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閑話 エリーゼの想い - 1


 ――わたしは、親の顔を知らない。


 物心つく前に、わたしは親に捨てられた。経済的な理由か、それとも望まない子だったからかは分からない。


 けれどとにかく、わたしの記憶の中には、血の繋がった家族というものは存在しなかった。


 では、そんな境遇でどうやってこれまで生きてこられたか。


 ――孤児院が、わたしを育ててくれたのだ。


 わたしを拾った神父様いわく。わたしはある日、毛布と一緒に籠に詰められ、孤児院の入り口に置かれていたのだという。『エリーゼ』と書かれた、紙切れ一枚だけともに。


 ――王都シリウスには、教会が運営する孤児院がいくつかある。捨て子や戦災孤児といった保護者がいない子どもを引き取り、食事や一定の教育を施してくれる。わたしを拾って育ててくれたのも、そんな数ある孤児院のひとつだった。


 孤児院ではもちろん、子どもたちはみな聖職者としての教育を受け、毎日聖句を暗唱する生活を送る。生きていけるならそこに不満なんかなかった。


 それでも、わたしが孤児院での生活で嫌だったのは、一緒に過ごすたくさんの子どもたちだ。


 孤児院には、当然わたし以外にも身寄りのない子どもたちがたくさんいた。そして、未熟な子どもたちが集団生活を送るとなると、どうしてもトラブルが起こってしまう。


 外で暮らすより制限の多い生活。甘える親のいない環境。そして、教会が子どもたちを互いに競わせるように育てていたのも良くなかった。


 閉鎖的な場所でストレスを受けながら過ごすわたしたちの間で、派閥や過度な競争が生まれるのは必然だった。


 教義や聖典の理解は大前提として、他にも武術、算術、医療技術――そして魔法。わたしたちは幼いうちからあらゆる教育を施され、成果を出した者はささやかな褒美を貰い、逆に成績の優れない者には叱責と罰が与えられた。


 そんな生活の中で、わたしはどの分野でも上手く結果を出せず、集団での授業でもよく足を引っ張ってしまうため、誰からも疎まれてしまう。


 そもそもが親に捨てられたという出自で、自己肯定感なんて無いに等しかったのに、追い討ちで周囲のほとんどから蔑まれ、ときに罵声を浴びせられる環境――。


 ひとりの神父様だけは、馬鹿にすることなく授業をしてくれ、日常生活でもときおり目をかけてくれた。それでも、子どもはわたしだけでなくたくさんいて、神父様はみんなを見なければいけない。結局わたしは、教会の中で孤立していった。


 ほとんど誰からも肯定されず、ただ孤独に過ごす日々。……辛かった。周りで楽しそうに会話する子どもを見て、わたしもその中にと何度願ったか。


 わたしなりに努力しても、結果は出ず、周りからはむしろ「あれだけやってダメとは」と嘲る声をかけられる。


 あんな環境で、それでもなんとか潰れずに生きていられたのは、ときおり声をかけてくれる神父様のおかげと――そしてきっと、わたしがそれ以外の環境を知らなかったからだ。


 もしもわたしが、優秀でなくても愛される、肯定される日常を経験したことがあったなら、きっと耐えられはしなかっただろう。


 それでも。まだ五歳かそこらだったわたしは、苦しい毎日にほとんど限界を迎えつつあった。


 世界から色が消え、大きな感情の起伏もなくなり、ただただ漠然とした恐怖に突き動かされる日々。


 そうしてある日、ふと祈ったのだ。わたしは毎日教義を守って暮らしている。上手くできないことは多いけれど、怠けたりもしていない。


 だから。神さまでも、誰でも。


 ――わたしを助けて、と。




 そして、その翌日。


 新しく孤児院で暮らす仲間だと、神父様がある男の子をみんなの前で紹介した。


 黒い髪に、深い紫の瞳の、意志が強そうな男の子。


 ――当時九歳で親を亡くした、セイリオス・セージその人だった。




 リオは孤児院にきて、すぐに頭角を現した。


 それまで聖火教には縁がなかったというのに、あっという間に聖典を覚え、孤児院で暮らすための最低限の教養を身につけた。勉強もそつなくこなし、同年代の子の中で常に優れた結果を出した。


 そして何より――武術と魔法において、同年代どころか歳上を入れても、他の追随を許さない突出した力を示したのだ。それこそ、誰からも神童と呼ばれるほどに。


 それに、新参者が目立つと、どうしても周りからやっかみを買ってしまうこともあるが、リオはそれすらそつなくかわした。


 例えば、成績優秀者だけ増える夜のおかずを、他愛ない会話の中で他の子にゆずってやったり。勉強が分からない子には、自分から積極的に教えに行ったり。


 気取らない性格で、誰にでも分け隔てなく接する気さくな彼は、いつしかみんなから慕われるようになる。これまでどこかギスギスした空気が満ちていた孤児院内で、初めて子どもたちの一体感が生まれたのは、きっとこの時からだ。


 そして、リオの優しさが向くのは、当然わたしに対しても同じであった。


 初めは他の人と同じように警戒し、話しかけられてもどこか卑屈に感じて逃げていたが。それでもひとり孤独なわたしを気づかってか、リオは毎日わたしに喋りかけてくれた。


 歳が違うから教育を受けるグループも別だったのに、何かあればすぐにわたしのもとへやってきて助けてくれた。


 次第にリオのことを信用するようになったわたしは、上手くできないことを彼に教わり、少しずつ苦手なことを減らしていく。


 特に治癒魔法については、コツを掴めたようで大きく実力が飛躍し、気づけばリオよりも、他の孤児たちよりも上手に扱えるようになった。 


 そうして、いつしかわたしはリオのことを大いに慕い、何があっても常に彼のあとをついて回るようになる。


 リオの近くは安心できる。リオはわたしを攻撃しないし、邪険に扱ったりもしない。リオはいつでも、わたしをあたたかく包んでくれる……。


 わたしは、ほとんどリオだけと時を過ごすようになった。


 そうして、リオがこの孤児院にやってきて三年。わたしからリオへの態度はずいぶん砕けて、わがままもたくさん言うようになってしまったけれど。


 ――それでも、歳を重ねても。わたしがリオへ向ける想いだけは、けして変わらない。




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