く……。
どう伝えられていたにせよ、非常に気まずい。不安になりながら、しかし俺は表面上では愛想よくディアナさんと会話を続けた。
――そうして、やがては用意された食事もあらかた平らげ、コユキとヨルがうつらうつらと舟をこぎ始めた頃。
ディアナさんは「少し待っていてください」と席を立ち、子どもたち二人を抱えて奥へと連れていく。
俺はその隙に、ルナの耳へ口を寄せる。
「なんだかえらく歓迎してもらったけど……ルナ、俺のこと何か変な伝え方していないかな?」
「いえ、そんなことはないです。とても良い上司がいるとだけ」
「……それだけ?」
「はい」
ルナはつんと鼻を上げ、澄まして答える。耳や尻尾は機嫌よさげに揺れているが、ぼろを出す様子はない。
どうもすっきりせず首を傾げるが、しかしそうしているうちに、子どもたちを連れていったディアナさんが帰ってくる。
ふたりが寝てしまうくらいだ、そろそろ時間も遅い。いつまでもお邪魔しているのは悪いし、そろそろお暇させてもらおうか。
俺はディアナさんを立ちあがって迎える。
「すみません、とんだ失礼を……。あの子たち、珍しいお客様にはしゃぎすぎちゃったみたいで」
「いや、とんでもない。私の方こそ、可愛い子どもたちに相手してもらえて光栄です。ディアナさんにも、とても良くしていただきました。ありがとうございます」
「いえいえ、娘の……ですからね! これくらいなんてことないですから!」
娘のなんだって? そこだけぼそっと言うのやめていただきたい。最後まで不穏な発言を残す人だな……。
俺は苦笑いしながら、ルナに視線を向ける。言いたいことは伝わったようで、こくりと頷きが返ってきた。
俺はディアナさんに言った。
「今日は、ほんとうにお世話になりました。そろそろお暇させていただこうと思いますが、このお礼はまたいずれ」
「あらそんな、もっとゆっくりしてくださっていいですのに……。でも、もうこんな時間ですし、無理に引き止めるのも悪いですね……。帰りもどうか、お気をつけくださいね」
「はい、ありがとうございます。ああ、そういえば聞いていなかったけど、ルナは今日外泊申請は?」
「出していませんので、副団長と一緒に帰りますよ」
「そうか。なら、ルナは最後にもう少し、ご母堂と話をしたほうがいいかな?」
「いえ、もう十分話はできましたから。今日は副団長といっしょに帰ります」
ルナの返答を聞き、俺はもう一度「そうか」と頷く。それならと、ディアナさんに向きなおり、口を開いた。
「では、名残惜しいですが、私たちはそろそろ失礼します。またお礼にうかがいます」
「いえいえ、お礼なんて気にせずに。でも、またいつでも来てくださいね。ご馳走を用意しておきますから」
「ありがとうございます」
暖かな言葉に頭を下げ、俺はルナを伴って家を出る。外まで来て見送ってくれるディアナさんに手を振り、帰路に就いた。
先ほどまでの、柔らかな灯りと暖かい雰囲気に満ちた場から一転、外はすでに真っ暗で、空には冷たい銀月が浮かぶ。
俺は手のひらに魔力球を灯し、その明かりを頼りに歩く。
ルナに向かって言った。
「暖かいご家族だったね。久しぶりだよ、こんなに楽しい食事をできたのは」
「ほんとうですか? ……なら、良かったです」
少しうつむき加減のルナは、足を動かすたびに耳を揺らしながら、声だけを俺に届ける。
「今日は結局子どもたちに魔法を見せられなかったし、お礼を持ってまた挨拶に行くよ。その時はルナにも声を掛けるから」
きっと、騎士団を無事辞めることができたら、王都を離れる前には赴くことになるだろう。
俺たちは、暗い道を歩き続ける。
隣にいるルナは、さきほど返事をしたっきり、何もしゃべらない。下を向いて、黙々と足を動かしている。
どうしたんだ? いつもはクールな見た目と口調のわりに、よく話しかけてくれるのに……。
どこか思いつめたような、重たい雰囲気。
心配になった俺は、また何か声をかけようかと迷う。けれど、どうも声を発してはいけないような、そんな張り詰めた空気感に、結局俺たちはそこから会話を交わすことなく、やがて騎士団本部まで帰ってくる。
敷地に入ってからも沈黙は続き、高位の騎士の部屋がある住居棟へ向かい、しばらく歩き続ける。
月と魔力球、ふたつの光源に照らされた俺たちは、地面にふたつずつ影を落とす。近づいたり離れたりする影を何とはなしに見ながら、すこしの気まずさを抱えて進む。
と、その時だった。
隣を無言で歩いていたルナは、なぜかおもむろに足を止める。
「……どうかした? ルナ」
声を掛けるも、しばらく返事はない。ルナの視線はこちらを向いておらず、その先を辿って見えたのは訓練場。
月に照らされ、耳と尻尾を持った影がルナと俺の間に落ちる。
少し異様な雰囲気のルナに、さすがに心配になって、俺はもう一度声を掛けようと口を開きかけ、そしてその時――
「――副団長」
こちらに顔を向けないまま、ルナの声が深い夜に響く。
ゆっくりとこちらを向くルナの、銀の髪と青い瞳が光の尾を引く。
ルナは、言った。
「どうか。今からここで、私と戦ってください――」
夜は、まだ明けない。