閑話 エリーゼの想い - 2
――わたしたちが育った孤児院では、ある程度まで歳を重ねると、各々の得意分野に特化した教育を受けるようになる。
勉学は不得手だが剣術が優れた者がいれば、神殿騎士のための教育課程。勉学に優れているなら、会計や法律といった制度を熟知する事務員、という風に。
教会が孤児を育てるのは単なる慈善事業ではなく、忠実で有能な信徒を育成するという意図もあるのだろう。
そして、そんな専門の育成過程に入ったリオは、剣術と魔法双方に極めて優れた適性を見せたことから、他の者とは違う特別な課程を受けることになった。
他課程と違い、実践形式が多いらしく、リオと過ごせる時間は次第に減っていく。仕方がないことだと分かっていても、リオといる時しか心安らかにいられないわたしにとっては死活問題だった。
だからわたしは、彼の少ない自由時間にわがままを言って、できる限り一緒にいてもらった。
けれど。それでもリオはどんどん忙しくなり、一緒にいられる時間はさらに減っていく。
わたしにはリオしかいないのに、リオにとってはそうでなく、慕ってくれる者が多くいたのも、わたしの焦りを強くする要因だった。
だから、あの時のわたしは――馬鹿なことに、わざとリオに面倒をかけることを繰り返した。リオに構ってもらえるし、見捨てられることがないと実感することで、リオの中でわたしに価値があるのだと思い込めたから。
良くないことだと分かっていた。罪悪感だってあった。だけどわたしは、それでも……どんな形でもリオと、ずっと一緒にいたかった……。
けれど。あの時のわたしは今よりもさらに視野が狭く、とても重要なことに気がつけていなかった。
毎日外へ行っては、孤児院に帰ってくるリオが。わたしの悪戯やわがままに苦笑し、口では文句を言いながら、それでも面倒を見てくれたリオが。
日に日にやつれ、消耗していたことに――。
――そして、ある日。とうとう、決定的な瞬間が訪れることになる。
月も出ていない闇夜のことだった。
わたしは少し前に与えられた個室で、早々に眠りについていた。前日からリオが孤児院に帰ってきておらず、退屈だったのだ。
ときおりリオはこうして孤児院を空けることがあり、そういった日は決まって教会内で大きな事件があったのを覚えている。
例えば、幹部級の聖職者の不祥事が明らかになるだとか、急に引退を表明するだとか。
あの時のわたしは気にも留めていなかったけれど、いま考えればそれも、リオの異変に気づける材料だったのだ。
……とにかく、その夜。
ベッドの上で眠りについていたわたしは、突然がたがたという音で目を覚ます。寝ぼけ眼で周囲を見渡して、音の出所がすぐに分かった。
部屋の窓が開き、外から何者かが入ってきたのだ。
眠気が一瞬で覚め、叫び声を上げそうになるが、しかし寸前で踏み止まった。なぜなら、侵入者を視界に入れてから少しして、それがリオだったと気づいたからだ。
しかし、なぜこのわたしが、大切なリオのことにすぐ気づけなかったのか。
――彼は、全身を闇に染めたような格好をしていた。
普段の明るく気さくな姿からは想像できない、どこか怪しい風貌。腰には柄から鞘まで漆黒に塗られた剣まで下げている。
そして何より、リオのその表情。
当時まだ十二歳の子どもだというのに、その顔に浮かんでいたのは――――深い深い諦観。
そうなって初めてわたしは気づいたのだ。大切な大切なリオが、すでに限界を迎えてしまっていたことに。
その時リオに告げられたことは、今でもはっきりと覚えている。
「疲れたな」と。
初めて見たのだ。なんでも出来て、いつもわたしを優しく包み込んでくれたリオが、弱音をこぼすところなど。
それでわたしはやっと、なにか本当にまずいことが起きていると理解した。
その時わたしにできる精一杯で、お茶を淹れようか、椅子に座ってと、必死にリオを労おうとしたことは覚えている。
けれど、リオは首を横に振り、そして言った。
「俺は教会を出る。他の人は関知しないだろうけど、大司教様とも交渉した結果だ」と。
わたしは、もちろん大反対した。
いまの生活からリオがいなくなるなんて考えられない。リオがいない世界なんて、受け入れられるはずがない。
わたしにとってのリオは、それこそ目に見える世界すべてと同じだった。
なのに。リオは言うのだ。
「俺はしばらく、エリーゼとは会えないと思う。いずれ会いにくるつもりだけど、たぶん、すごく時間がかかる。だから――」
リオはその疲弊した視線に、しかしわたしへのたしかな愛情を込めて言った。
「エリーゼはここで、どうか大勢を救う人になってほしい。誰かを傷つける人ではなく、救える人に」
――リオ。わたし、リオがいなくなってから頑張ったんだよ。
そうしたらリオが帰ってきてくれると思って、たくさん魔法を勉強して、たくさんの人を治してきた。
聖女なんて呼ばれて、教会でも偉くなった。
名前が変わっていたから気づかなかったけど、リオが騎士団で名をあげてこっそり会いにきてくれた時はほんとうに驚いた。近くにいたならもっと早く会いたかったって困らせちゃったけど、ほんとうは泣くほど嬉しかったんだよ。
それから、離れていた時間を埋めるように、会うたびわがままを言っちゃった。わたしがやってきたことをたくさん自慢して、褒めてもらいたかった。
それに、聖女として色々できるようになったから、わたしのところに戻ってきてって。そう伝えたかったけど、あの時のことを思い出すとなかなか言い出せなくて……。
それでも、リオが騎士団を辞めるって聞いてチャンスだと勇気を振り絞って――今度こそリオの助けになって、ずっと一緒にいられると思ったのに……。
いつもいつも、失敗しちゃう。
うまくいかない、うまくいかない、うまくいかない。
なんにもうまくいかない……!
わたしがバカだから。またいっぱい迷惑かけちゃう。
リオがどんどん遠くなる。
いやだ。もうリオが見えなくなっちゃうのはいやだ。
まっくらな世界でひとりになるようなあの感覚は、もう二度と味わいたくない……!
だからおねがい、もうわたしから離れていかないで。
――ずっと一緒にいてよ、リオ……。




