6話 精鋭騎士ルナの場合 - 6
それから、俺たちは騎士団本部の敷地を出て、街を歩いていた。
互いに一度部屋に帰り、団服から着替えは済ませている。俺はカジュアルなジャケットだけ羽織り、そしてルナはと言うと……。
俺はちらりとルナの全身に目をやる。
すらりとしたしなやかな身体は、シンプルだが品のあるワンピースタイプの服に包まれている。きれいな銀の髪が良く映える、紺色をベースとした服だ。胸元や袖口、それに裾の部分だけ白い生地で、ふわりとしたフレアになっている。
ルナのやつめ、こんな女性らしい服持ってたのか。鎧か団服しか見たことなかったからな……。
十代の頃から彼女を知っている身としては、まるで娘の成長を実感する父のような心境だ。
そんなことを考えていると知ってか知らずか、ルナは珍しく俺の前に立ち、夕食の場へと先導している。
すでに騎士団本部を出てから三十分ほどは歩いており、家屋や店が雑多に立ち並ぶ路地へと入っている。行きたい場所があるというから着いてきたが、入り組んだ道を進んでいるためもう道順も覚えていない。
俺は足を動かしながら、ルナへと声を掛けた。
「ずいぶん歩くね。目的の場所はそろそろなのかな?」
「はい。あと十分も歩けば着きます」
「そうか、それは良かった。お腹も空いているし、職業柄あまり持ち場を離れすぎるのも良くないからね。中隊長以上は多少融通が利くとはいえ」
俺はルナの返答に満足して頷き、先ほどまでと同様、また他愛のない話を再開する。仕事の調子はどうか、プライベートでは最近何をしているか、恋人なんているのか、など……。
愛弟子とふたりきりでゆっくり話す機会など最近なかったものだから、こうして話しているだけで、ほぼ常に一緒にいた昔のことを思い出す。ルナも俺との会話を楽しんでくれているのか、ふさふさの尻尾が常に揺れていた。
そうして、足を動かすことしばらく。
俺はルナが足を止めたのを見て、その隣で立ち止まる。ぐるりと周囲を見渡し、首を傾げる。
「ここは、住宅街? ご飯を食べられる店なんかはなさそうだけど……」
「はい。この辺りは、おもに王都に住む獣人たちが集まって暮らす区画です」
その言葉に、なんとなく状況を察した俺に向かって、ルナは言った。
「今日は、私の実家で一緒に食事をします。さあ、遠慮せずどうぞ」
目の前の、セメントで固めて作られた家の戸を開けると、中へ向かってルナが手を差し向ける。
……別に、いいんだけどさ。実家に連れてこられるなら、最初から言っておいてくれよな。
相変わらずの読めない行動に、俺は苦笑いを浮かべる。表情を動かさずじっと見つめてくるルナに「さあ」と再び促され、俺は少し居住まいを正してから室内へ足を向けた。
そして、暖かな光が広がる室内に入った途端――
「おかえりルナ姉ぇー!!」
「ルナ姉!」
わっ、と押し寄せる小さな影が二つ。白と黒の毛玉がどすっと体当たりしてくる。
その軽い衝撃を難なく受け止めると、俺は微笑みながらたしなめた。
「こら。急に飛び出したら危ないだろう?」
「……え?」
びっくりしたように耳を立て、顔を上げて俺を見るふたり。少しだけ固まったあと、ふたりは叫び声をあげ、ぴゅーっと俺から離れていった。
「だれー!?」
「ごめんなさーい!」
「おかあさーん」と呼びながら家の奥に引っ込んでいく子どもたちを見て、俺は思わず笑みをこぼした。
後ろから突進される俺を眺めていたルナも、家の中に入ってきてため息を吐く。
「相変わらず、落ち着きがありません。驚かせてしまってすみません、副団長」
「ああ、大丈夫だよ。ふたりとも、ルナが帰って来たと思って喜んでたんだ。可愛いものだよ」
基本的に騎士団本部で暮らさなければならない俺たちだが、おそらく今日は事前に実家へ帰ることを伝えていたのだろう。ルナの実家には弟と妹の双子がいると以前から聞いてはいたが、今の様子からその慕われようが良く分かる。
少し目を細めて子どもたちが向かった先を見やるルナは、こころなしいつもより柔らかい表情をしているように見えた。
俺はルナに向かって言った。
「それじゃあ……子どもたちふたりにも、ルナのご母堂にも、ちゃんと挨拶しないとね。案内してくれるかな?」
「はい、こちらに――と。その必要はなかったようです」
ルナがそう言うと、彼女の視線の先から人影が出てくるのに気づく。先ほどの小さな影がふたつと、もう一つはルナより少しだけ背の低い影。
俺は姿を見せたルナの母であろう人物へ、すぐに頭を下げた。
「事前の相談もなく、突然押し寄せてしまって申し訳ありません。私は青狼騎士団副団長、セイリオス・セージと申します。……ご息女――ルナさんの上司をさせてもらっています」
「あっ、あなたが……いえ、そんなことより頭を上げてください!」
慌てた様子のルナの母は、俺の頭を起こさせようと手を伸ばす。そして、横に立っていたルナがその手をパチンと叩き落とす。
「あいた! こら、何するのルナ!」
「気軽に触れないで」
なぜか実の母を警戒するルナ。その言葉に、ルナの母は最初こそむっとしたものの、すぐに苦笑いを浮かべて手を下げた。
「まったく、分かりやすい……。――ああ、お見苦しいところをすみません、セージ様。私はそこのルナの母をやっています、ディアナと言います。それと……」
ディアナさんは後ろに隠れてこちらを覗き見ていたちびっ子ふたりを引っ張り出す。
「こっちのふたり、白い方がコユキ、黒い方がヨルです。さっきはご迷惑おかけしたみたいで、重ね重ねすみません……」
「ああいえ、元気な子どもたちで、私まで元気をもらってくらいですよ。それと、私のことはどうかリオと。様をつけられるようないい身分ではないもので」
「リオさん?」
「リオかー! リオ、えらい騎士なんだろ? 剣見せてよ!」
「こらっ、失礼なこと言わないの!」
「ははは……全然かまわないです。ヨルくん、実は今日剣は持ってきてないんだけど……あとで魔法で剣を作ってみせるよ」
「魔法!? 魔法使えるの?」
「リオさんすごーい。わたしにも見せてね」
さっきまで隠れていた子どもたちが、無邪気に俺の周りをぐるぐると回る。
それを見たルナは、いつにもまして冷たい顔で呟く。
「みんな、恥ずかしいから大人しくして。お母さんは食事の準備、ちびたちは……部屋の片付け。……すみません、副団長、うるさくて。さあ、リビングはこちらです」
おお……あのルナが仕切ってる。なんだか大人っぽく見えるぞ。
少しだけ感動しながら、俺はルナに促されついていく。初めはいきなり家に連れてこられて驚いたが、せっかくの機会だし楽しませてもらおう。
部下の意外な一面を新鮮に思う俺は、そうしてリビングのテーブルに案内されると、食事を待ちながら子どもたちやディアナさんとルナの話で盛り上がるのだった。