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聖女エリーゼの場合 - 15


 ――結局、その後。


 涙を流すエリーゼが落ち着くには、その小さなお腹がきゅるきゅると音を鳴らすまで待たなくてはいけなかった。


 羞恥に顔を染めるエリーゼからは、誤魔化し混じりに、俺が朝の準備に時間をかけ過ぎるからだと責められてしまう。


 俺は苦笑しながら、遅い朝食の準備に取り掛かった。


「残ってる昨日のスープは温め直して飲もう。魚はそうだな……塩焼きでいいか?」


「うん。……あ、じゃあわたしが焼きたい。焦げそうだったらうしろから口挟んで〜」


 照れ隠しなのか、あまり俺の顔を見ないエリーゼ。しかし調子は取り戻したようで、いそいそと俺が釣ってきた魚をキッチンまで持ってくる。


 俺はふたつのかまどに薪を突っ込み魔法で火を付けると、片方にスープが入った鍋を置いた。


 そして、魚を取り出したところで固まって首を傾げているエリーゼに声をかける。


「べつにそのまま塩振って焼いてもいいけど、手を掛けるなら鱗と内臓取ってもいいな。俺がやろうか?」


「もう、あんまり口うるさいとお母さんみたいになっちゃうよ~。わたしがやるから、リオは口だけ出してて」


「はいはい」


 苦笑して、さっそく取り掛かり始めたエリーゼを見守る。俺が作った包丁片手に苦戦しているが、これもいい経験だろう。


 スープがじゅうぶん温まったら薪を崩して火を弱め、俺は魚を焼くための串を準備しておく。


 そうして、なんとか不器用な処理を終えたエリーゼに串を打たせ、かまどにかけて魚を焼き始める。じゅうじゅうと皮目から油をたらし、香ばしく煙をまとう魚を見て、俺たちの食欲が刺激される。


「おいしそ〜」


 待ち遠しいとばかりに魚を見守るエリーゼに、俺は久方ぶりに家族という感覚を思い出す。ルナの実家という他人の家族に混じったときとはまた違う、俺自身の家族――。


 そう、あたたかな気持ちに包まれていた、その時だった。


 穏やかな時間は、刹那の後に動き出す――。




 ――俺が家の周囲に仕掛けた鳴子が、カラカラと音を出す。




「――!」


 その音を聞いた瞬間。


 俺は一瞬で、全身に魔力を巡らせる。身体からは青白い炎のように魔力が立ち上り、臨戦態勢を取る。


「え、もしかして追っ手……!?」


「しっ」


 声をあげるエリーゼを制し、俺はべつの魔法を起動する。


「《投波》」


 白光がかたどる魔法陣から生まれたのは、目に見えない風。魔力で作られたそれは、小屋の中を一瞬で満たしたかと思うと、すぐに外へと拡散していく。


 そして、魔力を通して繋がっている俺へと、外部の情報がフィードバックされる。


 この魔法を使うと、外にいる何者かにも魔力のこもった風が知覚され、俺の情報を与えてしまう。しかし、ことここに至っては、俺たちが外敵の情報を手に入れることが優先される。


 俺は広がる感覚で小屋の周囲にいる何者かの姿を探した。


 ――そして見つけたのは、ひとりの人影。


 それは神殿騎士のように甲冑を身につけてはおらず、軽装だった。教会の権威を誇示する装飾過多な剣も帯びていない。


 特徴的なのは――長い髪が揺れる頭の上に、ぴょこんと二本の三角耳が。そして、しなやかな腰から伸びるのは、ふわふわとした長い尻尾。


 ……俺の胸中に、大聖堂から無事に脱出できていたかと安堵が広がる。


 街で情報を集める際に彼女の話は出てこなかったので、大丈夫とは思っていたが。


 そして、安心すると同時に、ここまで来てしまったかと少しだけ頭を抱える。なんとか今日まで騎士団に頼らず、エリーゼとふたりきりでやっていたのだが。


 しかし、来てしまったものは仕方がない。それなら、俺たちとの接触が周囲に露見しないよう、気を配るしかない。


 そうして俺は、表向きは彼女をたしなめるつもりで――実際にはここまで気にかけてもらったことを嬉しく思いながら、彼女を迎え入れるべく扉を開ける。


 そして、視界に入った獣人の騎士――ルナは、俺が迎えてくれるのを知っていたように、驚きもなく俺の顔を見返す。


 ルナは、その無表情をほとんど誰も気づかないくらいに綻ばせ、口を開いた。


「――一週間ぶりですね、副団長。……ご無事でなによりです」


 本当に俺の無事を願ってくれていたのだと分かる、ほっとした声だった。


 そんなルナを見ると、ここまで来てしまったことに小言をなんて思いは、どこかに消えてしまった。


 ルナも、エリーゼも。こんなに俺のことを思ってくれる人がいるのだと、そう思うと胸に込み上げてくるものがある。


 俺はただ、深く感謝の思いを込めて、ルナに言った。


「――心配かけたね。こんなところまで来てくれて、ありがとう」


 こくりと頷いたルナに、俺は優しく微笑んだ。


 ……と、このまま再会の会話が終わればきれいだったのだが。




 俺に促されて小屋に入ったルナは、かまどの前で感情のない目を向けるエリーゼと対面する。


 対するルナも、先ほど俺に向けていた、無表情だがどこか優しい視線が鳴りを潜める。


 互いに睨み合うふたりに、緊迫した空気が満ちていく。


 誰も言葉を発さない中、俺は首筋に冷や汗が流れるのを感じた。


「……とりあえず、みんなで食事でもどうかな」


 そうして、手作りのテーブルを指すと、ルナが一言。


「椅子が、ふたつしかありませんね」


 そうして、物言いたげにエリーゼを睨む。


 ――はいはい、すぐ新しいの作るから待ってろって。取り合いするなよ!




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