2話 精鋭騎士ルナの場合 - 2
俺は、こころなし輝いた目で見つめ返してくるルナを見て、はあ、と小さくため息を吐く。
「ルナ中隊長。俺がここにやって来た目的は、検討がつくかな?」
言外に、分かるよな? と問いかける。奇跡的にルナが聞き分けよく、あっさり団長の望み通り騎士団に残ってくれるという期待を捨てられない。
ルナはいつも通り耳を立て、俺の話をよく聞いてくれる。そして質問の答えを少し考え、まっすぐに俺の目を見て堂々と答えた。
「私に訓練を付けてくれる……でしょうか」
いつも通りの無表情。黙っていればクールな美人であるルナだが、背後で尻尾が楽し気に揺れている。
相変わらず……見た目と中身にちょっと乖離があるんだよな。
俺はわずかに肩を落とし、首を横に振った。
「いいや、違う。そもそも今日のルナは、王都外での演習訓練の指揮があったはずと団長に聞いたけど……まあ、それはいいか」
ぎくりと頭上の耳を震わすルナは、しかしその顔を見ても相変わらずの鉄面皮。冷静沈着な美貌の騎士という評判は伊達ではない。
この妙に抜けたところのある様子も普段なら微笑ましいが、今は少しだけ頭をはたきたくなる。
俺はもう一度ため息を吐いて、口を開いた。
「今日、団長に聞いた話なんだけど。ルナ、君はどうも騎士団を退団するなんてことを言ったらしいね」
「ああ、そのことですか。はい、その話に嘘はありません」
ルナは何でもないことのように、俺の問いに頷く。
はた目から見える態度と違い、かなり思い切った行動が多い彼女のことだから、団長の言葉は嘘ではないんだろうと思っていたが、しかし――
「加えてだ。ルナ、君は何やら……俺のことを主だとか呼んでいて、主人が騎士団を止めるからには、自分もそれについていくと、そんな理由で退団しようとしていると聞いたよ」
俺はルナへ少し鋭い視線を向ける。まさか、騎士団の中隊長という上から数えた方がはるかに早いほどの立場についた者が、そんな良く分からない理由で退団を申し出るなど聞いたこともなかったが……。
しかし、ルナは真っ向から俺を見つめ返し、そして真面目腐った顔で言った。
「はい、間違いありません。リオ副団長は私の……いわゆる群れの長、ですから。もちろん私は副団長にどこまでもついてゆきます」
「長…………それはその、いったいいつの間に?」
「ええと。いつ、でしょうね……。でも、副団長は私が入団してからずっと訓練をつけてくださいましたから……我々犬獣人はみな、ただ己より強い者を見つけ、主と仰ぎます。同じ群れに属する者として、可能な限り離れず、付き従い、奉仕するのです」
つまり、俺が訓練でルナをいつも伸してきたからだと? それはまあ、確かにルナより強い自信はあるが。
退団をやめてくれ、俺から離れてくれと言っても一切聞いてくれなそうな、強情さをまとった鉄面皮を見て、俺は考える。
では何か。獣人としての性により、俺より強い、あるいは同等の強さを持つ者にルナを倒させれば、そちらを主として認めてくれるだろうか。
そう問いかけてみれば、ルナは珍しく目を少し大きく開き、考えたこともなかったというように言った。
「はい、たしかに犬獣人の在り方はそのようにあると思います。……同等の強さを持つ二人を前にしたときは、どちらを主とするかは本人の好みによるかと思いますが」
「ふむ。そうか」
……俺は騎士団に入団してからの十数年、我ながら騎士団へ、ひいては王国へ大きく貢献してきたと自負している。王都の凶悪犯罪者捕縛や強力な魔物の討伐はもちろん、後進の育成として幾人もの将来有望な騎士を育ててきた。それこそ、ルナもその一人だ。
個人的な理由で急に副団長の職を辞するというのは、多くの人に迷惑をかけることだが、それこそのちの副団長クラスの人材を幾人も輩出するなど、退団を帳消しにするくらいのことはしてきたつもりだった。
そのうえで、医療のスペシャリストさえ存在する騎士団において、周りにばれないように嘘の怪我を負うというかなり面倒なことまでしたのだ。
ここまで来て、いまさら俺が引退を諦めることはあり得ない。まだやるべきことがあるというなら、とことんやってやろう。
俺はそこまで覚悟して、ルナに言った。
「――よし、分かった。ルナ、君は今日本来の職務をサボっているんだから暇だね? 俺に付いてきてくれ」
「! ひさしぶりに、訓練をつけてくれますか?」
ぴょこんと耳や尻尾を跳ねさせ、ルナが問いかけてくる。
そして、彼女の認識はおおむね正しい。
俺は告げた。
「俺が知る強者たちに、稽古をつけてもらう。今日は午後いっぱい付き合ってもらうぞ」
――そして、この俺が、ルナの新たな主を見つけてみせよう。