聖女エリーゼの場合 - 6
――そうして、エリーゼから怪しい依頼を打診され、一週間が経ったある日。
いくつもの尖塔が天を突く、王国最大の聖堂の中庭にて。
俺はルナとともに、初めて奥まで入った大聖堂を観察しながら、この一週間の出来事を思い返していた。
――使いの神殿騎士から告げられた、エリーゼの依頼。
教皇選挙という、世界最大宗教のトップを選出する選挙が、近く催される。そしてその只中では派閥闘争が激化し、教会内で特別な地位にある聖女にも、可能性は低いものの身に危険が及ぶかもしれないと。
俺が頼まれたのは、これまでに築いた名声で刺客を牽制し、さらに実際に襲われた場合には実力をもって排除すること。
これを告げた時の神殿騎士は、それはもう苦々しい顔であった。聖女から「神殿騎士では不十分、騎士団から増援を呼んで来い」と命じられたに等しいことを思えば仕方のないことだ。
だが、しかし。依頼に来た神殿騎士によれば、そもそもエリーゼが襲われるようなことはまず起こらないだろうとも聞いている。たしかに教会内での権力闘争はあるが、実力行使にでるほど差し迫ったような状況ではないらしい。
過去、教皇選挙中の刃傷沙汰はあったというが、そんなことをして無理に権力を得たとしても、敵対派閥の者はもちろん、権力に遠い聖職者や一般信徒に受け入れられるはずもない。
そしてそもそも、教皇選挙が行われる場所は、聖火教の本拠地である教国だという。遠く離れたシリウス王国まで、選挙にかかるいざこざが波及する可能性は低いだろうとのことだった。
なので問題は、可能性の低いリスクに対する依頼が持ち込まれた意図だ。昨日の今日で、お互い立場が立場のため、俺はまだエリーゼと連絡を取り合えていなかった。
本当は神殿騎士が知らないだけで、エリーゼの身に危険が迫っており、自前では戦力が足りないがゆえのことなのか? それとも、身近な人物に敵が混じっているなど、周囲が信用できない状態がために、古馴染みである俺を呼んだのか。
――依頼の期間は、教皇選挙が終わるまでの約一か月間。暫定とはいえまだ騎士団に所属する俺には、応えるのがかなり難しい依頼ではあった。
しかし、先日エリーゼに直接伝えられた通り、俺は彼女に大きな借りがある。それに、たとえ借りがなかったとしても、可能性が低いとはいえ大事な友人の安全が脅かされていると聞かされたなら、それを助けることに否やはない。
少し苦労はしたが、団長にも許可は取った。そして、知らない間に勝手に進んでいた調整の結果、当然のようにルナもついてくる話になった。
依頼の受諾を教会宛に伝えた俺たちは、その後早々に依頼を開始したい旨と、荷物を整え大聖堂へ向かうよう伝えられ、今日に至るというわけだった。
俺は中庭に咲く穢れのない白い花を眺めながら、ルナに話しかける。
「ルナはこの依頼に参加するために、教会とも勝手に調整を進めたそうだね」
「はい。そうですが……ダメでしたか?」
そりゃダメだろ。どこに独断でよその組織からの依頼に参加する騎士がいるか。下手に有能で、根回しを事前に済ませてしまっているのが厄介だ。
と、聞きたいのはそういうことではなく。
「いや、まあ……それはアレだけども。聞きたいのは、調整の中で俺が知らない情報をルナは何か知ってないかと思ってね。……どうも怪しいだろう、今回の話」
どうせもうすぐ会えるだろうエリーゼに、タイミングを見計らって尋ねてもいいのだが。どうも彼女にははぐらかされそうな気もするので。
ルナは俺の問いかけに少し考え込む。
「私の予想では、ですが」
そして、言った。
「……教会は、副団長という戦力を教会に抱え込もうとしているのではないでしょうか?」
「俺を、教会に取り込みたいと?」
「はい。私が見聞きした限り、この依頼の目的である聖女の護衛に、本当に副団長ほどの力が必要とは思えません。であれば、別の意図があると考えるのが普通です。青狼騎士団との繋がりを示して牽制したい相手がいるのか、知名度・人気のある副団長の名前を利用し大衆からの支持を得たいのか。あるいは――王国の二大騎士団と比べて見劣りする教会戦力の強化」
ルナの考察に、俺も思考を巡らせる。たしかに最初のふたつはなくはない話なのかもしれない。ただ、最後のひとつに関しては――
「俺は足の怪我によって、戦力としてはだいぶ評価を下げているはずだけどね。もちろん教会にこのことは伝えて了承をもらっているし、この状態でも人並み以上に仕事を果たすつもりだけど……」
今回はエリーゼの命が掛かっている話なので、場合によっては足のことを無視して全力で動くことも考えている。だがしかし、教会が知りうる範囲では、俺は全盛期の力を失った老兵なのだ。
エリーゼは当然足のことが嘘だと把握しているが、それが彼女に留まる話だと俺は信じている。あの神殿騎士の態度を見ても、その認識に間違いはないはず。
「……やっぱり、持っている情報だけで考えても分かりはしないか。とりあえず今は余計なことを考えずに、依頼の遂行だけに集中しよう」
「そう、ですね……いえ、おっしゃる通りですので、そのように」
ルナはまだ少し引っかかるところがありそうな様子だが、今はいったん忘れた方がいい。真面目に仕事をこなしていれば、きっと近いうちに真実を知る機会も訪れる。
そう俺たちがいったんの納得を得た、そのとき。
「――一週間ぶりですね、おふたりとも」
鈴の鳴るような声に、中庭と聖堂内の通用口へ視線を向けると、三つの人影。歩いてきたのは聖女エリーゼと、神殿騎士がふたり。
眼前までやってきた三人に挨拶を返すも、年かさの方の神殿騎士から、早速とばかりに厳しい視線とともに声をかけられる。
「あなた方が青狼騎士団からの支援か。これから仕事の内容について説明、指示を行うが、その前に――聖女様、もし他に何か言いたいことがありましたらお願いいたします」
「え、もうですか……? ああ、いえ、みなさんの段取りに余計なことを言うつもりはありません。ただそれなら、わたくしのわがままでご協力いただける騎士団のおふたりに、感謝の言葉だけ。ほんとうにありがとうございます」
「いえ。正式に依頼いただいて、報酬もいただくことですから。我々はただ全力を尽くすまでです」
「……誠心誠意、努めます」
俺とルナの言葉に、エリーゼは微笑みを返し、神殿騎士の男は厳めしい顔で頷いた。
「――それでは、聖女様はこの後の準備に向かうとよろしいかと。私どもはさっそく仕事の話を」
年かさの神殿騎士はそう言うと、もうひとりの神殿騎士に合図を出す。エリーゼは若い方の神殿騎士に連れられ、こちらに背を向け去っていった。
――と思ったら、一瞬こちらを振り返り、緩い雰囲気で「ごめんね〜」と手を合わせ見せる。そして、茶目っ気たっぷりに片目を閉じ、そのまま去っていった。
……それでルナ、お前そんな露骨にイラッとした顔するなよ。無表情なのに、眉の間に皺が入ってる。……前もそうだったが、このふたりとんでもなく相性悪いんじゃないか。
先が思いやられると息を吐くが、それは何もルナに対してだけに留まらないらしい。エリーゼが去ったならとばかりに、これ見よがしに横柄な表情を浮かべた神殿騎士が、俺たちに向かって言った。
「あなた方は騎士団でこそ多くの者を従える立場だろうが……ここにいる間は、私の指示に従って動いてもらおう。今日もこれから、聖女様は信徒たちとの対談を予定されているから、我々はその警護に就く」
そう事務的に告げたのち、神殿騎士は俺たちに着いてくるようにとも言わず、先ほどエリーゼが去ったのと同じ道を進んだ。
――予想はしていたが。やっぱりこの依頼、いろいろと手ごわそうだな……。
俺はルナと顔を見合せ、苦笑を見せたのち、遅れないよう神殿騎士の後を追うのであった。




