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聖女エリーゼの場合 - 5


「――それじゃあ、誤解も解けたことだし。君たちはこれからも、栄えある青狼騎士団の騎士として頑張ってくれるね?」


「……はい。お騒がせして、すみませんでした」


 執務机に座る俺に向かって、立ったまま頭を下げる複数人の若手騎士たち。


「ああ、そんなに気にしすぎないで。ただ、同じような勘違いをしている者がいれば、今日の俺のようにきちんと説明してあげてほしいんだ。頼めるかな?」


「はい!」


 全員がぴしりと背を正し、規律の取れた返事をする。「では、引き続き任務に精を出すように」と声を掛けると、再び頭を下げ、ずらずらと列をなして部屋を出て行く。


 全員が部屋を出て行くのを見送ってから、俺は執務机に肘を立てて両手を組み、大きく息を吐いた。


 俺の机の横に立っていたルナがすかさず寄ってくる。


「おつかれさまでした、副団長。お茶と茶菓子を用意しましょうか」


「ああ……お願いしようかな」


 頷いたルナはこちらに背を向け、尻尾を揺らしながら来客用のティーポットやカップが並ぶキャビネットへ向かった。


 ――これでまた、引退に一歩近づいたな。


 俺はきびきびと動くルナの背中を眺めながら、先ほどまでの会話を思い起こす。


 先ほどの彼らは、みな若手の従騎士か正騎士で、例によって俺の引退宣言によって声を上げた者たちだ。そしてその内容は――俺の怪我や引退が白獅子騎士団の策略によるもので、俺を保護せず、白獅子騎士団を罰しない王国上層部への抗議として、集団で騎士を辞めるというものだった。


 たしかに騎士というのはこの国の最大戦力であり、国力に直結する存在だ。なので、その貴重な戦力が揃って辞職するということになれば、王国も彼らが期待する動きを見せるだろう。――俺の引退が獅子騎士団の陰謀という話が、真実であればの話だが。


 まさか、俺の引退についてそんな噂が流れているとは思ってもみなかった。


 たしかに昔からうちと白獅子騎士団は仲が悪いが、まさか国を分断するために誰かが意図的に流した噂ではなかろうな……。


 そんな心配が頭をよぎるが、そんなことをしなくてもすでに仲は最悪に近いので、関係ないかと思いなおす。それはそれで非常に大きな問題であり、なんども改善を試みてはいるのだが……。


 また別の方向へ思考が迷い込みそうになったとき。かたりと、来賓をもてなすためのローテーブルへ茶器が置かれる音で、思考が現実に帰る。


「副団長、どうぞこちらへ。もう準備ができますので」


「ああ、ありがとう。少しだけ休憩にするよ」


 俺は執務机からルナの待つソファへ向かう。そして、丁寧に用意された紅茶と焼き菓子を前に、しばしの休息……と思った、その時であった。


 ――コンコンと、扉を叩く音。


 休憩に入った矢先にと少しげんなりしながらも、俺はソファの横に立ったまま、中に入るよう部屋の外へ声を掛ける。


 そして、扉を開けて入って来た騎士は、俺を見るや少し困った顔で言った。


「副団長、あの。教会の――聖女様の使いだという方が、副団長をお呼びでして……」


「聖女様の?」


 先日騎士の治癒を依頼したエリーゼから、今度は俺に対して。いったいなんの用だろうか。個人的な貸し借りの話なら、わざわざ公式のルートでなくプライベートで話が来そうなものだが。


 しかし、呼ばれているなら仕方がない。俺は湯気を立てる紅茶をいったん諦め、先に教会の対応を済ませることにする。


「ルナ、俺はいまから話をしに行くけど――」


「もちろん私もついていきます」


「そうかなとは思った」


 食い気味に返答するルナに苦笑いしながら、俺は呼びに来てくれた騎士に案内を頼む。執務室まで呼んで話をすることもできるが、先日の一件で教会へ恩義がある騎士団としては誠実に対応をすべきだろう。


 俺たちは執務室を出て階を降り、同じ建物の一階にある来客用の部屋へと入る。


 そうして、そこで待っていた聖女からの使いとははたして、先日エリーゼのお付として一緒に騎士団本部まで来てくれた神殿騎士のひとりであった。


 彼は部屋に入った俺を見ると、ソファから立ち上がり軽く頭を下げる。


「――突然のお呼びたて、申し訳ありません。お忙しいところご対応ありがとうございます、セージ副団長殿」


「いえ、先日はうちの若い命を救っていただいた恩がありますから。お気になさらないでください」


 教会勢力というだけあってどこか儀式ばった身振りの彼は、形式的にはこちらに敬意を払う。だが、よく見るとその目には朗らかな色などどこにもなく、どちらかと言えばあまり良くない感情が見え隠れしていることに気づく。


 だが、ここではお互い異なる組織同士の公式な会談の場として、内心の思いは表に見せることなく、当たり障りなく会話を進めていく。


 俺は立ちあがった神殿騎士をふたたびソファに座るよう促すと、その向かいに腰を下ろす。


 そして、そうそうに口火を切った。


「――それで、早速ではあるのですが。貴方は聖女様の使いとして来られたと聞いていますが、いったい私に用とは?」


「はい。……それが、ですね」


 俺の問いかけに、どうも歯切れが悪い神殿騎士。どうかしたかと眉を上げると、彼は苦虫を嚙み潰したような顔で言った。


「実は、聖女様から正式に青狼騎士団――セージ副団長殿へ依頼がありまして。――……副団長殿には、教皇選挙中、聖女様の護衛にご協力いただきたいのです」


 彼の言葉に、一瞬呆気に取られる。


 ――教会内の重要人物を護衛するのに、外部へ依頼を出す? 教会内に専用の戦力があるのに?


 そんな俺の疑問を見透かすように苦々しい表情の神殿騎士。


 これは何かきな臭いなと。俺はそう思いつつも、彼に続きを促すのであった――。




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