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3話 精鋭騎士ルナの場合 - 3


 俺のことを主だと思っているから、ルナは俺について退団しようとする――それならば、獣人として俺以外に主だと思える強者を見つけて、そちらについていってもらえば良いのだ。


 そして、その誰かは騎士団にいることで接点ができる者でなくてはいけない。でないと、結局ルナは新しい主のそばに行きたいと騎士団を辞めてしまうだろう。


 ううむ、中々厳しい条件だ。


 実のところ、まずルナより明確に強いと言える者を探す時点で相当難しいのだ。


 彼女は犬獣人だけあり、非常に身体能力が高い。種族柄魔力はそこまで高くないのだが、それを補って余りある素の力がある。


 加えて、新人騎士の時代から俺が叩き込んだシリウス王国流騎士剣術も、免許皆伝の実力なのだ。


 彼女は騎士としては、まだ上にふたつの階級を仰ぐ精鋭騎士の階級だが、そもそも精鋭騎士自体が総勢五百を数える青狼騎士団で二十人ほどしかいない。俺の見立てでは、ルナは純粋な一対一の斬り合いにおいて、その二十人の中でも上位に位置する。そんなわけだから、彼女のお眼鏡にかなう主人を探すハードルの高さは言わずもがな。


 いま、この騎士団本部に残っている精鋭騎士って誰がいたかな……。


 俺は部下たちのスケジュールを思い出しながら、素直に従うルナを引き連れ訓練場を進む。


 おお、新しい主の第一候補発見だ。まずはあいつから……。


 そうして、俺はたしかルナの同期だった精鋭騎士のもとへと進む。


 彼は力・技術・魔力のいずれもバランスよく高水準で備えた騎士だったはず。当然ルナのような身体能力お化けとの戦いも、これまで何度もこなしてきただろう。


 彼ならばあるいは……。


 そうして彼に声をかけ、適当に誤魔化しながらルナとの模擬戦に了承をもらって、それから――――




 ――……。


 俺はほくほく顔のルナを連れながら、騎士団本部の中を歩く。陽はとうに傾き、すでに夕方。


 あの後、精鋭騎士でも上位の実力を誇る精鋭騎士数名を見つけ、ルナと模擬戦を行ってもらったのだが。


 ――ルナが、あまりにも強すぎる。


 俺はちらりと背後を振り返り、ついてくるルナを見る。


 ずっと無表情の彼女だが、しかし何となくその感情は分かる。いわゆるどや顔の雰囲気を出しながら、得意げに俺を見返してくる。


 まさか、同階級の騎士たち相手に負けなしとは。


 最近、彼女が精鋭騎士に昇格し、中隊長の地位に就いてからはあまり訓練もつけてあげられなくなっていたのだが。今日久しぶりに目にした彼女の実力は、俺の知るそれより明らかに成長していた。


 「……ちゃんと俺が教えた通り、訓練を続けていたようだね」


「もちろんです。副団長の薫陶を受けて、その言葉を無視することなんてありえません。私はこれまで副団長のおかげで強くなれましたし、これからもそうあります。貴方の隣に、並びたてるようになるその日まで」


 透きとおった瞳は、いかなる感情を俺に伝えようとしているのか。その殊勝な表情は、まさに弟子の鑑ではないか。


 これまで彼女を教えた長い日々を思い出し感動していた俺だったが、何やら隣から強く視線を感じる。目を向けると、いつも通り無表情のルナが、なぜか俺の顔をじーっと見つめている。


「……どうかした?」


「いえ。べつに、なにも」


 なんでもないと言いながら、それでもルナは視線を向け続けてくる。気まずい。


 どうしたかと首をひねるも、しかし俺は思い出す。ずいぶんと昔、ほとんど毎日付きっきりでルナの指導をしてあげていた頃のことを。


 不器用な彼女は、正直態度や表情だけ見ると誤解されやすい振る舞いが多い。当時の俺も、ルナは何か怒っているのか、不満があるのかと、よく気にしたものだ。


 そんな日々の中で、しかし彼女のためにも信頼関係を築かねばと、俺は苦労したものだ。


 そして、当時の俺が見つけ出した回答──父親を早くに亡くしたらしい彼女の、意外に甘えたなところを満たすコミュニケーション。


「うん。──師匠として、ここまで強くなってくれてほんとうに誇らしいよ。たくさん頑張ったね、ルナ」


 俺は足を止め、まっすぐルナを見つめ返し、そして褒める。


 具体的にどこがよかったのか、先ほどまでの戦闘でおっと舌を巻いたところを思い出し、ひとつひとつ、丁寧に。


 昔も一日の終わりに、こうしてその日良かったところを褒めて訓練を終えたものだった。


 俺の言葉をじっと聞くルナは、ときおり微かに頷きながら、変わらず表情は動かさないものの、非常に満足げな様子を見せる。


 つんと鼻をあげ、むふーと鼻息を出すその様は、まさしく飼い主に褒められた愛犬そのものであった。


 最近は会って話す機会があっても求められることはなかったが、今日は長い時間一緒にいたし、何度かこうして二人きりになっていたしで、ルナも昔のことを思い出したのかもしれない。


 俺は少し微笑ましく思いながら、こんなものでどうだとルナの様子をうかがうと、満足したのか先を行こうと再び歩き出す。


 合わせて俺も歩みを再開しながら、そして思った。


 ――ルナの新しい主を見つける試みがうまくいけば、こうして彼女に慕われることもなくなってしまうのだろうか。それはそれで少し寂しいなと、勝手なことを思ってしまう。


 それでも、俺はやっぱり騎士団を辞めたい理由があって、可能な限りその行動で周りに迷惑をかけたくない。こんな俺に付いてきてもらうのは、ルナの将来にとっても良くない。


 だから。


 ──よし、着いた。


 俺はひとつの扉の前で立ち止まると、ルナを振り返って言う。


「――今日の訓練は、これで最後だ。さあルナ。これまでの集大成を、俺に見せてくれ」




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